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【禍話リライト14】首の命日

A子さんはいたって平凡な高校生だったが、お兄さんとお姉さんは昔からとても優秀な人だった。
勉強もスポーツも習い事も、何をさせても上手くできた。
ただ、性格にだけは恵まれなかったらしい。
自分たちに比べて何事も平均点なA子さんを、いつもハッキリと口に出して嘲っていたという。

どうしてか悪いことに、親ふたりも何かにつけては兄や姉と比べて馬鹿にするので、幼いときからコンプレックスを抱いて育った。だが高校生にもなると「なんだこの人たちは」と気がつくようになる。
大学を卒業して仕事に就いたら絶対に絶対に縁を切ろう。A子さんは決意していた。
しかし結果的に、その必要はなかったという。


***

お兄さんが大学院の卒業を控えていたころだった。
就職も大手に決まっていて悠々と暮らしていた彼は、仲間に誘われて心霊スポットの探検に行くことになったそうだ。

A子さんの住む街は海に面していて、その入り江に洞窟がある。波が長い年月をかけてゆっくりと断崖を削り、穴が開いてできたものだ。
この洞窟には潮の関係で、昔から海難者や自殺者の遺体が流れ着いた。死骸には魚が集まる。漁師たちはそれを大漁の兆しだと信じ、「えびす様」と呼んで丁重に葬った。
洞窟はその信仰の場となっていて、花の供えられた祭壇があり、周囲には供養のための石が積まれている。
お兄さんはその石を蹴倒したのだという。彼は心霊番組がやっていても鼻で笑って「論破」する否定派だったが、このとき蹴ってしまったのは誓って故意ではなかった。しかし「ちょっと、さすがにヤバイよ」と焦る仲間を意に介さず、「こんなところに積んでるほうが悪いだろ」とそのままにして帰宅してしまったそうだ。

それ以来、ガリガリに痩せ始めた。
食事ができない。食べても吐いてしまう。
授業中や、夜中に奇声を上げるようにもなってしまった。
心配する家族にお兄さんは、夢を見るのだと訴えた。

夢の内容とはこうだった。

気がつくと、ムシロの上に正座をさせられている。
目の前には腕を組んだ人物。その両側にも、一人ずつ。顔はみな逆光で見えない。
中央の人物がとても怒っているのが分かる。ここに刀があれば斬り捨てられている、と思われるほどの怒気だ。
右側の人物が口を開く。古い言葉なのでわかりにくいが、「この方がお怒りになっているので、許して欲しければ運び続けろ」ということを言っているようだった。

(運ぶ?)と訝しめば、目の前にスイカ大のものが二つ置かれている。マネキンの首だ。顔は向こうを向いていて伺えない。視線を上げてあたりを見ると、五十段ほどの階段があった。あの上の敷地までこの首を持っていけ、それを繰り返せ、ということらしい。
自分は白い着物を着ており、裸足である。仕方なく髪を掴んでマネキンの首を持ち上げると、なぜかぐちゃぐちゃに濡れている。海に近い感じはしないのだが、これは海水なのだとなぜか知っていた。

「行けい!」

両側の人物に急き立てられて、首を運ぶ。階段を十段ほど昇ると、持っているマネキンの頭髪が急にぞろぞろぞろと抜けてしまった。手には黒髪だけが残り、頭がぼん、ぼん、ぼんと階段を転がり落ちていく。
そこで初めて、ああこれはマネキンじゃない、生首だ、と悟る。
振り返ると転がった生首がうまいぐあいに止まって、二つとも自分に顔を向けていた。
それは父と母の顔だった──。

これだけならまだ、嫌な夢で済ませられるかもしれない。
しかし夢は現実に侵食してきた。
大学で講義を聞いていて、机の中のものを取ろうとして手を差し入れる。するとあの、海水でぐちゃぐちゃに濡れた髪を掴む感触がするのだという。
ポケットの中のものを取ろうとして手を突っ込んでもそうなる。
家で手を洗っていると‪、水が突然なまぐさい海水になった。

夜になれば毎回あの夢で魘された。腕を組んでいる中央の人物は、どんどん怒りを強めているようだ。怒気もあらわにぐらぐらと揺れ、両脇の者が「お許しください」と乞うほどだった。

不思議なことに、もう五十回は同じ夢を見ているのだが、最初はやはり「マネキンの首」だと思うらしい。首を持って階段を昇り始め、途中で髪がぞろぞろと抜けて転がり、ああ、お父さんとお母さんだ、というところで目が覚める──。それがずっと続くものだから、すっかり憔悴してしまった。


どうしたものか。
家族会議が開かれているのだがA子さんはこんな時も除け者で、輪に入れてもらえなかった。とは言え気にはなるので廊下で聞いていると、お姉さんが名案を思いついたというように、明るい声を出した。
「そういえば私、知り合いに霊能者の人がいるんだよね!」
兄だけでなく親も姉もオカルトには冷笑的だったので、彼女がそんなことを言い出したのには驚いた。
さらには他の三人も、良かった、その人に相談してみようよ、などと乗り気だ。藁をもすがる思いということだろうか。とんとん拍子で、その霊能者に来てもらうことに決まってしまった。

(なんだか漫画みたいな展開になったなあ……)

約束の日。
やって来たのは「いかにも霊能者」という人だった。巫女さんのような格好をして、長い黒髪を後ろで束ねている。目立つことこの上ない。A子さんは、やっぱり(漫画か?)と思った。
客間に面した廊下でそっと耳をそばだてていると、漫画のような霊能者はやっぱり漫画のようなことを言う。

「その洞窟で石を蹴ったことが、土地の霊を怒らせたのでしょう…」

あまり人を悪く思わないA子さんなのだが、さすがに(誰でも思い付きそうなこと言ってるなあ……)と感じてしまった。だというのに親ふたりも兄姉も、「なるほど」「そうなんですね……」などとすっかり信じてしまっている。
それまで全く信じていなかったせいか、免疫がないのかもしれない。もともと知り合いである姉など「そうでしょう〜?私もそう思ってたんですよぉ」といっそう親しげだ。

(絶対違うと思うけどなあ…)

首をひねるA子さんを尻目に話がまとまり、今からその洞窟へみんなで行きましょうということになった。

「アンタは留守番しててね」

ここでも彼女は一人残される。

(はぁ!?私は死んでもいいってか!)

さすがに腹が立った。心霊現象には詳しくないが、家族のうち一人は犠牲になる、みたいなパターンかもしれないじゃないか!頭に血が上った勢いで奮起し、学校の友だちに電話をした。

「ねえ、今からウチ来て遊ばない?」
『え、アンタの家騒ぐと怒られるんじゃなかった?』
「いいんだよ、今日はみんな出かけちゃって誰もいないんだから!」

ほどなくして友だちが二人やって来た。
「おじゃましまーす」
「うわ、ほんと豪邸じゃん」
初めて家に招いた友だちとの挨拶もそこそこに、ダイニングを会場とする。宴を始めるのだ!

テーブルの真ん中にホットプレートをドンと置いた。もらいものの高級ハムやら冷凍の和牛やらを、どんどんどんどん焼いていく。いつも親が贔屓して、先に兄や姉にあげてしまうものだ。
(なんだ、あんなやつら!)
怒りに任せてどんどん焼いてはどんどん友達にあげた。戸棚にある来客用のカステラや、お中元でもらった果汁100パーセントの缶ジュースなんかも振る舞った。もちろん、ふだんはしまってある上等な食器類を使ってやった。

「おいしいけど……こんなに食べちゃって大丈夫なの?」
いつにないA子さんの剣幕に友人たちが戸惑っている。

「いいんだよ、どうせ私は蚊帳の外なんだから!」
A子さんは今日家族が留守にしているわけをかいつまんで話す。友人たちはジュースを飲みながらふんふんと聞き始めたが、途中から顔が引きつってきた。

「そう……そうなんだよ。今まであんまり話してなかったけどさ、私って家族にひどい扱い受けてるんだよ。あいつら、最低だよね?」
「いやゴメン、そこじゃなくて」
「えっ?」
いや、そこは友だちとして同情してよ。
「うん、あのさ。……**の洞窟に行ったの?……今日?」
おそるおそる、といった雰囲気で確認してくる。

「うん…霊能者みたいな人に聞いたらね、今日がいいって…」
A子さんたち一家はここへ移住してきたのだが、友だちは二人とも地元っ子だ。詳しいのかと思い、「有名なとこなの?」と尋ねてみるが、暗い顔をして答えない。答えないが、高級なオレンジジュースとパイナップルジュースはちゃっかり飲み続けている。美しいカットグラスからストローで啜る音だけがずずっ、と食卓に響いた。

「え、ちょっと。何なの?ウチの家族、全員行っちゃったんだけど…」
A子さんが催促しても、言って良いものか悪いものか、といった風に唸っている。
「うーん……。あのね、ここ出身の人以外にあんまり詳しいこと言っちゃうと危ないらしいから…」
ね……とお互いに顔を見合わせる。
嫌いな家族とはいえ、危ない目に遭えとまでは思い切れていない。焦れて「ヒント!ヒントだけでも!」と頼む。

「ヒントかあ…ヒント……うーん」
しばらく唸ったあと、一人がまたジュースをひとくち啜ろうとして、やめて、ぽつんと言った。

「……今日さ、命日なんだよね」

命日。
舌の上で反芻した。それが頭へ到達して、すうっと冷たくなる。

「えっ…?霊能者が占ったら今日がいいって言うから、今日行ったんだけど?」
なぜか霊能者の肩を持って訴えたが、二人とも気まずそうに唸るだけだ。

「むしろ、今日は絶対に行っちゃいけない日っていうか…」
「うん……もう一回言うけど、これしか言えないけど……今日、命日なんだよ」
「め、命日…?」
「命日」

結局、それ以上はどう訊いても教えてくれなかった。地元以外の人間はこれ以上知るだけで良くないのだという。家族は22時に帰ると言っていたので、友達は帰すことにする。心細いが仕方ない。

急いでゴミを片付けて食器を洗い、残っていたジュースで一息ついた。
静まり返ったダイニングに時計の音が響いている。
22時を回った。しかし帰ってこない。
お風呂に入って、気を紛らわせるためにバラエティ番組を見た。
0時になった。帰ってこない。連絡もない。

一人きりの家は妙に広く、明かりをつけていてもあちこちに影がわだかまっている気がする。
(よくわからないけど、除霊の儀式が白熱してるのかな)
あの、漫画みたいな霊能者が神通力やお札を使って、悪霊と壮大な対決をしている様子を思い浮かべてみた。

ソファに寝転がってケータイをいじっているうちに、とうとう2時になった。さすがに眠くなってくる。心細くて二階の自分の部屋に行く気が起きず、このままソファで寝てしまうことにした。
家族が帰ってきたときに怒られるだろうが、怒られたら、無事に帰ってきたということだ。

だんだん眠りに落ちていく頭のなかに、「命日なんだよね」という友だちの言葉が、何度も何度も響いていた。

電話が鳴っている。
夢うつつに聞いていたが、現実の音だ、と気付いて飛び起きた。
昨夜眠ったソファのままだった。
時計を見ると朝の7時だ。部屋には誰もいない。
市内らしき番号を認めながらあわてて出ると、固い声がした。

「◯◯さんの家のかたですか」

警察だった。
「え?あの、私はこの家の次女ですけど…」
予想もしていなかった相手に一気に目が覚める。
年齢を訊かれたので答えると、親戚が近くに住んでいるなら一緒に来てほしいという。

「隣町に、叔母さん……母の妹が住んでますけど」
叔母さんは母と違って、ひどいことを言わないまともな人だ。
「あの……母たちに何かあったんですか?」
「署でお話ししますね」

何かあったんだ。寝不足の頭に血が昇って、心臓がドクドクと音を立て始めた。

頼る気持ちで叔母さんに電話すると、『私も連絡しようと思ってたんだよ』
と言う。
『昨日、夜中の1時くらいかな。なんかめちゃくちゃパニくった電話があって。すぐ切れちゃったから掛け直したんだけど、今度はジャバジャバって水音みたいなのが聞こえるだけで…。また何回か掛けてたらたまに出るんだけど、受け答えが変だからもう直接家に行こうと思ってたんだよね』

迎えに来てくれた叔母さんの車に乗って警察へ向かった。窓の外を街の景色が流れていく。そのあいだ、頭の中ではまた「命日だから」「そこに行くのは」という友達の言葉が響いていた。

警察署の受付で電話をもらった旨を告げると、近くで仕事をしていた警察官が数人、ちらりとこちらを見た。担当者を呼んでくれた受付の人も妙に事務的で、腫れ物に触るような扱いだ。

(私が行ったわけじゃないんだけどな……)

背広を着た年配の警察官に部屋へと通された。
「今朝、ご家族を保護したんですが……」
パトロール中の警察官が発見したのだという。
まず尋常でない唸り声や叫び声が数人分聞こえた。喧嘩か、もしや薬物中毒者か、そう警戒しながら近づいてみると、狂乱状態の4人がいた。自ら怪我をするのも構わない力任せで掴み合い殴り合って、毛を引き抜き、お互いに殺そうとしていたのだという。服は血にまみれ、ボロボロで裸同然だったそうだ。

(えっ…?)

「あなたは会わない方がいいから」
警察官に言われ、叔母さんだけが家族の収容されている施設へと連れて行かれた。警察署で待っていると、戻って来た叔母さんはボロボロと泣いている。

「叔母さん、お母さんたちは大丈夫なの…?」
「大丈夫だよ、生きてるよ。でもあなたは会わない方がいいよ…」
叔母さんは、「もうお母さんはお母さんじゃなかった」と言った。お父さんもお父さんじゃない。お兄ちゃんもだめだ。お姉ちゃんもだめだ。もうああなったらだめだ。顔もあんな…
最早A子さんを気遣う余裕もなく、いつまでも悔やみながら泣いている。
泣きながらも、家族がどういう状態だったのかは決して教えてくれなかった。

あの霊能者は死んだ。
警察官が駆け付けた際には既にいなかったのだが、数日して洞窟に遺体が流れ着いたのだ。A子さんの家族が殺し合っているときに、自ら海に入っていったようだ。足跡からそのようなことが分かり、警察としては自殺と判断するしかなかった。

A子さんの家族に関しても、酒やドラッグは検出されなかったため、書類上は「ストレスがあったのかもしれない」という当たり障りのない結論で処理された。もちろん、地元の人間は警察官含め、誰も信じてはいなかったが。

その後、彼女は叔母さんの家に引き取られた。兄や姉と比べられることもなく、平凡に、幸せに成長した。今は成人していて、家族の残した財産で株なんかをやっている。誰に咎められることもなく、好きなものを買ったり食べたりして暮らしているそうだ。

家族はずっと施設にいる。
事件から数年が経ち、自分も大人になったし一度会いに、と考えたのだが叔母さんから強く止められた。
だから、高校生まで自分をいじめた親と兄や姉に会ったのは、あの命日が最後だった。


【おわり】


※画像はイメージです。



◆こちらは「ツイキャス」にて配信されている怖い話「禍話」を書き起こし、編集、再構成したものです。
震!禍話 二十五夜より(1:32:00ごろから)
当方は配信者のかたとは関係のない、いちファンです。「禍話」さんのTwitter

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半ライス大盛り少なめ(仮)(このお話のタイトルをお借りしています)

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