消明者は嘘を吐く/0日目
『Now Loading⋯⋯』
薄暗いモニタールーム、その中にいるのは、白衣を着込んだ妙齢の女性。
彼女が見つめるのは、ひとつふたつと、モニターの数だけ『観測』されていく今回のゲスト達。"それ"はもう見慣れた、けれど彼女の大嫌いなモノ。
「さあ、今宵もまた、貴方達に相応しい舞台が整いましたよ」
『Completed.』
「貴方の力(しんぞう)、お借りしますね」
くしゃくしゃの紙が雑多に散らばった床の上に倒れ込み、瞳を見開いたままぴくりとも動かない、その冷たい少女の身体に、白衣の女はにこやかに囁いた。
「出来損ないの、アカシックレコードさん」
0日目:配信者は目を覚ます
霧がかった窓の外。
薄暗く長い廊下。
そしてその突き当たりにあるのは、大きな円卓と暖炉が印象的なだだっぴろい洋室。
それこそ夢や物語の中でしか見れないような贅沢な内装だが、今においてはむしろそのくらいの方が相応しいのだろう。
なぜならそこに集う彼らの風貌は、その部屋の圧倒的非現実感にも負けないほどに、摩訶不思議なものばかりだったのだから。
人間というよりはアンドロイドに近そうな出で立ちの、メイドロイドユイ。
指先も首も服で隠れた、個性的なシルエットの星海カノ。
現実世界にいてもおかしくないような、あどけない姿が却って目立つ暁奏響(あかつき/そら)。
一見普通そうだが、よく見ると武装しているようにも見えるあらはらあひと。
表情も行動もいまいち読み切れない元蛇神、蛇艸(はぐさ)。
眼鏡と上着が近代的な理知を感じさせる、神無月ユズカ。
軍服を思わせるような格好の黒き異世界人、デミス·クライン。
同じく黒ずくめで、怪しげな笑みを浮かべた全身タイツ、トマニトラ。
隻腕の謎めいた美女、ロリコン。
以上9名。
とある狙いのもと集められた、バーチャル空間に生きる者たち。
しかし必ずしも友人どうしが集められているわけではなかった。みなそれぞれに知ってる人知らない人、顔だけなら見たことある人などがいるようで、実際そういった関係が可視化されたようなわかりやすいグループが部屋のあちこちにできていた。
しかし同じ部屋である以上会話の内容はほぼ丸聞こえで、それらを聞く限り状況は誰もだいたい同じに思えた。
「気づいたらここにいて」
「何も覚えていない」
「ゲームをしていたはずで」
「動画を作ってて」
「こんな部屋知らない」
細かい部分は違えども、みな概ね、このようなことを言っている。
(⋯⋯どうしよう)
そんな中、目立たないように部屋の隅にそっと移動したのは、暁奏響。知人も一応いるのだが、みんなのように会話に参加する気にもなれず、壁に背中を預けてひとり考えを巡らせる。
ドアや窓はとっくにみんなが調べていた。誰も開けられなかった。
それはつまり、何らかの悪意を持って、この一見繋がりのなさそうなVtuber9人を、閉じこめた者がいるということ。
いったいどうして、だれが、なんのために⋯⋯
「お、おいみんな!来てくれ!」
男性の、切羽詰まった声が聞こえた。そこから動かずにただ来てくれとだけいうあたり、その場所に何か見てほしいものでもあるのだろうか。
とりあえず近づく。10歩もない。
驚きのあまり、口元を抑える誰かが見えた。
うそ、と漏れる女性の声。
大きな大きなクローゼット。大人でも、余裕で入れそうな。
あと2歩。顔を右に向ける。
一足早く、『それ』と目が合った。
「⋯⋯え?」
縛られ吊るされた両手首。温度のない肌。もはや見慣れたがそれでも派手な色の服と、瞳孔の開ききった宇宙色の瞳。
それは彼女もよく知る姿だった。
「カノンちゃん」
ぽつりとこぼれた言葉は、あまりにも無感情で。唐突な展開に心が追いつかないのか、それがそうであると信じたくないのか、それとも。
「と、とりあえず下ろしましょう!私が診ます!」
いち早く動揺から復帰したユイと、たまたま近くにいたユズカが協力して縄をほどき、カノンと呼ばれたその少女を下ろす。
そっと横たえてやろうとすると、服の中から何か紙が出てきて、滑るように床に落ちた。
拾い上げてみると、それはただの手紙や書置きにしては厚みのある封筒で、中には硬い紙が何枚も入っていることがわかった。
「なんだそれは?手紙か?」
デミスが横から覗きこむ。てきぱきとカノンの体を調べるユイ以外の視線がこちらに向いていた。
「あ、開けてみようかな⋯⋯」
だってこちらはわけも分からず閉じこめられているのだ。あの子はたしかに心配だけど、それも含めて何か手がかりがほしい。
あんな風に、なりたくない。
上手く動かない手を無理やり動かし、封を開ける。みんなの視線を感じながら、気持ち声量を上げて、暁奏響はそれを読んだ。
─────────────────────
星栞カノンの無惨な仮死体が発見されました。
これにより、今回のゲームがスタートします。
同封しているルールブックとカードを使い、別室でモニタリングしている私を楽しませてください。
素晴らしいゲームを私に見せてさえいただければ、仮死状態にある者を含むあなた達全員を、無事にお返しすることをお約束します。
研究者N
─────────────────────
「なに、これ⋯⋯」
口ではそう言いつつも、心では分かっていた。
無惨な死体が発見されました、というのはとあるゲームで有名なフレーズである。
「人狼か」
誰かがつぶやく。
「我らにここで人狼ゲームをしろと、そう言っているのでは?」
「だと思うけど、とりあえずそれ読んでみましょうよ」
「そうだね、早く帰りたいし」
「みんなちょっと冷静すぎません⋯⋯?」
「そりゃあそうじゃろ、その手紙を見る限り、あのカノンどのも真の意味で死んではおらぬということであろ?焦ることは何もあるまいよ」
それは私を安心させようとして言ってくれている言葉なのか、それとも。
「のう?そこな娘」
蛇のように、まるで何も感じていないかのように、蛇艸は笑った。
「読みますね」
なんとなく視線と話を流して、奏響はルールブックとカードを手に取った。
─ルール説明─
「───私が、〈マスター〉?」
全部読んで、まず思ったのはそこだった。
たまたま手紙を最初に開けた私は、暁奏響は、いわゆるGMとして選ばれてしまった。
あんな風になりたくない、という願いが通じたのだろうか。少なくともこのゲームにおいて、GMとは絶対の立場。窮地に立たされる危険はないだろう。
「ていうか、ずいぶんいけすかない奴ですね。このNって人」
「まったくだな」
「勝手に連れてきておいて、ゲームだの見本だのと、好き勝手言ってくれやがって⋯⋯」
「なんかむかつきますね」
「別室にいるのなら、むしろそっちを処刑したいかなぁ?」
「ほんとですよまったく」
「ま、出られないんだしやるしかないかの」
「そうですね、さっさと終わらせて帰りましょ?」
奏響を囲むように歩み寄る参加者。
「⋯⋯はい!」
怖いけど、戻ることはもうできない。
無事にゲームを終わらせて、カノンちゃんも起こして、みんなで帰ろう。
そう。きっと大丈夫。
「それでは」
今ここに、9人のVtuberがいる。それ以外に何も分からない、この不気味な空間で。
人知れず、幕は開く。
「ゲームを始めます」
つづく
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