見出し画像

【VLIVERコンピノベルプロジェクト】旅人の本懐。【逆木碌の物語】

 天気の悪い日だった。
 今日くらいはそこにいろとばかりに、風と雫が激しく窓を打つ。
 どうせあてのない旅だ、一日二日足を止めるくらいどうと言うこともないだろう。
 というわけで、今日は宿屋に籠り、いい機会なので荷物の整理をすることにした。
 床にどかりと座り、中身をぽいぽいと適当に出す。それをまた、綺麗に整頓しながら戻していく。
 そうして最後に残ったのは、見慣れない細めの金鎖。そしてそれが通された丸いもの。
(これは───)
 なんだろう。パッと見懐中時計のようにも見える。
 きっと旅のさなかに拾うか譲られるかしたんだろうとは思うけど、こう長く旅をしていると、どうにも記憶が曖昧になってしまっていた。
 全体的に金色でぴかぴかしたそれは、たしかに懐中時計によく似た形をしている。でも文字盤や針はない。本来それらがあるはずの部分には、水面のように平らで、蒼くきらきらと光を弾く何かが丸く収まっている。そしてさらにその上に、大小さまざまの大袈裟な歯車が何個もついていた。
 ちょっと握ってみる。少し固いけど、力を入れればなんとか動きそうだ。
 他にいじれそうな部分も見当たらないし、この歯車を回すことができたら用途も分かるだろうか?
「〜〜〜〜!」
 カチッ、と噛み合う音が聞こえた。
 どうやら固まっていただけのようだ。もうあまり力を入れなくてもスムーズに回せる。カチカチと規則正しく鳴る音が心地いい。
 しかし、とくに何も起こらなかった。右回転も左回転もできるみたいだが、本当にそれだけで音が鳴るでも光るでもない。
「⋯⋯おもちゃか」
 期待して損した。
 さて、片付けはひと通り済んだことだし、ちょっと昼寝でもして───

 カチッ

「ん?」
 歯車が、いま、
 ひとりでに⋯⋯?
 視線を戻しても、もう遅かった。
 どこにこんなエネルギーがあったんだとばかりに、突如膨大な輝きを発散したそれは、やがて部屋の壁すら見えなくなるほどに強く、強く、視界を支配していく。
 止めなきゃ。
 反射的にそう思ったが、あまりの眩しさでもう直視できない。諦めて目を閉じる。歯車の音はもう止んでいた。
 数瞬耐える。光が弱まっていくのを感じる。
 やがて代わりに風の音が聞こえて、泥のような臭いを連れてくる。
 この感じ⋯⋯外!?
 ハッと目を開けると、その通りだった。状況が理解できず、宿屋にいたときとまったく同じ体勢でしばし固まる。尻から伝わる地面の硬さ冷たさが、これは夢ではないと言っている。
 自分が移動したというよりは、まるで世界の方が塗り変わってしまったようだった。まぁそんなわけないけど。
 ひょいと身体を起こし、まずは周囲を一通り観察する。
 人気はない。地面も壁も硬く、どこかじめじめしていて、薄暗く、道は狭い。しかし建物はたくさんある。
 間違いなく人が暮らしている場所だ。これが例えば荒野のど真ん中だったりしたら途方に暮れていたところだけど、情報源には困らなそうだ。
 ひとまず人を探そう。
 見知らぬ土地でも、ここには誰も寄り付かないであろうことくらいは分かる。
 もっと明るくて、賑やかなところへ。ギルドや旅人向けの案内所なんかがあったりするとなおありがたい。
 カバンを肩にかけ直し、服を軽く払ってから歩きだす。
 大丈夫、俺は旅人だ。知らない土地には慣れっこじゃないか。いつも通り、冷静に。まずは情報収集だ。


 というわけで、自らの足で歩き回りいくつかの情報を得た。まずここが日本という国の中に位置する街のひとつであること。そして西暦という暦を主に用いていて、それが2018年であること。ここまではいい。
 けどもうひとつ分かったことがある。
 この世界には、自分がつい先ほどまでいたはずの国は存在しなかった。旅の途中に訪れた、他の場所や故郷も、覚えてる限り調べたが、同じ地名はひとつとして見つからなかった。
 笑ってしまう。迷子なんてものではなかった。
 ここは、完全に異世界だ。
 ではどうして異世界なのか?
 決まってる。絶対にあれのせいだ。
 あの怪しい懐中時計とすら呼べないもの。あれはきっと何らかの古い術がこめられた遺物だったのだ。そしてそれが何かも分からず適当にいじったせいで、中身が起動してしまった。
 情けない話だけど、そうならむしろ話は簡単でもある。あれをまた同じように操作すれば、再び帰れると見て間違いはないだろう。
 では早速、とカバンを探る。だがあの小さく冷たい金属の感触はどこにもない。
 あれ?と思って気づく。こちらに来る前はたしか、遺物を握りしめていた。そもそも始めから手の中にないとおかしいはずだったのだ。
 まずい⋯⋯!
 冷静に行動していたつもりだったが、やはりどこかで動揺していたらしい。こんなことにも気がつけないだなんて!
 焦りと共に、早足で元来た道を戻る。最初にいたあそこには落ちてなかっただろうか。
 相変わらず陰気な道に、飛び込むように入る。でもそれらしきものはやはり見当たらない。
 帰れない、という言葉が冷たく背筋を走った。
 立ち尽くしそうになるが、それだと状況はもう変わらない。たとえ希望が薄くとも、結局は動かせるものを動かすしかなかった。
 すがるように、歩いた道をもう一度。注意深く調べながら、道行く人々の様子にも目を配る。
 働く者。学ぶ者。家を守る者。
 皆それぞれにそれぞれの目的があり、前を向いて迷いなく行きすぎていく。
 今はそれが、少しうらやましかった。
 自分はどこにいけばいいのだろうか。
 そんな思いが頭をよぎる。その時、

「〜〜♪」

 これはなんだ。歌?
 ふらふらと音のする方に向かうと、小さな商店街に行き着いた。
 その中のひとつ、シャッターが固く閉ざされたいかにも古そうなお店の前で、一人の青年が歌っている。
 元の世界で言う吟遊詩人のようなものだろうか、数人が同じように足を止めて彼の歌を聴いていた。
 やがて飽きたように去っていく人ばかりでも、自分だけは最後まで聴いていた。衝撃でそこから動けなかった。
 これが、この世界の歌なのか。
「やあ、ありがとう。最後まで聴いてくれて」
 青年はこちらに気づいて笑いかけてくれた。
 チップを渡そうとも思ったが、あいにくと今は手持ちが無い。飾ることなく、こんな歌は初めて聴いた、とても素敵だとだけ告げた。青年は大層喜んで、親切に曲名まで教えてくれた。どうやら自分の作った楽曲ではないそうだ。
「観光に来たのか、それなら君みたいな若い子はあっちの方が楽しいだろう」
 旅をしていると言うと、娯楽施設や流行りの店がたくさんある、若者に人気の通りの場所を教えてくれた。
「いつもここで歌ってるんだ、よかったらまた聴きに来てよ」
「ええ、いつかまた」
 きっとできない約束をして、その場を離れる。
 考えが変わった。この世界のことがもっと知りたくなった。
 いろんな人に話を聞くため、なんて建前で、期待に胸を膨らませながら教えてもらった通りへ向かう。
 忘れていた。これこそが旅の醍醐味。たとえどこにいようとも、自分が旅人であることに変わりはないのだ。

 そこからは、今までに旅の道中でしていたようにその土地を思う存分満喫した。
 いわゆる『流行りのファッション』とやらを訳知り顔で眺めたり、土産物のよく分からない彫刻とにらめっこしてみたり。
 お金を使うようなことはなるべく控えたが、彼らの生活を傍から見ているだけでも、それは新鮮で有意義な時間に思えた。

「もう帰ろう」

 そんな誰かの言葉に、ふと我に返る。
 楽しむ傍らで情報収集も欠かさなかったが、残念ながら成果は上がっていなかった。
 改めて思う。随分と遠いところに来てしまった。急に誰もが遠い存在のように感じられた。
 なんだか、一人になりたくなった。
 自然と足が動きだす。
 もっと静かで、人気のないところへ。
 そうして歩いて歩き続けて、やがて小さな公園にたどり着いた。日はとっくに沈んでいた。
 深く息を吐き、座れそうなところを探す。
 ざあ、と吹いた冷たい風が木々を揺らした。
 いつの間にか高台に来ていたようで、公園の端には柵があった。
 近づいてみると、大小も色もさまざまな灯りたちが、星のように街々を彩っている光景が遠くに見えた。
 まさしく異世界。
 知らなかった。無数のなんでもない営みの灯りが、闇の中にあっても眠らず輝いている。たったそれだけで、夜はこうも美しくなるのか。
 こんなに明日も見えないのに、今この目に映る景色は、どこまでも心を動かした。
 できれば何かに写し取って持ち帰りたかったが、今はそんな手段も技術もない。
 諦めて視線を切り、柵からは少し離れた大きくて四角い石に腰を落ち着ける。尻から伝わる硬さ冷たさが、これが現実だと言っている。
「〜〜♪」
 少しだけ覚えてしまった、あの青年のあの歌を、覚えてるところだけ繰り返し口ずさむ。そうしていると、その間だけは自分もこの世界の一部のように思えた。
 そんなわけないのに。
「⋯⋯⋯⋯」
 歌なんて、ほんの数フレーズしか覚えていない。この公園の名前も、これからどうすればいいのかも、何も分からない。
 それでも空だけはどこも同じに見えたので、しばらくずっと、見上げながら歌っていた。見下ろさなければ、少しだけ旅の途中でいられた。
「おーい」
 明日から、どうしようかな。
 とりあえず今日は野宿かなぁ⋯⋯
「おーい!!」
 しまった、気づくのが遅れた。
 こんなところで、誰かに声をかけられるなんて思いもしなかった。
「君、こんな時間にここで何してるの?おうちは?」
 お堅そうな制服。治安維持系の組織だろう。大きな国なら珍しいことではない。
 子供扱い気味なのは気に食わないが、慣れない土地で権力に噛み付いてもいいことはないだろう。
「旅の者です。故郷は、捨てました」
 彼は一瞬面食らったように見えたが、どうやらますます怪しまれてしまったようで名前や歳などさらにいろいろ聞かれた。ここで通じる身分証を持ってないのが痛かった。
「ずっとこの公園にいるつもりかい?寒いだろう」
「それはそうですが、その、大事なものをなくしてしまって。あれがないと帰れないんです」
 改めて口に出すと余計つらくなった。
 それが顔に出ていたらしく、彼は責めるような口調をやめた。
「とりあえず、ここに一人は危ない。一緒に交番に来てくれないかな?君のなくしたものも、もしかしたら遺失物として届いているかも知れない」
「分かりました」
 たしかにここにいるよりはずっといいだろう。一時とは言え夜風も凌げる。
 道すがら特徴などを聞かれたので、懐中時計のような形をして歯車がごてごてついているというようなことをがんばって伝えた。
 ものの数分で交番とやらに着く。確認すると言うことで少し待たされた。
「これで間違いないかな?」
戻ってきた彼が持っていたのは、まさしく自分が探していたものだった。少しばかり汚れているが問題はなさそうだ。
「はい!これです⋯⋯!」
「さっきちょうど届いたところらしい。運が良かったね」
 あと少し遅かったら、遠いところにある専用の部署に送られるところだったらしい。危なかった。
 本当はただ返すのにもいろいろと手続きが必要らしく、でも何やら訳ありと思われたようで、今回は注意だけ受けてすぐに返してもらえた。
 丁寧にお礼を言って交番を出ると、人目のつかない裏手に移動して、早速歯車を回す。少し待つ。

 カチッ

 来た時と同じように、数瞬のタイムラグの後、歯車がひとりでに動いた。術が起動したのだ。
 その眩しさに再び目を閉じ、光が弱まるのを待って、祈るような思いで開く。
 これでもしまた別の異世界だったりしたらどうしよう、なんて少し思いながら。
「───!」
 だがそんな心配はなかった。自分が足をつけていたのは、朝までいたあの宿屋のあの部屋だった。
「よ、よかった⋯⋯」
 へなへなとベッドに腰を下ろす。
 そのまま仰向けに倒れ込み、なんとなくそれを持ち上げて部屋の照明にかざしてみた。
 水面のように平らな面が、蒼くきらきらと光を弾く。長細い、金の鎖がしゃらりと垂れる。
 まったくひどい目にあった。今だって足が痛いし身体が重い。すぐにでも寝てしまいたい。
 でもそこに今日の思い出を映すようにじっと眺めていると。
 また行こうかな、なんて、笑みがそっと漏れるのだった。

画像1


VLIVERコンピノベルプロジェクト・第二弾掲載作品


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?