無理ゲーを言っちゃう牧師と、文書で無理ゲーやってしまうカトリック

 福音派のカルバリーチャペル西東京の山東牧師は、2015年に渋谷区で同性パートナーシップ条例案が提出されたニュースについて、『【反対します!】同性婚の容認に弾みをつける条例に反対します。結婚は神が定めた制度で男女のみ。』(https://twitter.com/Santou/status/566019654477299712)とツイートしている。そして、2018年に、『LGBDの受け入れについて。私は福音派の牧師ですが、性指向についてとやかく言っているのではありません。当然受け入れ愛します。私達が言ってるのは「不品行」についてです。結婚前の男女が性的な関係を持ったり、不倫などの「不品行」まで、聖書は「ま、いいんじゃない?」とは言ってないよね。』(https://twitter.com/Santou/status/1051648901445382144)とツイート。同性婚にも反対し、それでいながらLGBTを受け入れると言いつつ、婚外性交を問題にする言い分になっており、同性愛者はその牧師の言う通りにすると無理ゲーをさせられることになる。

 カトリックについて言えば、2014年の世界代表司教会議(シノドス)第3回臨時総会最終報告における同性愛の傾向を持つ人々への司牧的配慮において、『家族の中に同性愛的傾向を持つ人がいる家庭も存在する。このような状況に対して、どういった司牧的配慮が適切であるかが問われた。教会は次のように教えている。「同性愛的結合と、結婚や家庭についての神の計画とを同一視する、あるいはその間に――どんなにわずかなでも――類似を見いだすための根拠はまったく存在しません。」しかしながら、同性愛の傾向を持つ男女は、敬意と繊細さとを持って迎えられなければならない。「これらの人々については、いかなる不当な差別も避けなければなりません」(教理省『同性間結合の法的認知の計画についての考察』4)』(https://www.cbcj.catholic.jp/2014/10/18/6831/)とあり、神の計画が同性愛を排斥する結果となっているのに、敬意と繊細さとを持って迎えられなければならないとなっており、これまた無理ゲーである。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?