小川ヒロト

漫画家。Hiroto Ogawa。オルタナティブガールズとアイプラが好きです

小川ヒロト

漫画家。Hiroto Ogawa。オルタナティブガールズとアイプラが好きです

記事一覧

銀河パトロールジャコによれば、偶然だが悟空が無事地球に到着できたのはタイツのおかげだし、悟空をパオズ山から連れ出したのは他ならぬブルマだし、悟空をフリーザのもとに送り込んだのはブリーフ博士で、悟空を心臓病から救ったのはトランクスだから、あの一家が悟空に与えた影響が大き過ぎる。

小川ヒロト
2か月前

第23回天下一武道会で悟空は舞空術が使えることを最後まで隠していて、それは、過去2回とも決勝で互角の勝負の果てにルールの前に敗れた経験からくる、優勝するための戦略だったと思う。そしてそれは功を奏し場外勝ちを決めた。

小川ヒロト
2か月前

高重力の負荷が戦闘力の向上に有効なのは明らかで、ラディッツが来るまで悟空の戦闘力が1000足らずだったのは地球の重力が低かったせいだろう。界王星で半年修行しただけでナッパを凌いだ悟空なら、飛ばし子じゃなければもっと早く一般サイヤ人のレベルに達していた可能性が高いと思う。

小川ヒロト
2か月前

悟空とベジータは肉体を完全に失ったが、あの世で新たに肉体をもらっている。実はそれを維持しているのは作中この2人だけで、その他ブウによって消されてしまったみんなはポルンガによって生き返っている。この「あの世でもらったカラダ」というのがゴッドの領域に近づく鍵なのではと最近思っている。

小川ヒロト
2か月前

自信を持つというのは難しいことで、必要もなく優れていようとする。

小川ヒロト
2か月前

SEEDデスティニーを最後まで見たら、たしかにシンが主人公だったと思えた。

小川ヒロト
3か月前

「容疑者Xの献身」と「真夏の方程式」と「沈黙のパレード」って三部作みたいだと思ってる

小川ヒロト
5か月前

何かを好きになるために特別な条件は必要ないが、決意と行動は必要だ。それは自分を好きになるときも同様で、つまり、自分を好きになるより嫌う方が楽なのである

小川ヒロト
6か月前

自己肯定感は要するに強がりで、どこまでも主観的なものだ。だから裏付けが欲しくなる。承認欲求とはそれだ。

小川ヒロト
6か月前

自分を好きになることと、自己肯定感を持つことは違う。自分を好きになるというのは、自分を受け入れ、前を向くことだ。それは自信を持つということで、正当な手続きで現状を変えていけると自分に期待することだ。

小川ヒロト
6か月前

「あの人はできるのに自分にはできない」という感覚が劣等感で、「自分だってできるはずだ」と思うのが自己肯定感

小川ヒロト
6か月前

自己肯定感を高めるというのは、結局のところ、自分を好きになる条件をきびしくするということなのではないか。だからたいていの場合、それが満たされず苦しくなる

小川ヒロト
6か月前
1

人と関わる限り劣等感はついて回るものだ。それを嫌って1人を好む人は少なくないと思う。

小川ヒロト
6か月前

劣等感に苦しむのは自己肯定感が高いから

小川ヒロト
7か月前
1

中二病は病気じゃなくて自我の芽生えだとようやく思うなど。

小川ヒロト
8か月前

シン・仮面ライダーは「こんなの仮面ライダーじゃない」とも「これなら仮面ライダーでいいじゃん」とも言われない絶妙な塩梅だったと思う

小川ヒロト
11か月前

銀河パトロールジャコによれば、偶然だが悟空が無事地球に到着できたのはタイツのおかげだし、悟空をパオズ山から連れ出したのは他ならぬブルマだし、悟空をフリーザのもとに送り込んだのはブリーフ博士で、悟空を心臓病から救ったのはトランクスだから、あの一家が悟空に与えた影響が大き過ぎる。

第23回天下一武道会で悟空は舞空術が使えることを最後まで隠していて、それは、過去2回とも決勝で互角の勝負の果てにルールの前に敗れた経験からくる、優勝するための戦略だったと思う。そしてそれは功を奏し場外勝ちを決めた。

高重力の負荷が戦闘力の向上に有効なのは明らかで、ラディッツが来るまで悟空の戦闘力が1000足らずだったのは地球の重力が低かったせいだろう。界王星で半年修行しただけでナッパを凌いだ悟空なら、飛ばし子じゃなければもっと早く一般サイヤ人のレベルに達していた可能性が高いと思う。

悟空とベジータは肉体を完全に失ったが、あの世で新たに肉体をもらっている。実はそれを維持しているのは作中この2人だけで、その他ブウによって消されてしまったみんなはポルンガによって生き返っている。この「あの世でもらったカラダ」というのがゴッドの領域に近づく鍵なのではと最近思っている。

自信を持つというのは難しいことで、必要もなく優れていようとする。

SEEDデスティニーを最後まで見たら、たしかにシンが主人公だったと思えた。

「容疑者Xの献身」と「真夏の方程式」と「沈黙のパレード」って三部作みたいだと思ってる

何かを好きになるために特別な条件は必要ないが、決意と行動は必要だ。それは自分を好きになるときも同様で、つまり、自分を好きになるより嫌う方が楽なのである

自己肯定感は要するに強がりで、どこまでも主観的なものだ。だから裏付けが欲しくなる。承認欲求とはそれだ。

自分を好きになることと、自己肯定感を持つことは違う。自分を好きになるというのは、自分を受け入れ、前を向くことだ。それは自信を持つということで、正当な手続きで現状を変えていけると自分に期待することだ。

「あの人はできるのに自分にはできない」という感覚が劣等感で、「自分だってできるはずだ」と思うのが自己肯定感

自己肯定感を高めるというのは、結局のところ、自分を好きになる条件をきびしくするということなのではないか。だからたいていの場合、それが満たされず苦しくなる

人と関わる限り劣等感はついて回るものだ。それを嫌って1人を好む人は少なくないと思う。

劣等感に苦しむのは自己肯定感が高いから

中二病は病気じゃなくて自我の芽生えだとようやく思うなど。

シン・仮面ライダーは「こんなの仮面ライダーじゃない」とも「これなら仮面ライダーでいいじゃん」とも言われない絶妙な塩梅だったと思う