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ドルビーシネマとこれからの映画館のあり方

最新ドルビーシネマシアターの誕生

この6月24日に新たにオープンした横浜駅ビル内のシネマコンプレックスとして誕生した、T・ジョイ横浜。この中のシアター4は、全国で7番目、首都圏でも3つ目に誕生した最新のドルビーシネマシアターになります。
HOTSHOTでは、当初からこのドルビーシネマによる映画・映像作品の視聴が、現在最も理想的な映画鑑賞劇場として評価し、早くから注目してきました。その理由は、OVER4KやHDR収録などの機能が充実してきたカメラ機材に対して、それまではその優れた映像を理想的な状態で上映・視聴できる環境が限られていたことです。ドルビーシネマの登場により、広いダイナミックレンジを再現可能にした高解像度映像を最高の音響状態で鑑賞することができる、まさに没入感の極みを体現できる場が誕生したと言えます。
国内でもこの1年半の間にドルビーシネマシアターが一気に増えました。2018年11月、T・ジョイ博多に国内で初めて導入されて以来、さいたまMOVIX、大阪梅田ブルク、東京丸の内ピカデリー、名古屋ミッドランドスクエアシネマ、MOVIX京都に続き、今回のT・ジョイ横浜が国内7館目となります。
最近のハリウッドのメジャー作品も、かなりの割合でドルビーシネマ対応版が制作されており、一昨年の大ヒット作「ボヘミアンラプソディ」も、通常版公開の半年後のインターバルを置いて、ドルビーシネマ版が公開され、さらに動員数を増すなど、IMAXなどと同じく上映バリエーションの一つとしても注目が高まっています。
昨年5月、いよいよ日本映画界にもドルビーシネマ作品が登場。俳優の水谷豊さんが、監督・脚本を務める監督2作目「轢き逃げ-最高の最悪な日-」では、邦画初となるドルビーシネマ作品として制作されました。この時期、ドルビーシネマ版の編集作業がまだ国内になかったため、ハリウッドにあるドルビーシネマ専用のシアター編集室”Vine Theater(ヴァインシアター)"でデータ変換・編集作業が行われました。その模様や水谷豊監督への独占インタビューは、HOTSHOT #11に掲載しています 。(下記リンク参照)
また昨年5月末には、オープンしたばかりのさいたまMOVIXのドルビーシネマシアターをお借りして、HOTSHOTとドルビージャパン共催による国内初のドルビーシネマイベントも行いました。
また今年2月に公開された「Fukushima50」は、2019年にイマジカ・ラボ内にできた国内初のドルビーシネマ編集室で初めて国内製されたドルビーシネマ作品で、この施設についてもHOTSHOT #14で取り上げています

轢き逃げHS

HOTSHOT #11 映画「轢き逃げー最高の最悪な日」× Dolby Cinema
https://hotshot-japan.com/feature/11-dolbycinema-jp01/
https://hotshot-japan.com/feature/11-dolbycinema-jp02/

HOTSHOT #14 国内初!Dolby Cinemaカラーグレーディングに対応
IMAGICA Lab. 東京映像センター 第二試写室
https://hotshot-japan.com/column/14-imagicadolbycinema-jp01/


ドルビーシネマを構成する2つのテクノロジー

ここで再度ドルビーシネマとは何なのか?を簡単に説明します。
まず第一の特徴は、立体音響システム「ドルビーアトモス」がもたらすサウンドの表現力です。スピーカーの数や配置に制約を受けない、“オブジェクト方式”の、3D空間内に最大128個の音像を配置できる立体音響技術。これは、これまでの5.1chなどのチャンネル方式とは違い、ドルビーシネマシアターにはスクリーン背面、壁だけでなく天井部にもスピーカーを配置し、最大で64chまで個別に出力できます。そのため音像の動きなどを微細に調整でき、爆音や耳障りなノイズから、わずかな静寂音、そして完全無音に至るまで、その繊細な音像表現は作品への没入感を一気に高めてくれるのです。例えばジェット機の騒音や街頭の喧騒音から、演技者の内面を表現するための無音の静寂まで、これまでとは違った次元の映像演出が可能になりました。スピーカーの個数は各々のシアターサイズによって異なりますが、従来の5.1chや7.1chとの互換性も確保しつつ、制作者はディスクリート音源(オブジェクトベース)をシアター内のどの位置にでも配置することができます。

そして、もう一つ大きな効果をもたらすのが、ドルビーの誇るHDR映像技術「ドルビービジョン」が映し出す高画質映像です。ドルビービジョンは当初HDR(ハイダイナミックレンジ)を表現する技術として、TVモニター用の技術として開発されてきたものだが、このドルビーシネマでは高輝度なレーザープロジェクターを採用することで、シアター設備でもそのHDR効果を実現したものです。
特に鑑賞した時に最も強く感じるのは暗部の表現力です。通常のシアターでは、暗転で画面全体が黒くなる場合でも、実際に見えている画面はなんとなく光が当たってダークグレーに見えます。これは元々スクリーン自体の色が白またはシルバーであることや、暗転時でもプロジェクターから放たれる光線に微量な光が含まれているからで、これまで完全にそれを消すことは難しいことでした。しかしドルビーシネマが実現するドルビービジョン方式の投影では、完全な黒=つまり漆黒の闇の再現が可能になりました。
これは例えば、演劇などが始まる前に非常灯も消灯して、劇場内が完全暗転して真の闇を作る演出がありますが、これと全く同じ状況がシアターでも再現可能です。さらに映像内においても暗部の階調性を細かく再現できることで、暗部における役者の表情や背景の細部を的確に伝えることができます。
映像を投影するプロジェクターはドルビービジョンを実現する高輝度を実現するため、通常は専用の2基の4Kレーザープロジェクターでデュアルプロジェクション投影、つまり2台のプロジェクターで投影されています(注1)。
これがドルビー独自のシステムでチューニングされ、通常のプロジェクターの約500倍となる、1,000,000:1という高コントラストを実現しています。さらに輝度も108nits=31 feet/lamberts(注2)という、これまでの約2倍以上の高輝度を実現することで、HDR映像を投影できます。
また、3D作品の上映でも、2台のプロジェクターにより、レンズの前に置かれたカラーホイールを使用せずに、左目用と右目用、それぞれの映像を表示可能となり、従来の3Dフィルムで発生したフラッシュやジッターが解消され、 輝度も従来の3Dが3~7 feet/lamberts であったのに対して、「ドルビーシネマ3D」では、約2倍の14 feet/lamberts(48 nits) が実現可能です。

注1)ドルビーヴィジョン映像の投影には、Cristie社製のプロジェクター2台でのデュアルプロジェクション方式が用いられることがほとんどだが、必ずしも2台のプロジェクターを投影することが規定ではなく、狭いシアターで108nitsの輝度が確保できればプロジェクター1台での投影の場合もある。その場合3D上映には非対応。

注2)HDRの基準とされるHDR対応モニターの輝度は1000nits以上とされるが、これは自発光のモニターディスプレイの場合。劇場用プロジェクターの投射光輝度は、通常の劇場にあるプロジェクターでは14 feet/lamberts:48nits程度。

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究極のシアターデザイン

3つ目の特徴として、ドルビーシアターでは劇場施設の部分でも独自の設計がなされていることです。まず特徴的なのは、シアターへのエントランス部分。この入り口通路には「DOLBY CINEMA」のロゴサインと、AVP(Audio Visual Pathwey)と呼ばれる上映作品の映像イメージなどが映し出されています(非対応館もあり)。そしてシアター内に入ると床、天井、壁、そして座席までが完全に黒で統一され、ドルビーシネマのオリジナルカラーであるブルーライトの照明ラインが座席部全体を囲むように配置されています。座席は劇場の大きさに対して適正数が配置、光を反射しない素材を採用するなど、どの席に座っても音響と映像を最高の状態で鑑賞できるように工夫されていて、映画に集中できるように可能な限り一切の無駄を排し、防音・防振などの音響デザインにも最適化されたインテリアで、究極のシアターデザインを実現しています。
国内のこれまでのドルビーシネマシアターは、どれも既存の映画館内の1つのシアターをリノベーション工事して作られたものでしたが、実は今回できたTジョイ横浜は、駅ビル自体の新築工事時点から設計された、日本初となるドルビーシアター専用に最初から設計された初のドルビーシアターの誕生なのです。

今後の映画鑑賞スタイルとは...

こうした理想的な最新設備の映画館がオープンする一方で、今回の新型コロナウイルス感染拡大のパンデミックの影響を受けて、これからの映画館のあり方自体が、大きく変わってくると思われます。緊急事態宣言解除後、T・ジョイ系列では、全館に光・銀・プラチナの触媒による抗菌・抗ウイルスコーティングを施すなど、衛生面での安全対策を行っている映画館もあるが、それだけではなかなか完全な再開が難しいのが現状のようです。
その理由は、まず3密を避けることが大前提になるため、これまでのように全ての座席を満席にできない状況があります。例えば今回のT・ジョイ横浜のシアター4(ドルビーシネマシアター)は、全327席ありますが、3密回避対策により満席でもおよそ1/3か1/4しか入場できないという現実があります。つまり実際には100名程度しか入れられないことになり、こうした措置は新型コロナウイルス感染拡大がほとんど治るまでは当面続くことになるでしょう。
またこの期間に、鑑賞する側に大きな変化がありました。一つはロックダウン/外出自粛によるリモートワークの普及により、自宅におけるAV機器の品質向上で、映画館までわざわざ行くという理由も少なくなったこと。さらにこの世界的なロックダウンや外出自粛で、人々とオンデマンドメディアとの親和性がさらに上がり、視聴時間の自由というリテラシーもさらに一般化したのではないでしょうか。これは今後の社会において行動時間の配分変化と移動時間の削減が進むことで、予定時間通りの上映方式は、逆に生活のリズムにストレスを与えるようになってくることが予想されるからです。
今後はよほどの理由、あるいは大きな画面で高品位な上映環境を求めるという映画館鑑賞へのモチベーションが上がらない限り、わざわざ映画館で映画を観るために足を運ぶ人は少なくなると考えられます。

そしてこれは、すなわち配給会社側が映画館で上映することで得られる収入、つまり観客動員数をこれまでのようには見込めなくなることを意味します。今後はネット配信と、段階式上映などの配給方式とのバランスが、制作費のリクープのための大きな鍵になってくるでしょう。現にアメリカでは、AMC(映画館チェーン)とメジャースタジオ(ユニバーサルスタジオ)の間で、が映画館上映が先か、ネット配信が先か、つまり上映か配信かの覇権争いが出てきているのも現実です。その中において、NetflixやAmazon Primeなどの高品位な作品のネット映像配信サービスの急速な台頭もあり、映画館の価値観とその利用方法は、今後大きく変わってくると思われます。
さらにクオリティの高い作品が生み出されることを願うのは映画ファン皆の願いでもありますが、鑑賞方法については、このコロナ禍において大きな変革の時になるのではないでしょうか?

HOTSHOT編集長
石川幸宏


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