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【SS】仔羊と月
星の夜、月の下。
その羊の仔は、たった1匹、夜空を見ながら泣いていました。
通りかかった、優しい春の夜風が問いかけます。
「そんなに泣いて、何か悲しいことでもあったのかい」
羊の仔は答えます。
「ええ、ええ、そうなんです。わたしはとても悲しいことがありました」
「それは大変だ。君はそれが悲しくて泣いているんだね」
「いいえ、いいえ、」
羊の仔は首を振ります。大粒の涙がきらきらと、否定の向きに弾けました。
「その時わたしは、悲しむことができなかったのです」
「わたしはしがない仔羊ですが、これまでにも、悲しいことはたくさんありました。しかしそのどれもを、わたしは悲しむことができなかったのです。いつの間にか慣れてしまったのです。それがあまりにおかしく感じて、自分がひどく冷たいように思えて、それが不憫で、だからわたしは泣いているのです」
「なるほど」
夜風は分かったように頷きます。
「ところであの月が見えますか」
「ええ、見えますとも」
「ではあなたは、あの月はどちらだと思いますか」
「どちら、とは?」
「どんどん太って満月になる三日月と、やせ細って消えていく逆三日月です」
「そりゃあ⋯⋯」
羊の仔は黙りました。見れば分かる、と思いましたが、どうにも自信がありませんでした。
「質問を変えましょう。どちらだったら、あなたは好いと思いますか」
羊の仔は、別にどちらでも構いませんでした。なんだか話をそらされているような気さえしました。
「───月は毎日、その姿を変えます」
「たとえ明日膨らみ、いずれ満月になるとしても、その次にはどうせ萎びて消えていくのです。けれどもわたしは、そんな月が好きですし、美しいとも思います。だからどちらでもいいと思えるのです」
「なるほど」
夜風は頷きます。
「冷たいだなんてとんでもない。あなたはとても暖かい方だと思いますよ」
「そうでしょうか」
「ええ、そう思います」
「満ちても欠けても、月は美しい。あなたの言う通りです」
「それと同じように、何を悲しもうと喜ぼうと、あなたの持つ暖かさも、きっと変わってなどいないのです」
言うだけ言って、夜風はぴゅうと吹き抜けていきました。
羊の仔は、もう一度だけ月を見てから、涙を拭いて、夢を数えに走りだしました。
昨日と同じように。そしてきっと、明日とも同じように。
目を閉じても眠れない誰かのために、羊の仔らはより集まり、今宵も柵を越えるのです。
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