【禍話リライト13】因果の通り魔
「よく通り魔って言うじゃないですか。『魔が通る』って。
急に往来で人を刺すようなやつが出たときに、通り魔って言い方をしますよね。通り悪魔とか、悪い風が吹いたとか。
つまり、そんなのは人間がやれることじゃない。
その時その場所に変な風が吹いて、それに当たった人がそういうことをしたんだ、って考え方だと思うんですが。
…そういうのって、やっぱあんのかなって」
***
会社の飲み会があった。
仲のいい社員で家に集まってワイワイする、気楽な飲み会である。
宴は大いに盛り上がり、日をまたぐ前に酒が尽きてきた。
そこでTさんという人がコンビニに買い出しに出かけたのだが、なにやら得意げに帰ってきたのだ。
「なんだ、何かいいことあったか!」
数人が囃し立てると、意外な答えが返された。
「いや〜、オレ説教してやったよ」
さっき行ったコンビニで店員にぞんざいな態度を取られたので、説教をしたというのだ。
まわりはうわっと思った。
「えっ……相手、どんな奴だったの?」
「や、学生だって」
「学生?こんな時間に働いてる学生さんにそんな、説教までしなくていいじゃん」
「いやいや、なってないからね、叱ってやったよ。3分から5分くらいな、しっかり叱ってやったよ。シュンとしてたよ。申し訳ございませんでしたって言ってたよ、ざまあみろだよ」
みんなはいよいよ引いた。
確かにぞんざいな態度を取られれば悲しいし怒りもするが、そこから何分も怒鳴り散らすのは、なんだかまた違う問題な気がする。
それ良くないよ、と同僚が口々に諌めるなか、ひとり黙ってTさんを見ている者がいた。
(えらく座った目で見てるなあ……)
今夜の場を提供している幹事が気付いて眺めていると、その同僚は静かに口を開いて、低い声で言った。
「おまえ前からそういうところあるけどさあ……”江戸の敵を長崎で討つ"みたいなこと良くないよ」
いつもは穏やかな人物が急に言ったので、虚を突かれ、みんな一瞬口を噤んだ。彼は淡々とした調子で続ける。
「……おまえ今日さ仕事でさあ……部長からすごい怒られて、それおまえのせいじゃない。ねえ。
おまえそれを反省しなくてさあ。鬱憤がたまってさあ。それをなんか、誰かで解消したいと思って?たまたま会った知らんやつでストレス解消っていうのは俺どうかと思うな。人としてどうかと思う。態度が悪かったのか何なのか知らないけどさあ。結局、ちょうどいいはけ口を求めてたんだろ」
ふだん怒らない彼の静かな剣幕に、みんな反応ができない。
気に食わないのはTさんである。
「なんだよ……そういう言い方すんなよ」
Tさんが拗ね、楽しかった飲み会が一気に最悪の空気になってしまった。
「……いやいや、まあまあまあまあ、まあまあまあまあ!! そういうこともさ、人生そういうこともあるわな!な!」
「そうそう! もういいじゃん、とりあえず飲も飲も!」
「な!」
周囲は明るくとりなしたが、彼の怒りはまだ収まらない。
「いや俺おまえのそういうとこ、前から良くないと思ってたんだよな。だいたいさ、部長に怒られた話もそうだよ……」
激昂するわけでもなく、静かに、しかし執拗に追い詰めていく。
ふだん怒らない人間が怒ってしまうと宥め方が分からない。おかげでTさんはどんどん劣勢になっていった。
「──もういいわ。俺帰るわ」
ふてくされたTさんがついに立ち上がった。
空気が最悪だったので、周囲は正直、ほっとしてしまう。
「そ、そうか! 下まで送るわ」
幹事と連れ立って部屋を出ていくTさんの背中に、怒っている同僚の声がなお追いすがる。
「おまえそれだよ、そういうとこだよ、すぐ逃げるよね。家帰って飲み直したってさ、酒はまずいよ──」
うわーめっちゃキレてるなあ、と幹事が思っていると、Tさんが車の鍵を取り出した。
「えっ?おい!おまえなに車で帰ろうとしてんだ。ダメだよ、飲酒運転じゃん」
「あー大丈夫大丈夫、家近いから」
「それよくあるダメなパターンじゃん、法律だって最近厳しいんだから。勧めた俺らも罪になるんだからな」
「わかったわかった」
「車は明日取りに来てくれたらいいよ。近いんだったら尚更歩いて帰れるだろ?絶対だからな」
「わかったって」
念押しして部屋に引き返したのだが、階段を上っている途中でエンジン音が聞こえる。
「えっ!?おい!!」
慌てて取って返したものの、Tさんの車はちょうど、駐車場から走り去るところだった。
「……酔っ払ってんのに車乗って帰っちゃったよ、止めたのにさあ」
部屋に帰ってぼやくと、まだ怒っている彼が吐き捨てる。
「止めたからいいんじゃない?事故ったらあいつの責任だよ」
まあそうだわなあ。
気を取り直し、宴は深夜まで続いた。
*
翌日。
ゆうべの幹事が怠い体を引きずって出勤すると、一緒に飲んだメンバーたちが慌てて駆け寄ってきた。
「大変だよ……あいつ人、撥ねたよ」
「えっ!おい、だから飲酒運転だって言ったのに……」
心配したことがそのまま起きてしまったのか。
「いやそれがさあ、あいつ結構早めに帰っただろ」
「うん…」
「人撥ねたのはさ、今朝の5時か6時くらいなんだよ」
「…え?」
微妙な話で、車に乗ったあの時点ではもちろん酒が入っていた。しかし人を撥ねた時間には抜けていて、酒気帯び運転とされるほどのアルコールは検出されなかったらしい。
「そんな朝にあいつ、何してたの?」
「それがわかんないんだよな……」
しんとした沈黙が落ちた。
*
Tさんの事情はこうだった。
彼はあの晩、同僚から追い詰められて、憤然としたまま車に乗った。
力任せにキーを回し、あの野郎、と思いながらアクセルを踏んだ。
踏んだ時から記憶がない。
ふと気がつくと、家の近所に停車していた。
外は夜が明けてきていて、車の時計は朝の5時すぎを示している。
酒は抜けた感じがした。
(あれっ、今まで何してたんだろう。あれくらいの量で記憶なくなるとか、なかったのになぁ…)
メーターを確認すると、夜中の間に結構な距離を走った形跡がある。
(どこ行ってたんだ?まぁ今からじゃほとんど寝れないけど、とにかく家帰んなきゃな…)
釈然としないまま車を発進させようとしてルームミラーを見る。
すると、青白い顔が映った。後部座席に、昨日叱りつけたコンビニ店員が乗っている。
そいつは憔悴した様子で口を開いた。
「先ほどは、申し訳ございませんでした」
「えっ!」
驚いた勢いで車を発進させてしまった。
とにかく、この異様な状況から逃げ出したかった。
(いや、あいつが乗ってるはずない…!)
そうやって動揺したまま車を走らせ続けたせいだろうか。
信号のない横断歩道に差し掛かったとき、渡っていた人を見落として撥ねてしまった。
慌てて外に飛び出す。
撥ねてしまった人は道路に横たわり、ピクリとも動かない。
駆け寄って、「大丈夫ですか!」と掛けようとした声が、喉で止まった。
あのコンビニの店員だった。
昨夜叱りつけて、さっき後部座席に乗っていて、青白い顔で謝ってきた、あの店員だった。
救命処置も忘れて固まっていると、
「あんた…!」
と怒気を孕んだ声がした。
振り向くと、すごい形相で近づいて来る若者がいる。
私服姿だが、肩くらいの茶髪に見覚えがあった。
今横たわっている彼を昨夜叱り飛ばしたとき、近くにいた店員だ。
「あんた……あんた最悪だよ!」
ふだん怒鳴らない性格なのだろう。顔を青ざめさせ、唇を震わせながら、しどろもどろに言葉を吐き出している。
「確かに昨日、S君は不機嫌そうな対応しちゃったよ!でも、でも、それでバイト終わる時間までつけ狙って!車で撥ねるなんて…」
すると、騒ぎに気付いて周囲の店からも人が出てきた。
「どうしたんですか!?」
「事故!?」
コンビニの制服姿の人も見える。
そのときTさんは初めて気がついたのだが、ここはゆうべ説教したコンビニの目の前なのだ。
駆け寄ってきた店員たちのなかにも「あ!」と気づいた者がいて、
「うわ、こいつ昨日の…!」
「え、あの言ってたやつ!?」
と口々に怒っている。
撥ねられたS君は救急車で運ばれ、Tさんは警察の取り調べを受けた。
呼気からアルコールこそ検出されなかったが、怨みを抱いてわざとやったのではないか、という点を強く追及された。
「確かに腹が立ったけど、違うんです。わざと撥ねたわけじゃ…。ゆうべ飲み会を抜けた時から記憶がなくて…いや、酒のせいじゃないと思うんですけど…」
結局、Tさんは会社をクビになり、今はどうしているか分からないという。
***
「コンビニ夜勤は前からしてるんですけど、そもそもあんなに不機嫌な対応しちゃったの、人生でも初めてだったんです。周りにも『どうしたのさっきは』って言われて…」
この話は、すべて撥ねられたS君から聞いたことである。
あの晩Tさんが店に入ってきた瞬間、彼はなぜか突然、どうしようもなくイライラしたのだという。
Tさんが怒って初めて「あれっ、なんでだろう、すみませんでした」、と我に返った。
「魔が通るなんて言いますけど。ひょっとしたらあの時あのコンビニに、魔の風が通ったんじゃないでしょうか。俺らはそれに当てられちゃって、一番影響を受けたのがTさんで。そうじゃないかと思うんですよね……」
S君は一時、事故の後遺症があった。
しかしそれがすっかり治ったので、こうして話す気になったということだ。
【おわり】
◆こちらは「ツイキャス」にて配信されている怖い話「禍話」を書き起こし、編集したものです。
禍話R 第五夜より(0:43:00ごろから)
当方は配信者のかたとは関係のない、いちファンです。
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