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vol.4 アンディフィートの死闘

「マスター、御馬ヶ時お宮の新曲聞いた?」

グラスを磨く店主に後藤はカウンターにだらしなく腰かけたまま尋ねた。

「おうまさんがなんだって?」

「御馬ヶ時お宮、知らないの?」

後藤は呆れた調子で聞き返す。考えてみると、この店「アンディフィート」にはラジオさえかかっていない。

「流行には疎くてね」

「だめだよアンテナはしっかり張ってなきゃ。そんなだから、お客さん来ないんだよ」

「それはだいたいあんたのせいだよ」

店主がため息をついて見回した店内には後藤の他に客はいない。静まり返った店内に日も暮れていよいよ増す往来の賑わいが聞こえてくる。

「せっかく改装したってのに、変な奴しか居つかねえし」

「お客さんに向かって変なやつとか言わない」

「金を払わない奴はお客さんとは言わない」

口をとがらせて文句を言う後藤に、店主はピシャリと返す。後藤は気まずそうに目を逸らすと、そのうち、出世払いでなどともごもご言いながらグラスをあおった。

「おかわり」

「いい加減今までの金を払ったらどうだい?」

「じゃあ、あれだ、用心棒、用心棒やるから」
いいことを思いついた、という風に後藤は手を叩いて言う。

「間に合ってる」

そっけなく言い返す店主を無視し、目を輝かせて後藤は語り始める。

「いやいや、マスターは死なないってだけでしょ。だからさ、こうなんか悪いやつがやってきて、ガッてマスター殺して金奪っていくんだよ。そこに私がさっそうと現れて……」

熱弁をふるう後藤の後ろで店の扉が開き、カランとドアベルが鳴った。

「やってますか」

おずおずと開けられた扉の陰から姿を現したのは中学生くらいの少女だった。ドブヶ丘中学校の体操服に穴の開いたスニーカー、ドブヶ丘ハンターズの野球帽からポニーテールの尻尾が飛び出している

よけいなことをするんじゃないよ、と後藤を人にらみすると

「ああ、いらっしゃい。お客さんかい?」

と店主は愛想のいい笑顔を少女に向ける。

「ここは悪の本拠地ですか?」

「え?」

少女の顔をのぞきこんだ店主は、少女が狂気に飲まれていることに気が付いた。

「悪い人たちが襲って来たんです、返り討ちにしたら、この地図を落としていって、だから、ここに来たんです。ねえ、そうでしょう、ここがやつらのアジトなんでしょう?」

少女が取り出した血に汚れたチラシには「新装開店セール アンディフィート」と書かれ、メニューと簡単な地図が載せられていた。

「まあ、チラシはいろんな人に渡すからね」

「あなたが幹部ですか? それとも黒幕ですか?」

曖昧な笑みを浮かべやり過ごそうとする店主の言葉を聞いてか聞かずか、少女は問い詰める。

「まあまあ」

言葉に詰まった店主を隠すように後藤が立ち上がった。

「いかにも、ここがわれらの本拠地」

「ちょっと」

「よくぞここまで来たものだ」

店主を無視して、後藤は大仰な身振りで少女に近づく。動きに合わせて、しゅるりしゅるりと店内の陰が濃さを増す。

「いよいよもって腹立たしい。だが、その悪運もここまでだ……ゴブッ!」芝居がかった後藤の言葉は、あと三歩で少女に届くところで途切れた。

「どした?」


後藤の顔にはこぶし大の白い球がめり込んでいる。驚いた店主が少女に目を向けると、いつの間にかフォロースルーの体勢に移っていた。

「ああ、よかった。間違ってなくて」

「あんたは一体なにものだい?」

店主に問われ、少女は名乗る。


「悪意を砕く、正義の鉄槌、キュアストライク!」


少女の名乗りに、薄暗い店内がひと時明るく輝いたように見えた。

「ああ、そういうことなら」

名乗りを聞いて安心したように店主が答える。

「どういうことです? とうとう観念したということですか?」

「いや、それはね」

店主が言葉を紡ぐよりも速く、黒い粘液の塊が少女を吹き飛ばした。少女は空のテーブルやいすを巻き込んで壁に叩きつけられる。

「いいね、いいねえ。お転婆だねえ」

顔に大きなあざを作った後藤が、右腕に黒い粘液を戻しながら言う。

「浅かったか」

舌打ちを一つ、少女はテーブルの破片を振り払いながら立ち上がる。懐から何かを取り出そうとしたところで

「させねえよ」

後藤が黒粘液を飛ばす。少女は辛くも拾い上げた椅子の足でそれを弾く。

右、左、上、後ろ、四方八方から迫りくる黒粘液をことごとく少女は弾く。「やるじゃねえか」

机の影に紛れて忍び寄っていた黒粘液を蹴り飛ばされ後藤はつぶやく。

「喧嘩は店の外でやってくれ!」

カウンターに隠れた店主の叫びは二人の耳には入らない。

「ほらほら、まだまだいくぞ」

黒粘液の速度と数が増す。もはやそれらは黒い壁のように少女に迫る。少女はそれらを慌てることなくわずかな時間差を見逃さず打ち落としていく。

「でもそれじゃあ、勝てないね」

店主はカウンターから顔をのぞかせながら、つぶやいた。実際少女は最初に吹き飛ばされた位置から距離を詰められないでいる。最初に見せた神速の投擲も、黒粘液に対しては大きな隙を作ってしまう。

「わたしはこのまま君が死ぬまでやってもいいんだぜ」

後藤が威圧的に叫ぶ。

「キュウカイウライッテンビハインドツーアウトボールカウントハツースリー」

黒粘液を打ち落としながら少女はつぶやく。迫りくる黒粘液の中、手にした椅子の足がほの白く輝く。少女は息を一つ鋭く吐くと、目を見開いた。黒粘液を打ち落とす撃ち落とす撃ち落とす。

不規則な方位、タイミングで黒粘液を叩きつけ続ける後藤は、弾かれる粘液に異変を感じた。

「跳ね返されている?」

その背筋に覚えたのは久しぶりの感触、恐怖だった。

「なめんじゃねえぞ」

その感触をねじ伏せると黒粘液の殴打の密度をさらに増した。

少女は黒粘液の壁の中、そのうちの一つを見据え、一瞬の静止の後、全力で振りぬいた。

「秘儀! ピッチャーガエシ!」

打ち返された黒粘液は勢いを増し、後藤を襲う。

「それがどうしたっ! くそがきがあ!」

後藤は避けることなくそれを受け止めると、自分に突進する少女に向けて、黒粘液の刃を叩きつける。

「そこまで!」

店主の声が響き、後藤と少女は動きを止めた。両者の間には椅子の足で頭を砕かれ、黒粘液の刃で肩口からまた下まで切り裂かれた店主の死体があった。

「あーあ、でしゃばるから」

後藤が刃を引くと店主はぐしゃりと床に崩れ落ちた。

「え、そんな、わたしはそんなつもりじゃ」

呆然とつぶやく少女を一瞥するとニヤリと笑って後藤は言う。

「そう、君が手を出さなければ、マスターは死なないで済んだんだ」

「う、うるさい。だって、私は」

「いや、大丈夫だからね」

「え?」

まだ無事だった机を起こしながら、店主は言った。

「でも、さっき死んだはずじゃ」

「あーなんか、いろいろあるんだってさ」

「いろいろって」

後藤の興味なさそうな説明に、少女は混乱を隠せずに答える。一つの不自然の前に少女の狂気は薄れたように見える。

「で、まだやる?」

「も、もちろんだ」

黒粘液をじわりと展開する後藤に、少女は椅子の足を構えて答える。

「やるなら外でやって」

「えー、じゃいいや、また今度ね」

店主の言葉に、後藤は興味をなくし、黒粘液を収納するとそのまま店の外に出ていった。

「あ、ちょっと待て」

追いかけようとする少女の肩にぽんと手が置かれた。振り向くとそこには不気味な笑顔を浮かべる店主がいた。

「飯でも食ってくか?」

「追いかけないと」

「飯でも食ってくか?」

その笑みに抗えない恐怖を感じた少女はいつの間にか自分がうなづいていることに気が付いた。

「じゃあ、そこらに座って待っててよ。あ、片づけといてくれてもいいよ」

「あ、はい」

よろしく、と言い捨てて店主はカウンターに入っていった。

背もたれの折れた椅子に腰かけると、少女は無人の店内を見回した。ふと、自分の財布の中身のことを思い出し

「片づけてたら、代金勘弁してくれるかな」

いそいそと散らかったいすや机を片付け始めた。

酒場アンディフィートが繁盛するのにはもう少しかかりそうだった。



新しく! 書いた! アクションシーンって大変ですね。

プリキュアとか真面目に見た方がいいのかなとか思います。

そういえば、映画の予告編で見て「魔女見習いを探して」が気になっています。あれ見るのはやっぱり「おジャ魔女どれみ」を見てからのほうがいいのかなぁ。長いのがね。あんまし四クール物を見る習慣がなかったので、48話とか言われるとビビってしまうのじゃ。

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