消明者は嘘を吐く/1日目

1日目:希士は刃を晒す

『じゃあまずはえっとー、カードを配りますね』
 暖炉に火を入れて、この無駄に広い洋室も暖かくなってきた頃、全員の準備が整った。
 一応命のかかったゲームではあるのだが、いまいち自覚がないようで、まだそういった緊張感のある者は少ない。
 不思議と弛緩した雰囲気の中、役職の書かれたカードがGMの手によってランダムに配られた。
『それではー、他の人に見えないように、自分の役職を確認してくださーい』
 手の中でそっとカードを確認する一同。
 さすがにここで顔に出す者はいないようで、みな一様に「なるほどー」みたいな読めない表情をしていた。
 そんな中。
(えっ、これ?)
 ギリギリ顔には出さずにおいたものの、これはなかなかに驚くべき役職であった。
 普段はバーチャル普通の人として活動している自分が、星海カノが、他のいろいろとインパクトが強い方々を差し置いて、この役職?
 まぁランダムだし仕方ないか。
 なんであれ、盛り上がるゲームをしないと全員が無事に帰ることはできない。そのためにも、とにかく自分にできることをしよう。
『確認しましたね?じゃあ次はえっと、みんなテーブルに突っ伏して、あと耳も塞いでください』
 初日夜の確認だ。みんな大人しく従った。
『えー、デリーターは、誰が同じデリーターなのかを認識することができます』
『デリーターの方は、そっと顔を上げて、自分の味方が誰なのか確認してください』
『⋯⋯⋯⋯はい』
『ルール上、初日の占いはありません』
『それでは今から、20分の昼時間になります。全員顔を上げて、話し合いを開始してください』
 壁にかかった大きく丸い針時計は、よく見ると短針がなかった。今気づいた。この時点では4を指しているから、おおよそあれが8になるまでの時間で話し合いということになる。
 そして今GMが言ったように、今回は初日占いなしのルール。
 つまり占い師も誰も、この最初の昼に確たる情報を出すことはできない。
 さて、人狼とほぼ同じなら定石はある程度決まってくるけど⋯⋯
メ「とりあえず村人吊って様子見します?」
 そう、たしかにそうなりやすい。
 初日は情報がとにかくない。
 そこで占いや霊能が初めて力を発揮する夜を待つために、今回の処刑は自称村人でやり過ごすというありがちな手だ。
ロ「ま、それでもいいけどー」
メ「おや?何か言いたげですねロリコンさん」
 ちなみに罵倒ではない。本当にそういう名前らしい。
ロ「いや別に。ただねぇ、それって『素晴らしいゲーム』なのかなって」
 たしかに⋯⋯
星「そうですね」
 同意を示しておく。
星「この研究者Nって人は、趣味が悪いです」
星「わざわざこうして人を閉じ込めて、デスゲーム紛いのことをさせるんです。この人はもっとこう、ドロドロしたものが見たいんじゃないですか?」
 ただ定石をなぞるだけの、娯楽としてのゲーム。
 その程度のものを求めるなら、こんなことはしない。
 あの仮死状態の『見本』だってそうだ。彼(彼女かも知れないけど)は、より現実に沿った、リアリティのある状況を求めている。
デ「たとえ仮死状態であっても、説明書には一定期間放置すると死に至ると書かれていた」
デ「もし研究者が満足しなければ、恐らく仮死状態のままゲームは終了するだろうな」
ト「⋯⋯クソッ」
 つまり、場合によっては本当に死んだり、殺したりするような気持ちになる必要があるということだ。
デ「もう一度聞こう。それを踏まえた上で、皆が素晴らしいゲームをして最後に自分を解放してくれると信じて、初日に命を捧げる者はいるのか?」
 全員が黙った。当たり前だった。
メ「⋯⋯いいでしょう」 
 ユイさんの声は少し震えていた。
メ「私たちは、形は違っても、みんな表現者です」
メ「画面の向こうに、それを求める人がいると言うなら、やってやろうじゃないですか!」
蛇「ああ、そうじゃの」
あ「わちきもさんせーい」
ロ「じゃ、仕切り直しといきますか」
神「ちゃんと初日から話し合って、怪しいと感じた人をみんなで吊りましょ」
ト「おう!そうだな!ちなみにあんたらは、誰が怪しいとかあんのか?」
神「そうですね、第一印象で言うなら⋯⋯」
 全員のさまよっていた視線が、ゆっくりと一点に収束していく。その先にいるのは、どこかの推理漫画の真犯人のような、真っ黒の全身タイツだった。
ト「ってオレかよ!?」
デ「うん知ってた」
ト「いや庇えよデミス!!」
あ「んじゃ初日はトマニトラさんということで」
ト「まてまてまてまて」
ト「オレが言うのも何だけどさ、もうちょい考えようぜ?なぁ?」
デ「トマ吊りたい人ー」
ト「デミスてめえ!!」
 予想外の流れではあるけど、ここは乗っかっておいた方がよさそうだ。
 他にも何人か手挙げてるし⋯⋯
メ「ほほう、3人も」
神「僕と蛇艸さんと星海カノさんですね」
デ「決まりだな」
ト「お、おい⋯⋯」

デ「今日吊るのは、その3人の誰かだ」

蛇/星/神「えっ?」
ロ「⋯⋯なぁるほどぉ」
ロ「貴方はこう言いたいんだよね?デミス・クラインさん」
 にぃ、と笑ったロリコンが告げる。
ロ「このトマニトラさんを吊るというネタに乗っかって、初日の処刑をまんまと逃れようとするデリーターが、この中にいるかもしれないと」
神「ああー」
蛇「ふむ、そう取られても無理はないかの」
星「そんな、違います、私は⋯⋯」
トマニトラに向けられていた視線が、まるごとぐるりとこちらに向いた。
メ「『私は』、なんですか?星海カノさん」
 しまった。疑惑を向けられてしまった。
 まだ死ぬわけにはいかないのに⋯⋯!
星「私は⋯⋯そう、本当にトマニトラさんという可能性もあると思うんです」
星「デミスさんは、上手く誘い出したと思ってるのかも知れませんが、トマニトラさんが本当にデリーターであるという可能性は考えてるんですか?そもそも二人がグルの可能性だってあるじゃないですか!」
あ「んーー⋯⋯」
 あひとさんは決め兼ねるように、自分とデミスさんを交互に見る。
デ「仮にトマがデリーターだとして、同じ仲間があえて彼を陥れるとは思わない」
デ「もしこの3人が占いなり霊能なりで白だったら、その時はこいつでも我でも吊ればいい」
デ「逆に、本当に黒がいたなら」
デ「それを見事に当てた我々は白が濃厚と言うことになる」
星「そんな上手くいくとは⋯⋯」
神「そうです、そんな悠長なこと言ってたら縄だって足りなくなりますよ」
メ「⋯⋯では、こうしましょう」
メ「今日は星海さんとトマニトラさんの、どちらかに投票してもらうんです」
メ「星海さんは、トマニトラさんを利用し、議論を誘導したデミスさんが怪しいと感じている」
メ「そしてデミスさんは、トマニトラさん処刑に賛同した3人のうちの誰かが怪しいと睨んでいる」
蛇「どちらの意見に賛同するかを、まずは決めると言うことじゃの」
メ「ええ。そしてその結果を見つつ、明日また情報を出し合うんです。いかがでしょうか」
神「他に意見のある方は?」
 いないようだった。
ロ「じゃあそうしますか」
あ「結論出ないまま投票タイムになるのが1番怖いからねー」
ト「ならオレはカノに入れることになるな!」
星「じゃあ私はトマニトラさんに」
蛇「あとは他の票がどう動くかじゃのう」
あ「そういう蛇艸さんは、そのままトマニトラさんに?」
蛇「くふっ、内緒じゃ」
ロ「GMー、誰が誰に投票したのかってあとで公開されるのー?」
『えっとですねー、そもそも投票をその場で行うみたいです。せーの、で指さすみたいな』
ロ「ふーん、ありがと」
ト「そ、そいつはなかなか⋯⋯」
星「緊張しますね⋯⋯」
ト「っと、もうちょっとで時間だな」
神「あと決めることあります?」
あ「占い先とか護衛先は?」
メ「ここで言ったらデリーターに聞かれちゃうし、今夜はお任せでいいんじゃないでしょうか」
あ「まぁそうねー」
ロ「んじゃ今夜はトマニトラさんか星海カノさんのどちらかに投票、占いと護衛は当人に任せるということで」
あ「異議なしー」
神「2人のアピールタイムも取りたかったけど⋯⋯ちょっと無理そうかな」
 時計の針はもう8を指していた。時間切れだ。
『はーい、では投票に移りまーす』
『今夜処刑した方がいいと思う人を、せーので指さしてください』
(⋯⋯どうしよう)
 吊られたくない気持ちが裏目に出てしまった。
 しかしこうなってしまうともうどうしようもない。
 祈るような気持ちで、手をにぎる。
『せーの!』
 指した。
 向けられている指の数は?誰がどれ?どっちが多い?
 GMがそれを言うより、少し早く察する。気づいてしまう。
『⋯⋯トマニトラさんに入れたのは、ユイさん
、カノさん、あひとさん』
『カノさんに入れたのは、デミスさんトマニトラさん、蛇艸さん、ロリコンさん、そしてユズカさん』
『今日の処刑は、星海カノさんに決まりました』
 それを聞いた私は、どんな顔をしていたんだろう。
 絶望だろうか。それとも諦め?
『遺言できるみたいなので、もしあればどうぞ』
星「あ、え⋯⋯?」
 恐怖じゃない。不安じゃない。
 ただ物理的に、足の先から、どんどん体が動かせなくなっていく。固い。まるで自分のものではないみたい。待って。こんなにはやいの?
 ひどく寒くて、なんだか瞼が重い。
(これが、仮死?)
 うそ、うそ、こんなの!
 死ぬのと何も変わらない!
 何が娯楽だ。定石だ。
 ここにあるのは、始めから殺し合いだったんだ!
星「⋯⋯はっ」
 いいよ。なら遺そう。
 もういい子ぶったりしない。あとで蘇るために、このゲームは、もっともっと、面白くならなくちゃいけないんだ。
 ねえ、頼んだよ?
星「あはっ!あははは!大ハズレじゃん!」
 星海カノはどろりと笑った。
 それができる最後だった。
 
星「だって星海、希士〈ナイト〉だもん」

 まさに遺言。それを告げた直後に、自重を支えきれなくなった星海カノは、ぐらりと傾いた。
 横に座っていたデミスが、それを落ちないように受け止める。
 その体はもう冷たく、色を失っていて、あの『見本』が思い出された。おそらく同じ状態だ。
『⋯⋯へぇ』
 どうやらモニタリングしているというのは本当らしい。処刑を宣言した瞬間、彼女は数分と持たずに仮死体になった。
 どういう理屈かはまったく分からないけど、この部屋にいる全員の命は、今この瞬間も研究者Nによって握られているのだ。
 このゲームの死配者〈マスター〉である、ただ一人を除いて。
『なんか、楽しくなってきちゃったなぁ』
 その微笑とつぶやきに、気づく者はいなかった。

つづく

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