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ある老人の溜息と液だれ事情 #7

美幸と過ごして幸せになれた。いつも美幸がそこにいるから。

「元カミさん」と離婚したのは、美幸と結婚したいから。
という気持ちは、全くなかった。

美幸とは同じ職場で10年ほど仕事をしていた。
僕が美幸から気持ちを伝えられたのは、職場で初めて出会ってそれほど時間は経っていなかったと思う。

ある日、仕事を終えて職員用の通用口を出て、駅まで続く商店街に差し掛かった時、美幸は僕の退社時間を知っていたようで、そこに先回りしたと言っていた。

駅に着く直前商店街の隅っこに喫茶店があって、「お話ししたいことがあるので。」と言われた。

美幸は、今の自分の気持ちをありのまま僕に伝えてくれた。
正確なセリフは、今はもう思い出すことはできない。
僕には「妻がいる」、だからお付き合いはできない。
その時に返した正確なセリフも、今もう思い出すことはできない。

でもそれは、美幸は僕が既婚者であることはとっくに知っていて、おそらく僕がそう返してくることは想像できたはずだ。
いい度胸だな。
逆の立場だったら、絶対僕には言えない。 

その翌日も、普段通りに職場では何事もなかったように振る舞って、いつもと変わらない素振りをして、平然を装っていた。そうに違いない。
だって、「昨日はありがとう」とかそんな言葉を交わす余裕なんてあるはずがない。

美幸の気持ちはわかっているので、職場では常に美幸の行動を視野の中に入れていた。
内心、嬉しかったのかもしれない、無意識に。

妻がいるので、馬鹿なことはできない。できるはずがない。
常識と良識をわきまえた、働き盛りの中堅会社員だ。
そうは思っている、それが自慢できる唯一のことだったし。

常識人間を装いつつ、どこかドラマチックな人生を心の中で期待していたのかもしれない。
1週間も経っていなかった、仕事が順調に片付くと美幸と待ち合わせをして、食事をするようになった。

僕らの通勤方向は、同じ電車の方面だった。
多くの社員は反対方向だったので、僕らは横浜駅での待ち合わせすることが多かった。
それは、知っている人と遭遇する危険が少ないからだ。
ただそれは、職場関係者にバレないため。
美幸と僕は、横浜は地元なのだが。

数回食事をして、その時は普段何をしていて、今日はこんなことがあった、来週は友達とコンサートにいくんだ。
などごく普通の会話をして。 

回数を何回か重ねていくうちに、お互いにそれを言い出す機会を待っていたかのように、「ホテルに行ってみないか」となった。
実は、この時にはすでにお互いにそうなる成り行きが想像できていたので、なんの躊躇はいらなかった。
美幸はそれを待っていたかのようだったし。

この時すでに僕には、理由ははっきり説明できないが、当然の成り行きとして受けとめていて、罪の意識はなかった。

僕は、終電までに家に帰らなければならない。
二人でホテルに来た目的は、もう了承済みで美幸もそれを待っていた。
一緒にお風呂に入って、早く次のステップに移行すべく行動は早い。

一緒に脱衣所で高校生みたいな、お互い「緊張するね」、「恥ずかしいね」なんて会話をしたのかもしれない。
美幸は、さっさと洋服と下着を脱いで浴室に向かって行ってしまった。
えっ、っと思うくらいあっけなかった。
僕も後に続いて行ったけど。

美幸の裸体を初めて見た。
体つきはちょっぴりふっくらしているタイプだと思った。 

お風呂から上がって、二人でベッドに滑り込んだ。
美幸は、初めてと言っていたので、それは本当のこと。
確かめようはなかったけど。 

キスをしたけど、一瞬戸惑った様子が伝わってきたけど、すぐに僕についてきて反応してくれた。
深くキスをすると、彼女も気持ちを伝えようと反応して返してくる。
キスをして、体を寄せあったり、きつく抱き合ったり。

もう僕は、このまま時の流れに任せる気持ち。
お互いの気持ちを確かめ合うのに時間はかからなかった。 

僕が終電までに帰らなければいけない。
美幸もそれは知っている。 

限られて時間、目一杯できることをした。
初めて美幸と繋がった。
肉体だけじゃなくて。
美幸には嬉ししさが満ちているようにも見えた。
僕も同じ気持ちだよ。

身勝手で無責任、今はそれは考えない。 

翌朝、美幸とはいつものように職場で顔を合わせて、「おはようございます。」と何くわぬ挨拶を交わす。

誰も知らない。


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