【禍話リライト6】転び坂
「ここで転ぶと○年以内に死ぬ」などと噂される坂がある。
京都のとある坂が有名なので聞いたこともあるだろう。
そういった坂は「転び坂」と呼ばれ、ごくローカルなものまで含め、全国にわりとあるようだ。
その転び坂が、高校生Aくんの地元にも存在した。
彼が住むのは山を削って造成された住宅地で、坂と言っても階段になっている。
急勾配で、両端と中央に金属の手すりがついていて、ちょうど映画『君の名は』に出てくる感じ、と言ったらわかるだろうか。
その階段で転ぶと死ぬ。わけではない。
「よくないことが起きる」というのだ。
たとえば、
「家に帰るとペットのインコが死んでいた」とか。
「いきなり白内障になった」とか。
「家族が職場で三、四針も縫うケガをした」とか……。
正直、転んだこととの因果関係は不明なのだが、そうやって「転び坂」というものは生まれるのかもしれなかった。
Aくん自身は、噂の真偽はともかく「こんな手すりもついてる階段で転ぶやつって大概だな」と正直バカにしていた。
だがある日のこと。
部活後、見たいアニメがあったので走って家に帰っていた。
例の階段にさしかかる。
運動部のようにダダダダダ、と勢いよく昇っていると、なんと当の自分が躓いてしまったのだ。
コンクリートの階段が顔に迫る。
あっ、と思って伸ばした腕が、しかし幸運にも手すりに絡まり、地面に体を打ち付けるようなことはなんとか免れた。
これは、10人が見ていたとしたら5人が「転んだ」と判定し、あとの5人が「セーフ」と言う。
そんな状況だ。
不意のことにAくんの心臓はバクバクと音を立てている。
そして落ち着くにつれ、だんだんと恥ずかしくなってきた。
「こんなところで転ぶやつは大概だ」、そうバカにしていた自分が躓いてしまうなんて。
しかも、躓いて慌てて手すりにしがみつくような、アクロバティックな姿を誰かに見られていたら、恥ずかしいどころの騒ぎではない。
そろりそろり、と首を辺りにめぐらせる。
すると、階段の一番上に誰かが立っているのが見えた。
ワンピースを着た、髪の長い人だ。ほそい腕にほそい脚。夕日に照らされて、こちらをじいっ…と凝視している。
目の前で躓いた人間がいるのだから、「大丈夫ですか!」と声をかけるとか、「うわ!」と声を出すとか、つい噴きだしてしまうとか。
声に出さないまでも、何かしらの表情はすると思うのだが、なぜかまったくの無表情なのである。
無表情のまま、首だけを思いっきりかしげているのだ。
(んん~……?)
という風に。
一瞬ののち、Aくんはアッ、と悟った。
(……判定に困ってるんだ!)
すごい勢いで体を翻し、一目散に階段を駆け降りる。
そのまま違う道を通り、鉄腕ダッシュで家に帰ったという。
***
……結局、Aくんに「よくないこと」は起こらなかった。
転び判定女の結論は「セーフ」だったのだろうか。
Aくんに言わせれば、「回り道をしたのでアニメを見損なった」のがそれだ、というのだが。
関東地方の、とある新興住宅地での話である。
【おしまい】
◆こちらは「ツイキャス」にて配信されている怖い話「禍話」を書き起こし、編集したものです。
【真・禍話/激闘編 第2夜】より。(46:42ごろから)
当方は配信者のかたとは関係のない、いちファンです。
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