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【禍話リライト11】藁の家

困った先輩というのはいるものだ。

N先輩もそんな一人だった。オラオラ系というのか、とにかくいつもいつも肩肘張っていて、すべてに対してむやみに攻撃的なのだ。
その妙な気負いはオカルトに対しても発揮され、毎年夏になると「幽霊退治だ!」なんて言って、痛ましい交通事故現場やいわくつきのトンネルなんかに突撃していく。
そしてスプレーでデカデカと低俗な落書きをして「退治した」ことにするのだ。そんな悪行をあちこちでやっていた。
「近隣住民にも迷惑だろうし、遺族も嫌なんじゃないですか」
後輩であるAさんが進言しても、「幽霊なんて迷信だ」「俺はそれを打破する!」と息巻いて取り合わない。
正直、鬱陶しいなあ……と思っていた。

その夏もN先輩は迷惑な”幽霊退治”をするらしかった。
なんでも「すごいやばい家」があって、そこへ行くのだと意気込んでいる。

「ちょっとちょっと。家って、不法侵入になるんじゃないですか」
「いいじゃん、住人はいないんだし」

Aさんは内心ため息をついた。そろそろ本気で付き合いを考え直したほうがいいのかもしれない。

「そこ『藁の家』って言われてるらしいんだけど、オレの先輩が絶対行かない方がいいって言うからさ、なーんだ、この人もオバケとか信じてるのかって。オレはそこへ行って先輩を越えてみせる」

──はあ、越えられたらいいですね。
気のない返事を気にしたふうもなく、N先輩は意気揚々と去っていった。

それにしても『藁の家』とは、藁葺き屋根の古民家ということだろうか。まさか、全体が藁でできた家ではないだろうが……。
Aさんの頭の中には、家を吹き飛ばされた子ブタが今しも恐ろしい狼に食べられるさまがコミカルに映し出されていた。しかしすぐに思い直す。
まあ、どうでもいいや。

3日後の夜だった。

『緊急集合!』

N先輩からメールが来た。あいかわらず鬱陶しいノリだ。
しかたなく、後輩3人とつれだって集合場所のファミレスに赴く。
先輩の姿を見つけて席に座ると、なにやらガタガタガタガタと震えていた。よく見るとヒゲも剃っていない。本来、そういう見栄えは気にするタイプなのに。

「ちょっと……どうしたんですか。やつれてません?」
「やべえ、やべえわ。なあお前、藁持ってねえか。お前ら、藁ってどこ行ったら手に入るか知らねえか」
「わ、わらですか…?」

後輩たちは突然出てきた藁の話題に戸惑っている。
Aさんだけは、先輩が行った心霊スポットに関連があるのだろうと見当がついた。しかし「なんで藁がいるんですか」と聞いてみても、説明が支離滅裂で要領を得ない。

「順序立てて話してくださいよ。『藁の家』ってとこに行ったんですよね。まずどういう家なんですか?」
「あ、ああ……なんか継母が子どもいじめてて?いびり殺したみたいな」

──なんてとこに行ったんだアンタは。
全員が微妙な顔をした。

「いじめられて自殺したみたいなんだよな、そこの家の子どもが。首つって自殺したって……」

先輩は視線や手先をせわしなく動かしながら、しどろもどろに語った。
「死んだ時に、なぜかわからないけど『右手に藁を握りしめてた』ってのが伝わってて。
継母は素知らぬ顔で葬式を出したんだけど、49日も経たんうちに高熱出して死んだらしい。熱出て、あっ医者呼ばな、ってなって医者が来たときには死んでたみたいな、そんくらいの急死だったんだって。で大変だ、って布団を動かしたらなんか、藁がぱらぱら出て来たっていう──そういう家なんだよ」

「……いや、めちゃくちゃやばいじゃないですか、なんですかその家」

「めちゃくちゃやばいんだよ。オレは信じてないから行ったけど、なんのインパクトもない、フツーのだだっ広い家だったよ。
でもそれでな、車乗って帰ってきただろ、次の日バイトだったからまたその車で出勤しようとしたんだよ、そしたら運転席にさ、ぱらぱらって藁の切れ端みたいなのがあんだよ」

「……マジですか」

「そうなんだよ。それから体調も悪いしさあ。だからあの家を教えてくれた先輩に、オレあの家行ったんすけど、って相談してみたらその先輩がドン引きしてさ。
お前あの家行ったのかよ、ダメだよ、あそこ行ったやつほとんど行方不明になってんだよ、って。
なんでお前行ったんだよ、行くなって言っただろ!ってすごい怒られて。
なんか先輩の親友も全然そういうの信じてなくて、そこ行って、帰って来てすぐ先輩に会って、なんてことない、全然普通の家だぜ、って言ってたらしいんだけど……そっかー、って一緒にメシ食ってたら、そいつの口から『プフッ』て藁が一本出てきたんだって。
うわーなにこれなにこれ、って言ってるうちに、そいつも高熱が出てすぐ死んじゃったよ、って。だから行くなって言ったのにって」

「えっ……」

「オレは死にたくないからさあ、死にたくないですなんとかしてください、なんとかなんないんですか、ってその先輩に聞いたらさ、

『自分の生活してる部屋の中に藁をしきつめて、そこで寝っ転がってればなんとかなる』

って話を聞いたことがあるらしいんだよ。
それで助かったって人が先輩の友達の知り合いにいるらしくて、でも噂みたいなもんだし、とにかく、先輩の親友が高熱出して死んだってことは確からしくて……」

「えっちょっと、やばいじゃないですか、じゃあとにかく藁を、いや藁って…そもそもなんでしたっけ?」

藁(わら)とは、稲・小麦等、イネ科植物の主に茎を乾燥させた物。稲作や麦作において発生する副産物(https://ja.wikipedia.org/wiki/藁

「ああそうか、そういうもんなのか、なんとか手に入らねえかな……いや入らねえよな、こんな大都会でなあ……」

N先輩が頭をかかえていると、後輩のひとりが戸惑いながら声を上げた。「いや…ありますよ?俺、実家がコメ農家なんで、藁ならいくらでもありますけど。え、いります?捨てるやつですけど」
「いやいるいるいる!お前が後輩にいてよかった、助かったよ」

大げさに感謝するN先輩は、いつもよりだいぶ萎んで見えた。

立派なもので、翌日その後輩は軽トラに藁をたくさん積んで家に届けてくれたという。
N先輩は喜んでメールをしてきた。

『自分が寝てるとこに詰めるといいって言われたから、これで大丈夫かな。今日も微妙に熱っぽいからバイト休んだけど、高熱ってわけじゃないし、この調子ならよさそうだな』
「ああ、よかったですね」
『まあ、ちょっとチクチクするけどなw』
「藁ですからねw」

そんなやりとりをして、一週間が経った。

もともと毎日は会わない間柄だ。
(そういえば先輩、大丈夫だったかな)
ふと思い出して電話をしてみるが出ない。
爆音で音楽を聞いていたり、酔い潰れていたりすると気付かないこともあったので、後輩を誘って家を訪ねてみることにした。

「先輩、せんぱーい」
ピンポンピンポーン、とインターホンを鳴らす。

「あれ?いないのかなあ、せんぱーい!」
後輩たちと顔を見合わせる。

「電話出なくっても、さすがにインターホン鳴らしたら出てくるよなあ?せんぱーい!…あれ、鍵あいてるぜ、」

──先輩はいた。
藁をしきつめたその上で、首を吊って死んでいた。

後から分かったことだが、その時点で死後数日は経っていたそうだ。
しかし宙に浮く先輩の体が目に入ったときは、とにかく降ろさなきゃという焦りで頭がいっぱいになった。協力して先輩の体を降ろして横たえて、初めてちゃんと顔を見て、ああこれはだめだ、死んでる人だ、と悟った。それで救急車ではなく、警察を呼んだ。

西陽の射す部屋で警察を待っている間、先輩の体をふと見ると、ズボンのポケットから紙が覗いている。
取り出して広げてみる。震えた字でこうあった。

『 う ま れ か わ っ て き ま す 』


どういう意味か、と考えるほどの頭はまだ働かない。
後輩たちと床に座り込んでいると、地元署の刑事と巡査が到着した。
ざっと状況を見て自殺だろうね、ということだったのだが、当然「この藁は?」と尋ねられる。

「すみません、笑われると思うんですけど……」

そう前置きして、Aさんは先輩が曰くつきの家に行ってしまい、祟りから逃れるために藁をしきつめていたことをかいつまんで話した。
「熱も出てないっていうから安心してたのに…」

聞いた刑事は半信半疑という顔だ。
「はあ…そんな都市伝説ってほんとにあるんだねえ…。でも、車の藁は気のせいってことも…」

すると年配の巡査が腕を組み、思案げに唸る。
「ああ……でもそれ、██さんとこのお宅じゃねえかな」
「あれ、知ってんの」
「いや……██さんの家のことだとしたら、それは間違って伝わってるんだな」

「えっ、どういうことですか」
Aさんが割って入ると、この地域をよく知るだろう巡査は話しだした。

「確かにその家でね、むかし継子いじめがあったよ。その子は最後、人ひとり寝られるぶんぐらい藁を敷いて、その上で首吊ってたんだよ」
「あれ、先輩が聞いた話では、藁を握りしめてたって言ってましたけど…」「いや、紙きれを胸元に差していてね、『別のお母さんのところで生まれたい』みたいなことが書いてあったよ」
「今の先輩とまったく同じ状況じゃないですか!それに、藁を敷いてたっていうのは何なんですか?」
「ああ、あんたらくらいの人は知らないね。昔はね、藁を敷いてその上で出産してたんだよ。だから藁の上で新しい命が生まれる、って通念があったんだよね。たぶん、その子はそういう意味をこめてたんじゃないかなあ」
「ああ、なるほど……」

しかし、なぜそれが「藁を敷けば死なない」などと全く逆の噂になっているのだろうか。

「わかんないけどねえ…。まあ、人の口を経ると変わってくものだからね」

N先輩の遺体が部屋から運び出されていく。
鬱陶しい人ではあったが、死んでほしいわけではなかった。

数日後、N先輩の葬儀が開かれた。ひどく参列者の少ない式だった。知り合いも少なく居た堪れない思いでいると、Оさんという人が話しかけてきた。
N先輩の先輩であり、『藁の家』について忠告した人だった。

「いや、こんなことになっちゃってね」
「先輩、Oさんにも言ったと思うんですけど、なんか怖いところに行って、帰って来たらあんなことになっちゃって……急で俺らもびっくりしてて……」
「そうだったんだ……」

この人も詳しい状況を知りたいだろうが、葬儀の場で心霊スポットや呪いがどうのと話すのは憚られた。

ささやかな葬儀が終わり、一同で火葬場へ移動する。
死因が死因なので職員も言葉少なに、棺は炉へと飲み込まれていった。
その後は待合室に案内されたのだが、沈鬱な空気に堪えられる気がせずひとり外へ出る。建物の陰に灰皿を見つけた。喪服のポケットから一本取り出し火を点ける。

葬儀には似つかわしくない、残暑の厳しい晴れた日だった。
ジャケットを脱いでいても汗が首を伝う。

しばらくぼんやり吸っていると足音が聞こえた。見やるとOさんだ。軽く手を上げてこちらにやってくると、胸ポケットを探ってタバコを取り出したので火をつけてやった。
「ありがとう。…待合室、居づらくてさ」
「俺もです」
苦笑し合って、それからはお互いに黙って吸った。
風もなく、タバコの煙が細く立ちのぼっている。

何度目か、Oさんが煙を吐き出してからぽつりと呟いた。
「おれさあ……」
前を見たまま聞くともなしに耳を傾ける。
「あいつに、つきあってた彼女寝取られてさあ。ほんとは恨んでたんだよね」
「…へぇ。そうだったんですね」

そう、何の気なしに答えてから、急激に頭が冴えてくるのを感じた。
弛みきっていた心臓が、だんだんと速くなっていく。

おそらく──N先輩が死んだときの詳しい状況は、やはり伝えなくて良かったのだ。そのときのOさんの反応によっては、いま良くない確信に至ってしまっていただろう。
たとえば「藁を敷けば助かる」などと噂が変わったのは、いったい誰の時点だったのか、ということだ。

だからN先輩が燃え尽きるまで、そのまま黙って二人でタバコを吸った。
今のはちょっとした、故人との思い出話だったのだと信じて。

それ以来、Oさんには会っていない。


【おわり】



◆こちらは「ツイキャス」にて配信されている怖い話「禍話」を書き起こし、編集したものです。
禍ちゃんねる 新作物真似もあるよ回 より(2:06:00ごろから)
当方は配信者のかたとは関係のない、いちファンです。
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(画像配布元:禍話 簡易まとめWiki様)

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