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#74 体が覚えてらっ

「体が覚えてらっ」
「何百万本も打ってきたシュートだ」

これは「スラムダンク」のスーパーヒーロー、流川楓が対豊玉戦で発した有名なセリフです。

相手選手のラフプレーにより、片目がほとんど見えない状態でのプレーを余儀なくされた流川。しかし彼はそのハンディをものともせず、見事にミドルシュートを決めます。そのときに発したのが冒頭のセリフなのです。

バスケットボール界のスーパーヒーローと、平凡な40代ライター。どう考えても接点はないはずなのですが、先日、なんとこれを体感する出来事に遭遇しました。

それは、何年かに一度のスーパー寒気がやってきたある寒い朝のこと。家族を送りだして家事に取り掛かろうとしたところ、家の外から妙な爆音が響いてきました。慌てて音のする付近の窓に駆け寄ったところ、窓の外に見えたのは上から降り注ぐ大量の水。

それも滝のような、あるいは遊園地のアトラクションでたまに目にする、巨大バケツで水をぶっかけたような、とにかく日常生活ではお目にかかれない量の水だったのです。

「一体何が起きているの?」

そのとき、私の脳裏に、数カ月前に執筆したあるSEO記事が浮かびました。

「寒い日の朝には給湯器の配管内にある水が凍って配管を破壊し、そこから大量の水が吹き出すことがあります」

案の上、水が吹き出しているのは、現在空き部屋になっている2階の給湯器からだったのです。

この記事を書いていたときは、まさか自分の住んでいる地域でこんなことが起こるとは思っていませんでした。でも、今はこの状態を自力でどうにかしなくてはなりません。

ひとまず大家さんに電話したものの、無情にも留守電に切り替わる。
となると、ガス屋さんか、水道屋さんを呼ぶべきか……。

いや、待てよ。

わたしは、これまで某水廻り業者さんに関する記事を1000記事以上書いてきました。その内容は多岐に及び、トイレから水道から湯沸かし器から洗濯機から食洗機まで、水まわりのあらゆるお困りごとに向き合う記事を書き続けてきたのです。

「1000記事以上も書いてきたんだ。
こんなときの対処法は、体が覚えているはずでしょ!」

そう自分に言い聞かせ、握りしめていたスマホをいったんポケットにしまいました。

「検索してこの記事にたどりついた人は、今どういう状態にあり、何を求めているのか」

考え抜いた結果書いた文章は、確かこんな展開だったはずです。

「今、あなたがすべきことは、スマホで業者を検索するのではなく、とにかく目の前のあふれる水を止めることです。」

「水を止めるためには、止水栓を用います。」

とはいえ、2階にある給湯器の元栓には手が届きません。

「止水栓が見つからない、あるいは動かないときなどは、家全体の元栓で水を止めましょう」

「元栓はたいてい、ドアの近くの地中に埋め込まれているボックスの中にあります」

自分が書いた文章を頭の中で追いながら、家の外に出て、複数並んでいるメーターボックスを発見しました。

「ただし、元栓を締めると家全体の水が止まってしまうため、注意が必要です」

一体どれが2階のあの部屋のものなんだろう。まちがえたら、他の住民の人に迷惑がかかるし……。

そこで、とりあえずすべてのボックスを開き、水量を示すパイロットメーターの動きを確認しました。すると、1つだけありえない速さで回転し続けるメーターがあったのです。

該当の元栓が分かったものの、さらなる問題は、元栓をどちらに回すかでした。

「元栓で水を止めるためには、右回り、つまり時計回りに回しましょう」

そこで、力いっぱい時計回りに元栓を回したところ、次第に轟音が小さくなりました。回せるところまで回し切ってから現場に行ったところ、あの滝のようだった水もおさまっていて、ようやく一息つけたのでした。

思えば、水まわりに関する記事を書き始めた当初は、とにかく文字数を稼ぐことだけ考えていました。だから、冒頭から会社の紹介をしたり、給湯器のしくみについてとか、ひどいときはご当地グルメのことなんかを書いたりしていたんですね。

けれども、この記事を読んでいる人がどういう状況にあるのかを考えぬいた結果、まず書くべきことは水の止め方だ。しかも、動転している人にも理解できるように、なるべく具体的に書くべきだ。そのような結論になったのです。

こうして自分が書いた記事に、まさか自分自身が助けられるのは思いませんでしたが……。

ライターをやっていてよかったなあと思ったひとときでした。







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