花へ
※本作は「#RTしたVTuberさんの小説を書く」というタグから生まれた非公式二次創作です。
ご本人様と話し合いながら書いたわけではないので、公式とは異なる解釈や描写がある恐れがあります。
あらかじめご了承ください。
「いらっしゃいませ!何かお探しですか?」
その声に振り返ったのは、なんだろうか。
花屋の店員は、一瞬思考が止まるのを感じた。
明るい茶髪に整った顔立ち。ボーイッシュな服装と前髪のヘアピン。
何というか、整ったひとだった。「どっち」だろうとは思ったが、聞くわけにもいかない。
その少年のような、あるいは少女にも見えるひとは、慣れた様子でこう答えた。
「墓参り、ですかね」
なるほど。店員はうなずいて、そのまま選ぶのを手伝ってやった。
いろいろと提案された末に、結局そのひとは自分の好みで選んだ花を買っていった。アルストロメリアというもので、割と定番の花であった。
お礼を言って、かすかな鼻歌と共に去っていく。別に駄目ではないのだが、これから墓参りに行く人の振る舞いとしては少し不思議にも思えた。
さて、ここから少し行くと墓地がある。
いわゆる庭園墓地というやつで、肝試しから連想されるような日本のものとはだいぶ異なった雰囲気だ。レンガの道が規則的に伸びている以外はすべて草原で、同じように整然と並んだ墓には思い思いの花が供えられている。どちらかというと寝かせた石板のような、平べったい形の墓石は黒に近い灰色で統一され、近づいてじっくり見ないと読めないような細かい文字が一つ一つに刻まれていた。
昼下がりの空は、見渡す限り晴れ渡っている。その下を迷いなく進む一つの影は、自分が行くべき場所をよく知っていた。
何度も何度も訪れて、"そこ"に誰もいないことを確認する。
そして、素知らぬ顔で花を手向けるのだ。
何も語らず、ただ己の生と、数奇な運命と向き合うために。
包身カケルは花を供え、微笑んだ。そして、いつもそうしているように、大きく息を吸った。
そこは本当に、誰もいない墓地だった。
歌声だけが、風を起こして花を揺らした。
それは他愛のない日常の歌だった。そしてだからこそ、大切な歌だった。
ここにはもう誰もいない。だからこれは弔いなんかじゃない。
ただ歌いたい、ただ生きていたい、ただ繋がっていたい。
そんな思いを、乾いた喉で、手向けた花へ吐き出しているだけ。
どうかこのまま、ミライまで───
願いを受けた黄色い花は、ただ小さく、頷くように揺れた。
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