養生訓 巻第八 養老 鳳凰堂流解釈⑪
原文を現代文に改変
年老いては寂しきを嫌う。
子たる者時々侍り、古今の事静に物語りして、親の心を慰むべし。
もし朋友妻子には和順にして、久しく對談する事を喜び、父母に對する事を難しく思いて、たえだえにしてうとくするは、是其親を愛せずして他人を愛する也。
悖徳(はいとく)と云うべし。不孝の至り也。おろかなるかな。
鳳凰堂流意訳
年老いていくと寂しさ孤独感に苛まれやすくなる。
子は時々寄り添い、小さかった時の事や今の事を静かにしゃべり、親の心を慰める。
友達や妻子仲良くし、長い時間話すのは好んでも、父母とは話が難しいと思い、あまり会話しないのは親を愛せず他人を愛しており、悖徳(はいとく)と言われる。不孝の至りであり、おろかな事である。
鳳凰堂流解釈
現在では介護施設等があり、一見良く面倒を見ているようにみえますが、
本来誰しも自分の家で過ごしたいもの。
上記のような孝行を実現する為には、ある程度時間の余裕が必要になります。
また、親自身も健康であれば、施設に入居する必要がない為、
双方努力が必要な世の中になっています。
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