青木薫

ポピュラーサイエンスを中心に翻訳をしています。西洋古典や日本の古典を読むのがけっこう好…

青木薫

ポピュラーサイエンスを中心に翻訳をしています。西洋古典や日本の古典を読むのがけっこう好きです。ガーデニング、乗馬、茶道、能楽などを、万年初心者&低空飛行モードで楽しんでいます。

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    ノンフィクション書評サイトHONZ(2011−2024)のアーカイブ

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『励起 仁科芳雄と日本の現代物理学』を

みなさんは、仁科芳雄という人物をご存知だろうか? 物理学をある程度学んだ者なら必ず知っているし、物理学でなくても、理系の研究者なら、ほぼ間違いなく知っているだろう。わたしも一応は知っていた。「仁科記念賞」という、原子物理学とその応用に関する栄誉ある賞があるし、教科書には「クライン=仁科の式」というものが載っている。仁科は理研(理化学研究所)の人であることや、サイクロトロンを作ったことや、第二次世界大戦中はいわゆる「ニ号研究」をやっていたこと、そして戦後は学術会議の創設に関わっ

    • 『かがくを料理する』:「サイエンス×工作×料理」のおいしい世界!

      先般、東京出張の折に、はじめてHONZの朝会というものに参加しました。HONZのメンバーが原則(少なくとも今回は)ひとり一冊、今読んでいる本、あるいはこれから読もうと思っている本を持ち寄り、その本に対する期待やおもわく(?w)について語る会です。 で、そのときHONZレビュアーの首藤淳哉さんが、『かがくを料理する』という本を持っていらしたのです。 いえね、「料理の科学」みたいな路線の本なら、わたしもこれまで何冊も読んできたんですよ。でも、「かがくを料理する」ってなんだろ?

      • 『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』を読む:サイエンス&テクノロジーの面で考えさせられる好著

        たまたま知り合いのSNSを通じて、木製の桶に関する本が出ることを知りましたのです。わたしは木材加工の技術史や、微生物による発酵の科学にもちょっと興味があったもので、さっそく読んでみました。結果、最後のほうは思いもよらず感動してうるうるしてしまいました。 とはいえ、最初からそれほど期待していたわけではありません。タイトルだけ見たときには、ぼんやりと二つぐらいの懸念が頭に浮かんだんです。 懸念1 有史以来、無数の技術や道具が時代とともに生まれては消えていったわけですよ。かつて

        • ウォルター・アイザックソン著『コード・ブレーカー』を読む

          ウォルター・アイザックソンが、クリスパー・キャス9のジェニファー・ダウドナを主人公に据えて、『コード・ブレーカー』(原題はThe Code Breaker) という新作を出したと聞いて、わたしは「ん?」と思った。アイザックソンがこれまで評伝の対象としたのは、アインシュタイン、スティーブ・ジョブズ、レオナルド・ダ・ヴィンチなど、誰がどう見ても文句なしに突出した人たちで、そういう「天才」の創造の秘密に迫る、というねらいも納得がいく。 しかし、ダウドナというのはどうなんだろう? 

        『励起 仁科芳雄と日本の現代物理学』を

        • 『かがくを料理する』:「サイエンス×工作×料理」のおいしい世界!

        • 『巨大おけを絶やすな! 日本の食文化を未来へつなぐ』を読む:サイエンス&テクノロジーの面で考えさせられる好著

        • ウォルター・アイザックソン著『コード・ブレーカー』を読む

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          ジューディア・パール『因果推論の科学』を読む:統計を、AIを、そして科学について考える人は、ぜひ一読を!

          英語圏ではすでにして評価の高い、ジューディア・パールの大著『因果推論の科学--「なぜ?」の問いにどう答えるか』(原題はThe Book of Why)が、ついに翻訳刊行された。実は私は原書を読みかけて挫折していたのだが、このたび邦訳が出たのを機に、ついに読み通すことができた。そして、本書を読み通したことで得たものは大きい。 ジューディア・パールは、人工知能への確率論的アプローチの導入と、ベイジアンネットワークの開発により世界的名声を確立し、「人工知能分野の巨人」とも呼ばれる

          ジューディア・パール『因果推論の科学』を読む:統計を、AIを、そして科学について考える人は、ぜひ一読を!

          ジェレミー・デシルヴァ著『直立二足歩行の人類史』を読む:ゴキブリ二足走行の謎と教訓

          「人間を生き残らせた出来の悪い足」という副題と、次の瞬間にはネコ科大型獣の餌食になるという惨劇を予想させる表紙カバーの絵に興味を引かれて、ふと手に取った本でした。序論と第一章では、二足歩行に対するわれわれの思い入れの強さが指摘されていて、ぐっと内容に引き込まれました。ところが54ページまで読み進めたところで、重大な問題にぶつかってしまったのです。そこにはこう書いてありました。 「ちょっと待て!」とわたしは思いました。ゴキブリは短距離ならば飛びもするし、普通でさえ、かなりのス

          ジェレミー・デシルヴァ著『直立二足歩行の人類史』を読む:ゴキブリ二足走行の謎と教訓

          『怪虫ざんまい 昆虫学者は今日も挙動不審』を読む

          タイトルを見ただけで楽しくなっちゃうし(うんうん、そりゃあ昆虫学者は挙動不審にもなるよねw)、装丁に描かれた昆虫たちがまた、妙におかしい!(人間もかなりおかしいけどね!!) 著者のコマツ博士は、信州のとある大学(←と、本文に書いてあるw)で博士号を取得後、いくつかの施設で昆虫研究者として働き、最後は某(上野の)国立科学博物館で研究員(無給)として働いたのち、現在はフリーランスの昆虫学者として、家事育児を担いながら記事や論文を執筆しつつ、昆虫と触れ合うために精力的にフィールド

          『怪虫ざんまい 昆虫学者は今日も挙動不審』を読む

          『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』

          (HONZに公開された訳者あとがきです。) 本書の著者ブライアン・グリーンは、超弦理論と呼ばれるミクロな世界についての理論を、マクロな世界の極致というべき宇宙論に応用する研究や、より一般に宇宙素粒子物理学と呼ばれる分野の研究で、長年第一線に立ってきた物理学者である。しかもグリーンは専門の業績のみならず、一九九九年に刊行されて世界的な大ベストセラーとなった『エレガントな宇宙』(日本語版は二〇〇一年刊行)をはじめ、『宇宙を織りなすもの』『隠れていた宇宙』という著作により、ポピュ

          『時間の終わりまで 物質、生命、心と進化する宇宙』

          『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第4回:「この種」から何を学ぶか

          (四回連載でHONZに掲載されたものです。ぜひ、第一回からお読みください。) 山梨県西湖でクニマスが生きていることがわかった。でも、わーい、よかったよかった、チャンチャン、では話は終わりません。さあ、ここから先、どうすればいいのか。どうしたいのか。あなたならどうする? 少し話を戻しますと、絶滅魚クニマスの発見にからんでDNA解析が大きな役割を果たすだろうということは、わたしでも想像がつきました。実際、DNA解析の威力はすごい! ですが、DNA解析に負けないほどの力を、生態

          『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第4回:「この種」から何を学ぶか

          『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第3回:絶滅魚クニマスの発見に至る道

          (四回連載の第三回目です。) というわけで、田沢湖で生まれたクニマスは絶滅しました。あれれ、ほんとに絶滅しちゃったの? 絶滅した魚が「発見」されるってどういうこと? と思いますよね。 じつは、クニマスは、絶滅前にほかの湖に移植されていたのです。この場合の移植とは、水産上有用な魚を、他の場所に生きたまま放つことです。移植の例としてよく知られているのが、ヒメマスですよね。ヒメマスは現在、東日本のあちこちの湖に移植され、釣りや漁業の対象になっていますが、もともとは阿寒湖と、その

          『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第3回:絶滅魚クニマスの発見に至る道

          『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第2回:クニマス絶滅の背景

          (四回連載の第二回目です。) 田沢湖の起源については、辰子(たっこ)の物語が伝わっています。 むかしむかし、今日でいうところの秋田県仙北市田沢湖岡崎神成沢のあたりに、辰子という、ひなには稀な美少女があったそうな。秋田美人ですな。佐々木希のような顔を思い浮かべればいいでしょうか。辰子は、その美しさを永遠にとどめたいと強く願った結果として、あろうことか、見るも恐ろしい蛇に姿を変え、山津波を起こして田沢湖を生み出し、湖水の底に消えてしまった。娘は二度と戻らないと悟った辰子の母は

          『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第2回:クニマス絶滅の背景

          『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第1回:クニマスという魚

          『絶滅魚クニマスの発見 私たちは「この種」から何を学ぶか』というタイトルを見て、わたしの最初の反応は、「クニマスっていったら、さかなクンだよねっ!」というものでした。そんな軽~い興味関心で手に取った本でしたが、実際に読み始めるとすぐに、もうそんなことはどうでもよくなってしまったのです。 著者である中坊徹次(なかぼうてつじ)京大名誉教授の書きぶりは、なんといっても学問的にきっちりした確かな手つきが心地よいのですが、それだけでなく、行間にあふれる研究への情熱や、人々の暮らしへの

          『絶滅魚クニマスの発見』を読む 第1回:クニマスという魚

          『コード・ガールズ 日独の暗号を解き明かした女性たち』を読む

          わたしはサイモン・シンの『暗号解読』を訳した関係で、暗号まわりのことは多少知っているつもりでした。第二次世界大戦期についていえば、ナチスドイツの暗号であるエニグマはもちろんのこと、解読不能な天然の暗号として使われたナヴァホ語、そしてナヴァホ族の兵士である「ウィンドトーカー」たちのことも。ウィンドトーカーの存在も戦後しばらくは知られていませんでしたが、たしか1980年代には、子ども向けの人形、GIジョーのシリーズにも「ウィンドトーカー人形」が加わって、周知されることになったはず

          『コード・ガールズ 日独の暗号を解き明かした女性たち』を読む

          『アルツハイマー征服』圧倒的な取材力と筆力で読ませるサイエンス・ノンフィクション!

          本書のプロローグは、「青森のりんごの形が良いのは、季節ごとに、こまめに手当てをするからだ」という、青森在住のわたしにとっては、不意を突かれる一文ではじまります。 なぜ、アルツハイマーの本で、青森のりんごなのか? その理由はすぐにわかりました。青森には、家族性アルツハイマーの大きな一族があるというのです。長身で美男美女の多いその一族は、おそらくは結婚相手に困ることはなかったのでしょう、よく繁栄したといいます。しかしどういうわけか、四十代、五十代になると、おかしなことが起こる。

          『アルツハイマー征服』圧倒的な取材力と筆力で読ませるサイエンス・ノンフィクション!

          『サーストン万華鏡』を読む ウィリアム・サーストンの世界

          みなさま、ウィリアム・サーストンという数学者をご存知でしょうか? サーストンはご存知なくても、「100年の難問」と言われたポアンカレ予想と、それを肯定的に解決したロシアの数学者ペレルマンのことは聞いたことがあるかもしれません。実は、ペレルマンが解決したのは、サーストンが1980年に提唱した「幾何化予想」だったのです。ポアンカレ予想は、幾何化予想の小さな一部なので、ペレルマンは結果として(幾何化予想を解決するついでに)、ポアンカレ予想も解決することになったわけです。世間的にはポ

          『サーストン万華鏡』を読む ウィリアム・サーストンの世界

          サミュエル・バトラー『エレホン』を読む 反ダイバーシティと反シンギュラリティの世界

          ■エレホン国はどこにある? このところ、昔の本をいくつか読みました。300年前に書かれたモンテスキューの『ペルシア人の手紙』。100年前に書かれたバージニア・ウルフの『ダロウェイ夫人』。そしてこのたび読んだのが、150年前に書かれたサミュエル・バトラーの『エレホン』です。共通点は、いずれも初訳ではなく新訳だということ。現代の読者のために、われわれに伝わりやすい言葉でよみがえった作品、と言えるかと思います。 この3冊のうち、とりわけバトラーの『エレホン』は、SFのはしりとも

          サミュエル・バトラー『エレホン』を読む 反ダイバーシティと反シンギュラリティの世界