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フルコミトフリコメ~カブキモノ①

二年間限定で専業小説家は、残念ながら新人賞に応募しても一次審査さえ通過することさえ出来なかった。
追い詰められて古物商及びスナック開業を目論んだが、手痛い失敗に終わった。
知人の紹介で不動産会社の給与が発生しないフルコミッション若しくはフルコミと呼ばれる働き方を体験した。
OJTで学びながら、一年計画で宅建を取得しようと甘い考えで当面は収入がなくても大丈夫だろうと飛び込んだ。
 
知人も素人であり、首都圏で一戸建ての販売で急拡大している話題の会社を辞めた若い人に任せっ切りであり、僕も彼に教えて貰うことになった。
出勤するとメールの確認だけ終えると昼過ぎには外出してしまうので、与えられた過去に在籍した会社の資料を中心に勉強した。
一戸建てでなく、賃貸やマンション購入を検討している顧客を翻意させるかの想定問答集であり、急拡大の秘密を垣間見ることが出来たが、情報管理の甘さには驚いた。
それでも賃貸やマンション購入で意志が固い顧客はどうするのだろうか、フローチャートでは見込み客になっていたが、実際にはどうなっているかが気になった。
二週間もすれば、与えられた資料も読み終わったので、実際に同行訪問させて貰うように依頼した。
キャッチやポスティングをしているとのことであり、同行したが結局は別行動になってしまうが、知名度のない不動産会社の広告では見向きもされない。
営業力に定評のあり古巣出身の彼は成果が出るのが不思議だった。
僕のやり方が生温いのだろうか、彼の秘訣を教えてくれないのなら、盗み出そうと思った。
後ろめたい気持ちもあったが、彼の尾行をすることにした。
近所の喫茶店で動画を見たり、音楽を聴いたりしているだけだった。
一週間以上経ったが、相変わらず同じ行動であり、拍子抜けした。
知人も彼に期待していたようであったが、賃貸契約こそあるが、売買契約が皆無だったので、隙間風が吹いていた。
知人は僕に彼を監視することを期待しており、彼は知人と親しい僕を警戒していた。
フルコミなので知人には何の義理もないので、彼から営業を盗み出すことに専念することにした。
 
彼も証券アナリストやCFP保有している僕に対して興味を持っていたようで、利害が一致した。
金融系特に保険関係の知識は彼にとって未知の分野であり、「色々な方面で提携したいので、同行して貰えますか」保険だけではなく、流行りのIFAなど色々な人と面談をした。
知人からも「あの子、日中何してるのか、営業の立場から指導して」懇願されたが「不動産業界は未経験だから」断った。
僕に対しても営業報告を求められたが「フルコミでだから」断ったので、彼に対して僕の指導報告を求めた。
彼は知人に雇用されているので、それを拒むことは出来なかったようだ。
契約時には僕も一緒に同行することになった。
 
勉強になるので、僕としても願ったり叶ったりであったが、事務所ではなく遠方だったので、自腹の交通費は負担だった。
雇用関係にある彼に対しても交通費が支給されていないようで、彼も知人の愚痴を度々訴えるようになった。
賃貸は内見すると概ね数日後には契約に至るが、売買は内見した後は有耶無耶に終わってしまう。
知人の指摘通り彼はクロージングが甘いのか気になっていた。
ある日、彼から「複雑な人間関係で微妙なんですが、同行訪問して下さい」依頼を受けた。
僕にとっては良い経験なので、断る理由はなかった。
 
中国人の女性と男性の二人組を僕が対応することになり、彼は紹介者と一緒に途中合流する。
真面目そうな男性他人行儀で二人が懇意の仲だとは思えなかった。
長期出張中のエンジニアであり、週末上京するので、羽田空港に近いマンションをホテル代わりに購入するらしい。
 
女性の一族郎党を引き連れて彼が現地に合流した。
話の辻褄が合わない。
一族郎党が色々と細かい点を質問するのに対して、契約者である筈の男性は他人事のようだ。
融資条件が甘いと言われている金融機関の条件を並べて、その場で契約書を受け入れることが出来た。
途中で契約書を記載する時、一族郎党の質問によって僕は中座せざるを得ないことが何度かあった。
 
男性の収入等の条件だと断られる水準ではないと思っていたが、翌週は梨の礫だった。
彼に問い質そうと思ったが、関係性を重視して翻意した。
「初めて売買契約に一緒に同行に行ったそうだけど、審査通らなかったんだって」知人から質問された。
「不動産のことは分からないから」それしか言えなかった。
 
「今、フルコミの条件ってどうなっていますか」質問を受けた。
「賃貸、売買に関係なく手数料の半分って言われています」正直に答えた。
「それって、正直言って条件悪いですよ、未経験かもしれませんが、一から開拓するんだから八割は貰えますよ」淀みなく続ける。
「大手だったら、会社紹介もあるけれど、自分の人脈を利用するのだから」彼は知人の会社を辞めるように言う。
実際に教えて貰っているのは彼であり、知人の会社に残って仕方がないので、彼の提案に従うことにした。
 
彼から紹介された会社を訪問するとこれまた彼に紹介された女性と一緒に不動産の知識を習得する流れとなった。
彼の言った通り売買だけでなく、賃貸も手数料の八割だった。
「基本的に経験者しか受け入れないんだけれど彼の紹介だから」恩着せがましい言い方は気になったが我慢した。
短気な性格で随分と損をしたからだ。
 
フルコミの厳しさは覚悟していたが、少し違和感が残った。
 
彼に紹介された女性と行動することになったが、彼女は営業経験もなく半年前に従兄である社長のお世話になったそうだ。
彼女は話が上手で楽しい人だったが、社会人経験がなく事務的なことは苦手だった。
また、思ったことを口にするので、驚くことが多々あり、個人情報という概念がなかった。
彼女の口から恐ろしいことを聞いた。
「彼の所属していた会社は一戸建てに特化しているので、それ以外の顧客はフルコミに回して、キックバックを受けている」思い当たる節があった。
喫茶店で彼が不動産情報を見ながら談笑していたこともあり、会社を訪ねて来た後、二人で外出することもあった。
「手数料は折半で良いから、交通費プラス一日5千円だけ補償して頂戴」
話を聞くと彼女は従兄から半年間は給与を貰っていたが、今月からフルコミ扱いになっていた。
 
彼は知人から給与を貰いながら、売買は他社でキックバックを受けていた。
彼の所属する会社は個人情報管理が皆無であり、見込み客と称して他社でキックバックを受けていた。
これらから類推すれば、僕の人脈は喰い尽くされることになるだろう。
嘗て外資系がヘッドハンティングで重要情報を盗み出したように、不動産業界は利益相反も当たり前であり、執拗な勧誘を受ける。
個人情報の漏洩が特殊詐欺の温床となっていることを鑑みれば選択肢は一つしかなかった。
 
僕は彼に会って、不動産業界から撤退することを告げた。

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