見出し画像

シャニマスの『OO-ct. ノー・カラット』を小説っぽくしたヤツ(2/4)

※今回特に自己解釈が多いです。

第3話『Ⅳ』

「…………」
 七草にちかの表情は暗い。
 アルバイト先のバックヤード。いつもなら心ときめくはずの新譜の開封作業さえ、今は憂鬱の方が勝る。
「ちょっとちょっと、にっちー?大丈夫ー?」
 バイトの先輩に声を掛けてもらっても、一瞬反応が遅れてしまう。
「えっ、あっ、はい……その、少しだけ……」
 ──少しだけ……なんだろう?
 私は私のこと、少しどころじゃないほどに考えているのに。
「……美琴さんは…………」
 美琴さんは私のこと、ほんの少しでも考えてくれているのだろうか?
 美琴さんは私のこと、どう思ったのだろう。
 あの日──バックダンサーさんと初めて振り付けを合わせた日。
 ダンサーチームは既に7割程度完成したといっていた。美琴さんが手伝ったおかげで、想定よりも遥かに早く出来上がりつつあるのだそうだ。
 だからメインの私たちも加わって、一緒に踊ってみた。踊ってみて、明らかになった。
 休憩のとき、私だけ息が荒い。私以外はみんな余裕そう。
 バックダンサーの人たちは、しきりに緋田さん緋田さんって、美琴さんに質問をする。彼女もその一つ一つに答えて、時には実演してみせていた。
 私はトレーナーさんに聞いても、「あー………うん、大丈夫大丈夫!」なんて、はぐらかされて。
 誰も、何も、言ってくれない。声なんてかけられない。
「……やばいの、私なのに……!めっちゃくちゃ……いっちばん……っ!」
「えっ?いや、やばくはないけど……なに?」
「……えっ」
 気づかないうちに独り言が漏れていたらしい。先輩が隣にいるの、完全に忘れていた。猛烈な気まずさと羞恥心が込み上げる。
「ちょっ、話聞いてたー?今夜ライブハウス行かないかって誘ってんの?」
「えっ、あぁ…………」
 ライブハウス。あんまり行ったことない場所だ。
「そんな顔されたらこっちも困るしさー。1時間でいいから、いい音浴びてこー」
 先輩が陽気に続ける。どうやら、それなりに心配してくれているらしい。
 その誘いが、とりわけ魅力的だったのかはわからない。
 でも何故だか今は、そういう知らない場所に行ってみたかった。
 そう思っていたのだけど、
「えーっ!当日ソールドアウトー⁉……えっ、なんとかなりませんかー?」
 事はそううまく運ばなかった。
 チケットが売り切れてしまっているのでは、どうにもならない。今日の出演者に知り合いがいるわけでもないのだ。
 先輩はまだ「どうにかなりませんかー?」と粘っていたが、こればっかりは仕方がない。私としても少し残念だけど、あまり向こうに迷惑をかけるわけにもいかない。
 ──そう、思っていたのだけど、
「あっ、この子この子、シーズです!!」
「え?……!ちょっ、先輩!?」
 急に肩を掴まれて驚くと、受付スタッフも驚いたような顔をする。
「……あー!?あっ、知ってるー!えっ、すげー」
「ほらほら、知り合っとくと良いことあるかもよー。誰かに招待されたってことにしといてよー」
「うーん……そうだな……まあ、だったらいいかもなー」
 なんて、事が上手く運んでしまった。
 ──私が、シーズだから。
 シーズ、だから、優待してもらえた。
 それは覚えたくなかった甘い美酒の味。
 少しでも知ってしまえば、もっともっとと欲せずにはいられない。
「Fooooo!低音やばーい!」
 その蜜は憂鬱を吹き飛ばし、タガを外し、射幸心を煽る。
 案内されたのは、典型的なほど”クラブ”って感じの場所だった。
 ノリノリに身体を動かしたくなる、キックとベースのリズム。
 ダンスホールを彩る、目が眩むほどチカチカしたライト。
「にちかちゃんだっけ?知ってるよーユニット。最近頑張ってるよねー」
「ホントですか!ありがとうございますー!」
 声を掛けられて、褒められて。
「なんか飲む?せっかくだし奢るよ」
「えー!いいんですかー!」
 もてはやされて、大切にされて。
「実力派って言われてるけど、笑うと可愛いじゃん。可愛くて実力あるとかヤバいよー」
「あははっ、えー!」
 認めてくれる、私を。
「にちか!にちか!にちか!にちか!」
「あははっ、やめてくださいーー!」
 楽しいって、思った。
 浮かれて、浮ついて、何も考えず音の波に身を任せて。
 ──私は、シーズだから。
 その事実にただ酔いしれる。アルコールなんて飲んでないのに、本当に酔っぱらってしまったみたいだ。
「ほらほら、乾杯しようよ、ウーロン茶だけど」
「いいねいいね、シーズに乾杯ー!」
 みんなが私にグラスを差し出す。凄く、凄く気分がいい。
 琥珀色に染まったグラスを突き出して、私も叫んでいた。
「あははっ、シーズにぃ~~~~~~乾ッ杯ーーーーーー!!」
 カチャンと響く、グラスがぶつかる音。
 それとほぼ同時に気づいた。気づいてしまった。
「──────えっ」
 一瞬、だけど確かに、視線がぶつかる。
「………………えっ────」
 人波にも埋もれない凛としたたたずまい。
 スポットライトが当たったみたいに、特別な存在。
 そこにいたのは、紛れもなく緋田美琴その人だった。
「──────…………ぁ」
 熱が冷める。酔いが覚める。
 音も光もいつの間にか感じられなくなって、血の気が引いて。
 さっきとは違う、嫌な心臓のバクバク。
「…………」
「…………」
 見つめても、きっと何も伝わらない。今は何も、考えられないから。
 そして見つめられても、何も伝わってはこなかった。
「…………っあ」
 そうしたスローモーな時間さえ、美琴さんがふいっと視線を外したせいで、あっけなく終わってしまう。
 怒るでも、責めるでも、悲しむでも、憂うでもなく。
 彼女は何も言わないで、ステージの方へと行ってしまった。
「……美琴さん…………」
 は、どう思ったのだろう。
 この最悪な、メンバーのこと。

第4話『Ⅴ』

「リフター?」
 緋田美琴は、その提案に首を傾げた。今度の音楽フェスでの演出としてリフターを組み込むという。
「それは……必要な演出なの?」
「……?何かまずいのか?」
「まずいっていうか……リフターって、ただ昇降するだけの演出でしょ?立っているだけの時間がもったいなく思えちゃって」
 それは実に、パフォーマンスを至上と掲げる美琴らしい言葉だった。
「せっかくダンサーもいるのに、リフトされると視界に収まらないし……」
「なるほどな。言われて見ればその通りだ。美琴の言ってることは正しい……どうなんだろう。俺には専門的なことは分からないけど」
 Pももっともな意見に頷いてから、腕を組む。そして、言葉を選びながら、思うところを伝えた。
「ステージに立つ人が、なるべくたくさんのお客さんと同じ高さの目線で向かい合えるようにって……そういう演出ではあるんじゃないかな」
「……そうだね。わかった。そう決まったのなら、私はその中で精一杯やるよ」
 納得したのかはわからないが、美琴も承服する。
「私、やれることは全部やるから」
「あぁ、美琴のためにも、出来る限りのことはこっちもやる。他には?何か気になる所はないか?」
「うーん……大丈夫、特にないかな」
 美琴は何を気にするふうでもなくそう言い切った。遠慮などなく、心から。
 その瞳に映るのは、ステージとレッスン場ばかりで。
 そこにいて然るべきの誰かさんのことなんて、ほんの少しも見えてはいないのだった。

「………………はぁ」
 七草にちかの息は重かった。それも当然と言うべきで、悪いのは他ならぬ自分だ。
『シーズにぃ~~~~~~乾ッ杯ーーーーーー!!』
 浮かれて、酔いしれて、流れるままに叫んだ言葉。
 誰より自分が、その言葉の重みを理解して。だからこそ忌避していたはずなのに。
 軽率に、軽々しく、使ってしまった。名乗ってしまった。
 あのとき、それを聞いた彼女はどう思ったのだろうか。
 そんなことを考えながら校門を出ると、今二番目に会いたくない人が立っていた。
「なんでいるんですかー……?」
「お疲れ様……そろそろ学校、終わるころかと思ってさ」
「終わるころかなって思ったら、いつでも来るんですか?……そしたら毎日お願いしますー……」
「……うん」
 Pさんは生意気な言葉に言い返すことなく、車のドアを開けた。それが大人の対応ってヤツなのだろうか。
 ……むかつく。
「あーそっかー!練習来なくなるって思いましたー?」
「……どうしてだ?」
「……っ、プロデューサーなのにそんなことも分かってないの、超やばくないですか!いっちばん踊れないし使えないしいる意味ないやつのこと!!」
「……誰のことだ?」
「…………行きますよ、練習。踊れないし、使えないし、いる意味ない上に、練習来なくて迷惑かけるやつが見たかったら行きませんけど……!」
 煽るように、ヤケクソ気味に。
 それは誰に向けた言葉だったのだろう。
 誰を傷つけたい言葉だったのだろう。
「じゃあ、シートベルト着けてくれたら嬉しいよ、にちか」
 挑発するようなセリフだって意味なんてない。Pさんは容易く受け流してしまう。
 あやされるように車で運ばれて、お城へ向かうお姫様気分を味わえるはずもなく。
 ただ、苛立ちが募る。
 カーラジオから流れるアイドルソングが、ひどく耳障りだった。
「…………音楽、切ってもらってもいいですか」
「おう、うるさかったか、すまん」
「……なんか、イライラするんです。そのユニット、仲良しだけが取り柄じゃないですか」
「そうだなぁ、歌とダンスが上手くないことは認めるよ。シーズみたいにはいかない」
 カチンって来た。
 ──何なの、「シーズみたい」って。
「シーズっていうか、美琴さんみたいになるのは一生無理なんじゃないですかねー……あ、私も大してレベル変わらないのに、最低のこと言っちゃったー」
「…………」
「…………」
 にちかの物言いを、Pはただ黙って受け止めた。車内に沈黙が降りる。
 本当に、これは一体、誰に向けた、誰を傷つけたい言葉なんだろう。
「……どうしてなんだ」
「……えぇ?」
 沈黙を破ったのはPの方だった。唐突な言葉に、怒り交じりの語気を返す。
「どうして逃げるんだ、その……幸せになることから」
「……っ、なんなんですか……」
「にちかはもう、思いっきりアイドルの仕事ができる……そうできるための努力をしてきたんだ。上手いよ、ダンスだって歌だって。テクニックも今の境遇も、簡単に手に入るものじゃない」
 それはきっと、慰めの言葉なんかじゃないのだろう。Pは本気でそう思っていて、本気でそう伝えている。伝えてくれている。
 ──でも、
「…………だから」
 ──でも、それは間違っている。
「それが、だから、これではっきりしたじゃないですか……!」
 ──間違っているから。その事実が切実なほど辛くても、にちかの口から告げなければいけない。
「ずっと、美琴さんのおかげだったって!……美琴さんに、くっついているおかげだったって!!」
 その事実は、泣きたくなるほど胸に痛かった。
 けど、まだ終わりじゃない。それだけじゃない。
「わかってたけど……どうせ、みんなもわかってたことだけど!!みんな……みんな、私のことなんて見てないんですから」
「私が上手いって、そんなの仲良しアイドルより上手いのは当たり前ですよ……!でも私……映ってませんから、みんなの目には。シーズだから……美琴さんといるから、見てもらえてるだけなのでっ!」
 みんな、誰も──美琴さんも──私を見てはいない。
 やっぱり私は、私のままじゃ、誰にも見つけてもらえない。
 分かっていた。この時間が、ラッキーの時間の延長にすぎないって。
「美琴は、ひとりで踊ってるわけじゃないよ」
 告白をPさんがどう受け止めたのかは読み取れない。そんな慰めに意味もない。
「実質そうだって言ってるんです!」
「……もし美琴がひとりで踊ってるなら……誰かがふたりにしないといけない」
「……なんのためにですか」
 あれだけ歌えて。あれだけ踊れて。
 あれだけ完璧な彼女が、どうしてひとりで舞台に立ってはいけないのだろう。
「──美琴が、美琴を見つけるためだよ」
「……意味わかんないです。それなら、美琴さんのために、踊れる実力がある人探したらよかったんじゃないですか……!」
「探したよ……美琴のためってだけじゃなくて。にちかのために踊れる実力がある人も探したんだ」
「……っ」
「見つけてほしいんだよ。にちかにも、にちかのこと。美琴にも、美琴のこと」
 ──見つけてほしいって、なんなの……?
 誰も見つけてくれないから、そのたびに自分を見つけて、見つめて。
 これ以上、七草にちかは、七草にちかの何を見つければいいのだろう?
「……意味わからないです。そういう意味あるみたいな言い方、わかりづらいのでわからないですねー……!」
 わからないことを押し付けられたって、不貞腐れるしか出来ない。
「……ごめんな、俺も上手く言えてないのもかもしれない。でも、言葉の意味はいいんだ。……仕事を楽しんだり、喜んだりしてほしい。そうするのを、怖がらないでくれれば、それだけでいいんだ」
「………………言葉じゃないですか、結局…………意味、わかんないです」
 何もわからない。
 言葉も、思いも、理想も。
 美琴さんは、私をどう思っているのだろう。
 私は、美琴さんとどうなりたいのだろう。
 何もわからない。
 わかっているとしたら、一つだけ。
「練習しなきゃ……」

 気づけば夜になっていた。空にはすっかり月が昇っている。
 にちかは送ってもらってから、ずっと一人で自主トレをしていた。
 ──練習、しなきゃいけない。
 その確固たる事実だけを胸に、飽くことなくステップを踏み続けて今に至る。
 レッスン室のカギを返すため、ふらふらの足取りで事務所に寄ったときだった。
「……?誰か、いる?」
 ふと、倉庫の明かりが目についた。
 こんな時間に、こんな場所で、一体誰が?
 そう思って、おっかなびっくり覗き込んでみる。
「……1、2、3、4」
「っ!──美琴さん……!」
 中にいたのは、他でもない美琴だった。雑多な荷物に取り囲まれたスペースを縫うように、彼女はステップを踏んでいる。
 そして、クルリと。
 狭さなんて感じさせないほど、華麗なターンを披露してみせる。
「……すごい…………」
 言える言葉はそれしかなかった──なんて、言えるはずもない。
「やらなきゃ……戻って、もっとやらなきゃ」
 私よりすごい人が、私より努力している。
 私がやらなくていい理由なんて、どこにもない。
 ふらふらの足に力を込めて、七草にちかはレッスン室へと駆け出した。

第5話『Ⅵ』

「おはようございまーす……」
 リハーサル当日、にちかはおずおずと控室の扉を開けた。
「うん、そうだね……それでいいと思う」
「オッケーわかった。ダンサーチーム、集まってー」
 中では既に軽く打ち合わせというか、ウォーミングアップみたいなのが始まっていて、にちかに気づく人は誰もいない。
 ほっとしたような、不本意なような。
 とりあえず、にちかも軽く動きを確認する。ステップを踏んで、腕の動作確認。一人で、黙々と、振り付けを確かめる。
「はーい、お待たせー前のふたり。入ってちょうだーい」
「は、はい────!」
 トレーナーさんに声をかけられて、緊張混じりに声を返す。美琴さんの方は今日も落ち着いていた。
 そうして、リハーサルが始まる。

「はーい、では休憩でーす!20分後再開しまーす」
 リハーサルに一区切りがついて、休憩時間。
 身体に疲労は溜まるものの、息を荒げて音を上げるほどじゃない。
 ダンサーさんは各々自分の動きを振り返ったりしていて、トレーナーさんもそれについていて。何となく、手持無沙汰。
「綺麗……まただ。また、ターン……」
 美琴さんを見つけると、彼女はまたクルリと綺麗なターンをしていた。
 軸の定まったブレのない回転。それはまるで精密な機械のように完璧で、美しい。
 ──私にも、できるのだろうか?
「……ここじゃ、邪魔になるかな……?」
 そう思って、控室の方に一人戻る。誰もいないことを確認してから、一度軽く回ってみる。
「1、2──……1、2──……」
 なかなか上手くいかない。勢いをつけても、身体が安定しない。
美琴さんのターンは、もっとなんていうか……
「ターンですか?」
「っ!……は、はい……!」
 急に声をかけられてビクっとする。いつの間にか、後ろにはバックダンサーさんの方がいた。
「わわっ!ごめんなさい、びっくりしないでください!」
「い、いえいえ、すみません……私、こんなところでお邪魔でしたよね……」
「えっ、いえいえ。何言ってるんですか、ここはシーズさんの現場ですよー!」
「えっ、あの、でも……私は…………」
 ──『いっちばん踊れないし、使えないし、いる意味ないやつ』
 自分が言った言葉に縛られて、何て返せばいいのかわからない。
「……ペンシルターン、ですか?よかったら補助しますよ?」
「あっ、これペンシルターンっていうんですか……?」
 言われてみれば、確かにそうだ。スッと佇む美琴さんには、芯のようなものが通ってる気がする。
「ですです。構えてから……軸を意識してください」
 軸、と言われても、なんだかよくわからない。
 でも、美琴さんをイメージすればそれは自然と理解できた。
「…………すっ」
 くるりと、回ってみる。
「あーいいですいいです。イメージそんな感じですよー」
「あー……!あははっ……」
 褒められて、少しだけ誇らしい。
 調子に乗って、もう一回。
「1、2──……っ」
 今度は少し勢いが余って、グラッとする。上手く止まり切れなかった。
 芯なんて全然通ってない半人前。でも、変に暴走する前に止まれて良かったとも思う。
「あー、よくなってはきてますよ。コツは掴んでいただけたかと」
「……あ、はい……!あっ、すみません、関係ない練習につき合わせちゃって」
「いやいや、全然。アイドルさんなのにこんなに本格的に踊ると、大変だと思いますけど……」
 頑張ってくださいねって言ってもらえて、嬉しかった。
 それに、何より、
「あ、あの……ありがとうございます、声、かけてくださって」
 私のことを見つけてくれた人がいたことが、嬉しかった。
「とんでもないですよ……あっ、そろそろ休憩終わりですね。一緒に戻りませんか?」
「……!は、はい……!」
 よかったって、そう思う。
 よかったんだって、思えたから。
 ここに、私がいてもよかったんだって、ほんの少しだけ思えたから。

 リハーサルに戻って、直後。
 確認するのは、リフターを使った演出だった。
「一回上げてみようか、高さと、安全な足場の確認だけしっかりやって」
 現場監督の人の指示に従って、リフターの足元まで移動する
「高……」
 見上げる高さは、8メートル。だいたい建物の3階建てくらいだという。
 でもスペースは広くないし、手すりもないし、命綱だって付けてない。落ちたら即死ってわけじゃないだろうけど……凄く痛そう。
 ──なのに、
「あれ、美琴さん……なんで……?」
「…………1、2────」
「なんで……ペンシルターン──?」
 リフターに乗ろうとしている彼女は、平然と、クルリと回転してみせる。
 その機械的な美しさが、妙に寒々しい想像を掻き立てた。
「うそ……もしかして、美琴さん……!!」
「はーい、じゃあ上げますからねー。乗ってくださーい」
 声をかけようとしたときには、もう遅かった。スタッフの人に誘導され、美琴さんはリフターの上に乗ってしまう。
「七草さんも、早くリフター乗ってくださーい」
「えっ、あっ、はい」
 仕方なく私も乗ったけれど、視線はずっと美琴さんから離せなかった。
 やるわけない、と思う。あんなところで回ったら、どうなるのかなんて分かりきっている。
 でも、最悪の想像は消えてくれない。
「絶対やる、絶対やる絶対やる……美琴さんは……」
 ステージのためなら、そんな危険な事さえ平然とやってしまう人なのだから。
「あのっ、すみません、誰か──きゃっ」
「んー?にちかちゃん危ないよー、気を付けてー」
 気づけば、私の方のリフターも動き出していた。……思った以上に細かな揺れがある。普通に立っているだけでも正直ちょっと怖い。
「やばい……あっちもう上がってる……」
 私より美琴さんの方が上がるのが早い。このまま8メートル地点まで辿り着いたら、彼女は何食わぬ顔でクルリと回ってみせるのだろう。そんなの、危険すぎる。
「み、美琴さーん…………!だ、ダメですーー!!」
 叫んでみても、届かない。完全に見えていない。
 私のことも……自分のことも。
 そして周りの人も、美琴さんのことが見えてないみたいだ。
 ──それでも、止めなきゃいけない。止めなきゃ止めなきゃ止めなきゃ!!
 でも、どうやって?
「────そ、そうだっ……それなら…………」
 思いついたのは、凄くナンセンスな方法。上手くいくかもわからない。
 ただ、時間はないのだから、やるだけだ。
「ま、回ろう…………っ」
 それは、いわば反面教師のようなもの。
 或いはもっと単純に、鏡だろうか。
 彼女が、彼女を見えていないのなら。
 私が彼女に、美琴さんを見せないといけない。
「い……い……1、2────!」
 自分を鼓舞して、習ったばかりのペンシルターンを披露する。
 勢いが強い、芯なんて全然通ってない、半人前。
 だから当然──視界がグラッと傾く。
「あっ…………」
 足場はない。
 あるのは、奈落。
「きゃあ……………っ!!」
 ドスンと鈍い落下音に続いて、誰かが金切り声を上げた。
「ちょっ……止めて止めて、リフター!」
「にちか、にちか……!すいません、救護の方はいらっしゃいますか?」
 現場監督さんとPさんが慌てる声が聞こえる。それを認識できる程度には、意識はハッキリしている。
 まだ上がってる途中だったからかそんなに高さはなく、頭から落ちたわけでもない。打ち身のようにじんじん痛むけど、私に問題はない。
「み、美琴さんは──」
 そっちの方がよっぽど大切だと思って見上げる。
「…………にちかちゃん────?」
 ──見てた、美琴さんが、私を。
 たぶん。
「もう………!なんであんな危ないことするの……!」
 近づいてきた現場監督さんは、冷や汗混じりといった様子だった。確かに、かなり危ないことをしてしまったと思う。
 でも、だからこそ、
「よかった…………」
 それが、私で。
 それが、美琴さんじゃなくて。
「……大丈夫……?」
 美琴さんも同じように、側まで駆け寄ってくれた。その声音に宿る労りと不安に、彼女の心配を垣間見る。
 ──よかった。ちゃんと、見てくれている。
「立てるか、にちか……よし、美琴も手伝ってくれ」
 Pさんが私を起こすために、手を引っ張ってくれようとする。美琴さんも同じように、私に向けて手を伸ばしてくれた。
「だ、大丈夫です……!」
 でも、私はひとりで起き上がれる。ちゃんと、自分の力で。
「続けられます……リハーサル…………!」

(続く)




シャニマスやれ!!

一旦ここで終わります。続きが気になる人は、よろしければ先に『シャニマス』のゲームの方をダウンロードしてください。

当たり前ですが、ゲーム本編では情報量が段違いです。キャラの表情、声優さんの演技、音楽、スクリプトなど、めっちゃイイ。本当にめっちゃイイから。私のへたっぴな文章なんかより遥かに面白いから。

今ならログインするだけで、全てのイベントシナリオが無料で開放できるアイテムが手に入るし、無料10連ガチャキャンペーンもやってます。これから4周年を迎えることもあって、まさに「始めるならイマ‼」というタイミングなんです、本当に。

だから「ちょっと面白いじゃん」って思ってくれた人は今すぐシャニマスをダウンロードしよう。しろ。

続きは投稿するけど、みんな先に本編をプレイするんだぞ。本編プレイした人が「へぇー、コイツはこういう解釈をしたんだ……面白いじゃん」って思うために読みに来てくれ。

じゃあ一旦終わります。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?