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シャニマスの『OO-ct. ノー・カラット』を小説っぽくしたヤツ(4/4)

第6話『Ⅶ』

 ──ここって、こんなところだったんだ。
 七草にちかは窓の外を眺めながら、そんなことを思った。タクシーの中、隣には美琴が座っている。にちかのレッスンがなかなか進まないため、これから美琴の伝手のスタジオで練習をする予定だった。
 会話はない。だからこうして、慣れ親しんだ大通りを見ている。
 すっかり夜も更けて、看板の照明がチカチカと瞬いていた。知らなかったお店の名前が目についたり、高速の入口に気づいたり。
 知っていると思っていたのに、知らなかった世界。
「お客さん、次の交差点はどうしましょうか?ナビだとまっすぐでもいけるんだけど」
「……あっ、すみません。ちょっと待ってください」
 運転手に話を振られて、慌ててしまう。にちかでは道が分からない。そして美琴は自分の世界に入っていた。
「あの、集中しているところすみません!美琴さん……」
 顔を上げた美琴さんに、運転手からの言葉を伝える。
「…………え、道?じゃあ、まっすぐでお願いします」
「はいよー」
 返事と共に、車が直進した。右折しようとする車を横目に見ながら、にちかは美琴に話しかける。
「慣れてる道、なんですね」
「……どうなんだろう。多分、大丈夫じゃない?」
「えっ?」
「いつもは外なんて見ないから……でもナビが正しいなら、着くんじゃない?」
 彼女は事も無げにそう言った。機械への、或いは正しさへの信頼。
「あー、あははっ」
 本当に美琴らしいと思って、にちかは笑った。練習でも仕事でもない会話は、随分と久しぶりに思える。
 ──ここって、こんな場所だったんだ。
 外を見て気付くこと。
 知っている場所に、知らない世界がある。
 裏側のようなその隙間を、にちかは綺麗だと思った。

 タクシーを降りてから、美琴に案内されること数分。けれど目的地は視界には映らない。
「地下……にあるスタジオなんですか?」
 大きな反響音のする階段を降りながら確認する。どんどん暗い世界に──奈落に──潜っていくようで、少しだけ興奮していた。なんだかちょっと、秘密基地みたい。
 いや、秘密基地というよりは──
「そう……どうぞ。扉、重いから気を付けてね」
 美琴が頷いてから、無骨で分厚いドアに手を掛ける。ギギッと音を立てながら、扉がゆっくりと開いていく。
「……わぁ…………!機材がいっぱい……!」
 視界に映るのは、パソコンやスピーカー、キーボード、CDや雑誌の数々。そこそこの広さのスペースを埋め尽くす多彩なガジェットたち。
 そう、秘密基地というよりは、まるで研究室のようだった。
「荷物、好きなところに置いて。準備が出来たら早速始めよう」
 浮かれるにちかとは正反対に、美琴は淡々としている。彼女にはなじみのあるスタジオらしいし、実際ここにはにちかの居残りレッスンのために来ているのだ。
「──はい!」
 こうして、2人だけの夜のレッスンが始まる。

「……うん、オッケー」
「──…………っ、はい!」
 1時間ばかりの時間が過ぎて、ようやくレッスンに一区切り着いた。にちかは床に座り込み、乱れた息を整える。
 トコトコと部屋を一度出て行った美琴は、すぐに戻ってきた。
「──お水」
 その手に持っていた透明なペットボトルを差し出す。にちかもありがたく受け取った。一緒に食事をしたこともないだけに、こんな些細なことが嬉しい。
 ぐびぐびと軽く煽ってから、気になっていたことを聞いてみる。
「あの……ここって、美琴さんのスタジオなんですか?」
「え……うーん、正確には知り合いのスタジオなんだけど……この部屋は、私くらいしか使ってないかな」
「へぇー……じゃ、じゃあ、あの機材も全部、美琴さんが使うんですか?」
「あぁ……うん、一応。あんまりちゃんと使いこなせてないんだけどね」
 そう言いながら、美琴がキーボードを撫でる。
「でも、あの……この間は、倉庫で練習してませんでした?」
 思い切って、少し踏み込んで聞いてみる。
「え……?あ、いたの?」
「す、すみません……お邪魔かと思って、声はかけなかったんですけど……」
 そう言いながら、にちかは違うと思った。
 かけなかったんじゃない、かけられなかったんだ。
 ──私が、最低すぎて。
「もしかしなくても、ターンの練習、してたんですか?」
 クルリと軽やかな、狭さなんてまるで感じさせないペンシルターン。
「うん。棚の隙間で回って、どこにもぶつけなかったら、リフターの上でも問題ないかなって」
 やっぱり、美琴はそのつもりだった。あんな高いリフターの上で、軽々と回ってみせるつもりだったのだ。
「すいません、美琴さんなら絶対回れるに決まってますよね……それなのに、私」
「ううん、私こそごめんね。まさか、あんな形で止められるとは思わなかったから」
 そこまで言って、美琴は一度言葉を区切る。
「いいステージにしたいの。そうじゃなきゃ、感動も納得もできないでしょ?」
「──美琴さんは、アイドルですね」
「どうだろう……いつも、そうありたいとは、思ってるんだけど」
 キーボードをなぞる手は、ほんの少しだけ弱々しい。あれだけの実力があっても、まだ彼女はアイドルであることに自信がないのだろうか。その自信は、どうやったら身につくのだろう。
「……ピアノ、何か弾ける?」
「……あっ、いえ……?私、全然ピアノはわからなくて……」
 唐突に振られた話題にしどろもどろに返す。ピアノなんて、実際まともに弾けはしない。
 ただ一曲だけ、にちかには弾ける曲があった。
 ゆっくり思い出すように、ポロンポロンと、拙いながらに旋律を紡ぐ。
「──『ホーム・スイート・ホーム』」
「は、はい……これだけ、弾けるっていうか……」
 それは、随分と懐かしいメロディ。思い出を彩る劇伴。
「……アイドル、だったんですよ、私」
 ぽつりぽつりと、拙いながらに言葉を紡ぐ。
「その……家族の中のアイドルですけどね、ずっと小さい頃の。……大好きなアイドルがいて、その真似をして踊る私のこと、家族も大好きで……小さいおもちゃのキーボードがあったんですけど、そこにこの曲も入っていて、それもよくみんなで歌って……」
 懐かしい、懐かしい記憶。今はもう、遠くなってしまった過去。
 ──あの頃、みたいに。
「でも、目指しはじめたら……なんかどんどん、わかんなくなっちゃって。とにかく必死で……でも、必死でいたらわからないことわからずにいられて……」
 ──あの頃みたいに、みんなが幸せでいられたら良かった。私が私らしく振舞って、それだけで笑顔が生まれて。そんな、幸せな現在。
「すみません、こんなこと急に話して……今ちゃんとアイドルできないで、美琴さんの邪魔ばっかりしちゃってるのに……」
 本当に、何を言っているのだろう。身の上話をしたからといって、美琴には何の関係もない話だ。
 美琴は黙って話を聞いていた。しばらくしてから、ゆっくりと口を開く。
「邪魔、なんだとしたら……練習するしかないと思う」
 それはもう、どうしようもないほど正しい意見だった。
「それから……アイドルじゃないって思ったら、もうアイドルじゃない。アイドルになれない人とは、私は組めない」
 それもまた、どうしようもないほど正しい意見だ。
 だからにちかも、覚悟を決めるしかない。甘ったれたことを言わない、正しさを受け入れる覚悟を。
「……はい!」
 緋田美琴の隣に立つというのは、つまりそういうことなのだ。
 辛さも不安も、練習によって削り落としていく。最大限のパフォーマンスを軸に据えて、そこに辿り着くために果てなく努力を続ける。
 それが、隣に立つということ。一緒にいるということ。
 その事実を、七草にちかは受け入れる。
 気づけば、豊かな旋律が流れていた。先刻にちかが弾いた時とは比べようもないほど美しく流れるメロディライン。
「いい曲だね、『ホーム・スイート・ホーム』」
 美琴は鍵盤を押さえながら、キレイな歌声を響かせる。にちかもそれに合わせて歌った。2人の間に協和が生まれる。
 未熟ながら、確かに生まれたハーモニー。
 だからきっと、これからもにちかは頑張れる。
 頑張りたいと、そう思った。
 思い出したのは、いつか見たつまんない二人組。中途半端なまま放り出して、昼めしを食べにいったお笑い芸人モドキ。
 今はもう、苛立ちさえもわかない
 ──練習するね、私は。仲良しとか、そういうのいらないから。

エンディング『0 0』

 ──緋田美琴は考える。
 奈落。
 見上げる場所、始める場所。
 ここを上がった時のために、全てがある。
 ──七草にちかは考える。
 奈落。
 ステージの下、客席のざわめきをいちばん感じる場所。
 ここを上がった時のために、全てがある。
 そんなふうに、言ってみたいと。
「……美琴さん……」
「…………うん」
 弾む呼吸、滲む汗。
 上がる舞台に、期待を重ねて。
 鳴り出した音楽に、心音を重ねて。
 一瞬フラッシュライトで白んだ視界が、彩り豊かなペンライトを捉えると同時に。
 ひと時の舞台が、幕を開ける。

 『実力派ユニットシーズ!灼熱の音楽フェスティバルを完全レポート』
 「ひしめく観客の熱量に煽られながらも最高潮の盛り上がりを見せたサマーフェスティバル。数々のパフォーマーが持てる技術の全てを尽くしたライブとなったが、特筆すべきはやはりあのデュオユニットだろう。
 話題の実力派”シーズ”。彼女たちこそ、今回最もアリーナを魅了したユニットに他ならない。華麗なダンスを披露してからの、リフターに合わせた圧巻のアカペラパフォーマンスは、前後との落差も相まって観客の心を一際鷲づかみにした──」

 サマーフェスティバル以降、そんな記事が出回った。伴って、シーズのメディア露出も格段に増える。
 アカペラはにちかのアイディアだった。リフターの上では動けないことを逆手に取った歌のパフォーマンス。二人のハーモニーを活かしたパフォーマンス。
 正直、めちゃくちゃ緊張した。もっともらしい舞台演出までつけて、肝心のアカペラが微妙だったら、むしろ場は冷めてしまう。リスクの高いアイディアなのは間違いない。
 でも、だからこそ、めちゃくちゃ練習した。練習して練習して、危ない橋でも渡れるようにした。
 ──いいステージに、したかったから。
 だから、少しでもいいステージに出来た自分が、にちかは誇らしかった。

 事務所に行く途中、ショッピングモールで見慣れた顔を見つけて声を掛ける。
「……美琴さん?」
「ああ、お疲れ様」
「お疲れ様です!事務所だったら、私も一緒にいいですか……?」
「うん、いいよ」
 了承をもらってから、美琴と並んで歩く。
「……あんまり一緒に事務所に行くことってないですよね」
「そうだっけ?」
「そうですよ。なんていうか、ずっと違う世界の住人って感じがしてて……」
 言いかけて、いつの間にか美琴が立ち止まっているのに気づいた。彼女の視線の先には自動演奏のピアノがある。
「……ピアノですか?よく鳴ってますよね、あそこのやつ」
「うん」
 話しかけても、どこか生返事。どうしたのだろうと訝んでいると、唐突に美琴が話す。
「弾いてみようか……『メンデルスゾーン無言歌集第3巻 Op.38 5.イ短調』」
「……へっ?」
「この曲の名前。これ、誰でも弾いていいんだよね?」
「あぁ……!はい、弾くのは自由みたいですけど……」
 美琴は一度頷くと、ピアノのスイッチを切ってしまった。流れていた曲が止まり、雑踏や賑わいが大きく聞こえる。
 美琴は椅子に腰掛け──そして、演奏を始めた。
「わ……すごい…………!」
 先ほどまでの自動演奏に勝るとも劣らない正確なメロディライン、鍵を叩く指さえ調律されたような旋律。
 どれだけの情熱を抱えれば、これほどまでに冷静なパフォーマンスが出来るのだろう。
「……続き、忘れちゃった」
「す、すごいです、美琴さん……やっぱり、世界が違う……!」
「全然。これを弾ける人、数えきれないほどいるよ」
 照れるでもなく、美琴はそう言い切る。そして言葉を続けた。
「──でも、人の心をつかめるかどうかはわからない」
「…………」
 それは、誰よりもパフォーマンスに向き合い続けてきた美琴だからこそ、重みのある言葉だった。
 どれだけの情熱を抱えれば、冷静なパフォーマンスが出来るのだろう。
 どれだけの情熱を抱えれば、人の心を動かせるのだろう。
 にちかはまだ、スタートラインにすら立てていない。ただ、走り出す覚悟を決めただけ。
 これからが、本番なんだ。
 そんなことを思っていると、聞き慣れたメロディが聞こえた。聞き慣れた、懐かしい旋律。
「────『ホーム・スイート・ホーム』………」
 それは原点──アイドル七草にちかの原点に他ならない。
 ピアノの方を見れば、美琴が笑ってこっちを見ていた。だからにちかも、笑顔を返して隣に腰掛ける。
「ふふっ……よ、と……あははっ」
 ぎこちなく、ピアノの鍵に指を乗せる。そしてお互い呼吸を読み合いながら、ゆっくりとメロディを奏で始めた。
 二人で重ねる『ホーム・スイート・ホーム』。
 穏やかな音色に触れながら、にちかはあの日言われた言葉を思い出す。
「にちかは、幸せになるんだ」
 WINGで優勝した日、今の時間を勝ち取った日、Pさんに言ってもらった言葉。
 ────なれるのかも。
 全部があった頃みたいに

 ……って、思った。その時は、一瞬。

 雑居ビルの立ち並ぶストリートを多くの人が忙しなく行きかう。大通りを過ぎ行く人の足並みは、何かに急かされるようだ。
「……」
 そんななか、緋田美琴は立ち止まっていた。
 一人だけ、立ち止まっていた。

 あるスポンサー企業の人が言った。
「今度あの子頼むよ~!今人気のほら、シーズの!あのちょっと上手くない方の子」
 ある広告マンの人が言った。
「シーズ、七草にちかさんへの出演希望かなり来てましてー」
 ある企画ディレクターの人が言った。
「シーズのにちかちゃん!あの子引っ張りたいの!地味だけど、しゃべらせると結構おもろいのよね」

 緋田美琴は立ち止まっていた。そして思う。
 ──見たことがある。
 かつて、ペアを組んでいた子がいた。その子は今、美琴の隣じゃない場所で、カミサマなんて呼ばれている。
 だから、一人になったから、美琴は283プロの扉を叩いたのだ。
 ──ここでも、結局変わらない。
 美琴ができることも、やるべきことも、やることも、何一つとして変わらない。
 練習。
 ただ、それだけだった。

 奈落。
 ステージの下、客席のざわめきを一番感じる場所。
 ここを上がったら、ひとりになる。
 ──七草にちかは、そう考えるしかなかった。

(終)




シャニマスやれ!!

物語はここでオシマイ。彼女たちのこれからの物語が気になる人は、よろしければ『シャニマス』のゲームの方をダウンロードしてください。

当たり前ですが、ゲーム本編では情報量が段違いです。キャラの表情、声優さんの演技、音楽、スクリプトなど、めっちゃイイ。本当にめっちゃイイから。私のへたっぴな文章なんかより遥かに面白いから。

今ならログインするだけで、全てのイベントシナリオが無料で開放できるアイテムが手に入るし、無料10連ガチャキャンペーンもやってます。これから4周年を迎えることもあって、まさに「始めるならイマ‼」というタイミングなんです、本当に。

だから「ちょっと面白いじゃん」って思ってくれた人は今すぐシャニマスをダウンロードしよう。しろ。

シーズの物語の続きはゲーム内メインシナリオ『感謝祭』のなかで描かれています。そして恐らく来月か再来月にイベントシナリオも更新される……はず。

また『OO-ct. ノー・カラット』の外にも魅力的なシナリオは非常にあります。私は特に『くもりガラスの銀曜日』と『はこぶものたち』が好きです。前者は単純に最も好きな物語のフォーマットだから、そして後者は最も実在性を感じたから。

どっちも面白いからみんな読んでくれー!!

とりあえず、今回はここで終わります。私は自分の解釈をインターネットに放出できて非常に満足している。みんなももっと解釈バトルしよう。

ただし他人の解釈を必要以上に貶すのはNGだぜ。別に私のメンタルが弱いとかそういうことじゃないんだけど、とりあえず相手をけちょんけちょんにしてやろうという精神だけで叩くのはやめてくれ。

じゃあはい、終わりでーす。みんなもシャニマスやろうねー。

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