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【ホツマ辞解】 〜大和言葉の源流を探る〜 ㉑「さつさつづうた」 <108号 令和2年4月>

絶大なる邪魔祓いの秘歌として、ホツマツタヱでは、ふたつの「サツサつづ歌」が記述されています。

ハタレ魔叛乱の際に、大御神が歌札に染め詠んで粽餅(笹餅)に添えて投げた歌(8綾)

「サ」スラデモ ハタレモハナゲ ミツタラズ

カカンナスガモ テダテ「ツ」キ カレノンテンモ

アニキカズ ヒツキトワレハ アワモテラス「サ」

という五十五音のうた(12綾にも再出)と

崇神天皇(ヰソニヱ/ミマキイリヒコ)の御世に、疫病がはやり、厄祓いの神事を執り行っていたときにヤマトモモソ姫が神がかって託宣した

「サ」ルタミモツズニマ

「ツ」ラテオヱニミダル「サ」

という十九音のうた(33綾)のふたつです。

 「サツサつづ歌」は、「サツサ(ツ)」と「つづ歌」の組み合わせを表現していると考えられますので、33綾の歌の方が「正調」であるように感じられます。何故なら「つづ」は十九を意味しており、十九音の「つづ歌」は、これ以外(サツサつづ歌以外)にも、複数首が紹介されているからです。

 「サツサ歌」の特徴は、冒頭と結尾に「サ」、中間点に「ツ」を配しているところにあります。これを「あひかなめ」と称します。「合い要」と解釈すると、中間点である「要」で折り返して「頭」と「尾」で重なり合う構造と理解できます。一種の「回り歌」です。

「あひかなめ」は、ヲシテ文字では、「あ」は特殊文字の「天」であり、「ひ」は数詞の「一」なので、研究者は「天一要」と訳すのが通例です。ちなみに、容聡は、「発句ノ要一璽」と漢訳しています。

 この「天一」は、古来日本人が好む文字のひとつで、「太一」とも通底する概念なのですが、「天一」は方角神の「天一神」即ち十二天将の主将、「太一」は、アマテル大御神を表します。

 さて「サツサ」と云う音の「神呪」には、いくつもの意味が重ねられています。「清の清」「浄の浄」「颯爽」「皐月(五月)の初」(5月の最初の「サの日」の頃。ホツマ干支で言う「サシヱ」「サシト」「サヤヱ」「サヤト」「サミヱ」「サミト」「サアヱ」「サアト」「サウヱ」「サウト」「サナヱ」「サナト」の内、五月に最初に回って来る日あたり。【駒形説】)=夏至。

 「サスラデモ」の歌は五十五音なのですが、これも「五の五」で「サツサ」の隠喩ではないかと、駒形氏は指摘しています。「サツサ」の奥は深いのです。

(駒形「ほつまつたゑ解読ガイド」参照)

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「サツサ」歌のことを考えていると、何故か山口百恵の「絶体絶命」の歌詞が浮かんでくる、昭和の男、とらさんです。

さあさあ さあさあ
はっきりカタをつけてよ
はっきりカタをつけてよ
はっきりカタをつけてよ
やってられないわ

今聞いても、ドキドキします、、、
この、「さあさあ」。「さ」とか「さあ」とかは、感動詞で、人を誘い出したり、詰問したり、あるいは驚いて返答に困って、切羽詰まったりした時に発する言葉(国語大辞典)です。この「さ」「さあ」の元は、「さっさ」や「さつさつ」で、急かせる囃子詞なのですが、その根源が「さつさ」であると考えられます。「サツサ歌」の「さつさ」です。

サツサツヅ歌は、サツサが詠み込まれているツヅ歌であると理解できるわけですが、縄文人の言語感覚には、まったくもって驚かせられますね。


縄文の教え88 より

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