地図にない森

※本作は「#RTしたVTuberさんの小説を書く」というタグから生まれた非公式二次創作です。
ご本人様と話し合いながら書いたわけではないので、公式とは異なる解釈や描写がある恐れがあります。
あらかじめご了承ください。



「うーん」
 セカイを渡るタビビト、零時アキは悩んでいた。
 目前には、深く薄暗い森。木々の色はどちらかというと黒っぽく、その多くはおそろしく幹が太い。例えば自分が抱きついたとしても、裏側まで手が回ることはないだろう。そんなものが密集して生えている上に、競うように根を張っているものだから、当然視界も足場も悪いはず。
 できるならさっさと行き過ぎたいところだろう。しかし彼はただ立ち止まっていた。
 視線の先には、自分が両手で縦に広げている黄ばんだ紙が1枚。元々丸く巻かれていたので、手を離せばすぐに丸まってしまう。
「やっぱこの地図、おかしいよな」
 アキはひとり、大きくうなずいた。
 省略しているのかとも思ったが、そんなことはまずない。となると、この森はおそらく、この地図を作った時には存在していなかった森ということになる。
 いや、でもどうしてそんなことになるんだ?
 できれば避けて通りたいが、そうするとかなりの回り道になる。野宿は免れないし、何が棲んでいるかも分からない森の近くで寝たくなどない。
 さて、進むか。戻るか。
「おお!アナタももしや旅人で?」
 逡巡する背中に声をかけてきたのは、行商のような風貌の女性であった。
 動きやすく、目立たない色の服装で、大きな荷物を背中に担いでいる。
 頭には笠を深く被り、髪もまとめてその中へ。そうして髪の色や目の色、視線すらも意図的に隠していた。
 怪しい。しかし無視して逃げるほどでもない。とりあえず頷き、肯定の言葉を返す。
 すると女性は急に饒舌になった。
「そうでしたか~!いや失敬、かく言うアタシもこの通り旅の商人でございまして、この先の船着き場に行きたいのですがどうも道に迷ったようで。あ、それ地図ですよね?てことはひょっとしてこの辺りの道もお分かりに?ああいえ、もちろんタダでとは言いません、旅人たるもの情報が一番の買い物であり売り物。アタシ自身もよくよく承知してございます。金子?それとも食料?ちょうど運ぶところなのでいろいろございますよ?何ならそちらを先にご覧に」
「まってまって、まってください」
 よくもまあ口の回るものだ。しかも身振りもだいぶ大きい。しゃべっている間ずっと、船着き場があると思われる方角を指さしたり、辺りを見回して大げさに困ったジェスチャーをしてみたり、地図を持ったこちらに近づこうとしては、かと思えばいやいや不躾だったと離れてみたり。なんだこの人は。
「えっと、たしかにこれは地図ですが、間違っているみたいなんです。それで困ってて」
「ほう」
 気になったのか、結局ひょいと覗いてくる。でもまたすぐに、「あー」とか言って引き下がる。状況を理解してくれて何よりだ。
「困りましたねえ」
「そうですねえ」
「んーー、そうだ!たしか商品の中に⋯⋯」
 背中から荷を下ろし、何やら探し始める。
 でもこの状況を打開できるようなピンポイントアイテムなんて、そう都合よくあるとは思えない。
「じゃんじゃかじゃーーーん」
 奇怪な擬音とともに取り出したのは、手のひらのまんなかに収まるほどの小さく透き通った球だった。
 まあまあ綺麗だとは思ったが、状況が状況なのでだから何だとも思った。
「これは【眠り水晶】というものです」
 また饒舌に、得意げに、歌うように説明を始める行商人。もう嫌になってきたのでかいつまんで説明すると、要するにこれは彼女が取り扱っている不思議アイテムの1つで、「願いの強さ」に応じて持ち主の望むものに変化するらしい。
「アタシも使おうとしたことはあるのですが、何を願おうとしてもすぐ金子に変わってしまいまして」
 冗談だか本当だかわからないことを言いながら、彼女は水晶をこちらに渡してきた。
「だから、アナタが使ってください」
 つまりこの水晶を使って、この状況を打開できる何かを生み出せと。
 そんなに上手くいくかはわからないが、他に有効な手立てがお互いにない以上、やってみる価値はあるだろう。
 とりあえず水晶は受け取った。本当に小さい。ビー玉くらいしかない。よく見ると、水晶そのものが呼吸するかのように透明と白色を繰り返していて、そう考えるとたしかに眠っているようにも見える。
「どうぞ、『差し上げます』」
 そう言われた瞬間、水晶の光が少し強まったような気がした。
「さあさ、望んでみてください」
 さもなくば、死ぬかもしれませんよ?
 これは冗談なのだろうが、あいにく冗談には聞こえない。一抹の恐怖とともに水晶を握りこみ、願う。
 この森を、何でもいいからどうにかする。そしてそれぞれに生き延びて、次の目的地に辿り着く───
「わあ、めっちゃ光ってますね」
 行商が言う。果たしてこの願いは何になるのだろうか。
「⋯⋯なんか、揺れてません?」
 水晶が、手の中から消えた。小さくて落としたとかではなく、本当になくなってしまったのだ。
「揺れてますねえ」
 のんきに笑う。どこか余裕があるのは、どうせ水晶の力だから大丈夫と割り切っているのか。
 そして実際、それは本当にそうだった。
 地面は揺れたがこちらに害はまったくなく、変化が現れたのは件の森だけだった。
 黒く重たい大樹の群れ。それらが全て光に包まれ、見えなくなっていく。
「おやおや、一体何を願ったんです?」
「そ、そんな大したことは」
 たしかに、一番楽なのはこの森そのものがなくなることだ。心のどこかでそう思ったのかもしれない。
 でもこれはあまりにも、大がかりというか何と言うか。
「⋯⋯綺麗」
 そう、綺麗だった。
 光が消えた時、そこにあったのは、鬱蒼とした暗い森などではなく。
「水晶でできておりますね」
 細い幹を撫でながら、行商が呟く。自分でも触ってみたが、本当にそう思えた。
 よく分からないがとにかく、太く見通しの悪かったあの森の木々は全て、細く整った水晶の森へと変わったのだった。先ほどの森はだいぶ入り組んでいそうに見えたが、こちらは真ん中に一本道が形成され、反対側の出口がここからでも窺える。
「素晴らしい!ありがとうございます!」
「いえいえ、こちらこそ」
 安心すると同時に、ふと疑問が湧く。
「さっき、眠り水晶を自分が使ったらお金になったと言いましたよね」
「ええはい」
「どうして、そのままお金にしておかなかったんですか?願ってできたのなら偽物でもないでしょう」
「ああ、それはですね」
「この水晶で作られたものはたしかに本物です。しかし、明確な寿命があるのですよ」
「狸が葉っぱで買い物するようなものです、商人として許せることではありませんね」
「なるほど」
 じゃあ、この森も⋯⋯
「そうですね。もって一年くらいでしょう」
「そして、いつかこの森が砕け散る時が来たら。そこにはまた、眠り水晶が生まれるのです」
「アナタのその地図に載っていなかった、あの黒い森も。何か突然な生まれ方をしたのかも知れませんね」
「それでは、よい旅を」
 先を急いでいるのだろう。彼女は景色を楽しむ間もなく、あっという間に森を抜けていった。旅は道連れなどと言うが、わざわざ追いかける気にもなれなかった。
 それよりも、今は少しだけ立ち止まっていたい。 
 目も覚めるほど美しい、地図にない森。風が吹いても知らないふりで、きっと記録にも残らない記憶。その有り様に、思いを馳せながら。


協力:零時晶さま
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