見出し画像

食べられません、僕だけは。②

「ぐあああああ」

 松戸アンジェリカが「ラボ」と呼んでいるその白い清潔な部屋に緋色の叫び声が轟く。

「村上緋色十七歳。身長170㎝ 体重58㎏。血液型はA型。うーん。DNA検査の結果は至って普通の人間なんだなあ君」

 緋色は拘束された状態で、電流を流されていた。

「一体なんでこんなことを……」

 緋色が息も絶え絶えにそう言うとアンジェリカはにやりと笑った。

「君が普通の人間じゃないことを確認するためだよ」
「僕は普通の人間です」
「いや、何か違うはずだ。そうじゃなければ困るんだよ」
「それより、サキちゃんがどうなったか教えてくれるっていう約束は?」

 緋色の彼女のサキは緋色と学校が違った。だから、サキは生きているのだ。

「ああ、君の恋人の三上サキなら、君が死んだと言ったら泣きわめいていたな」
「どうして、僕が死んだことになってるんですか」
「その方が何かと都合がいいからね。そうすることになった」
「都合がいい?」
「万一、君の肉体や精神に限界がきても、そもそも君はこの世の人間ではないからね」
「それって……僕は実験動物ってことですか」
「いやあ、そこまで露骨なことはさすがに私でも言えないね」

 実験動物と言われたも同然だった。ゾッとしたが、緋色はそれよりもサキがどうしているかが気がかりだった。

「サキちゃん、自傷したり、自殺したり、してないですか?」
「ああ、一応監視カメラで監視しているんだが、この通りだよ」

 アンジェリカはそう言って自分が覗き込んでいた稼働式のモニターを緋色に見えるように動かして、リモコンで操作した。

 すると画面の中で緋色の彼女のサキが歩いている姿が映った。
「サキちゃん……」

 緋色はすがるようにサキを目で追いかけたが想像していたよりもサキはずっと元気そうだった。

「がっかりしたか?」

 アンジェリカにそう言われて緋色はびくりとした。

「え?」
「がっかりした顔をしているぞ。どうやら彼女にもっと落ち込んで欲しかったみたいだな。それなら、まあ見事に期待はずれだぞ。三上サキは君がいなくなってから、元気そのものだよ」

 サキが意外と元気そうなことにがっかりしている自分に失望した。
 松戸アンジェリカは緋色に差し出したモニターを自分の方に引き寄せて、またリモコンで操作してから、大げさに溜息をついた。

「今のところ、君が普通の人間だということしか確認できていない。だが、君にはやってもらわなければいけないことがある」
「いったい何をさせたいんですか?」
「君にはイーターの一部でもいいから回収してもらいたいんだ」
「え? あれをですか、無理ですよ」

 思い出すだけでもおぞましかった。体育館を引き剥がした、巨大なボディから伸びた大きなはさみ。大量の虫が一斉に孵化したかのようだったドローン型の増殖。飛び散り、噴出する血液。バラバラにされた友人たちの四肢、そして、捕食されたかのように吸い込まれていった頭部。地獄絵図だった。

「無理。そうだね。でも不可能を可能にしないと、この国から十代以下の人間が存在しなくなる。いわゆる国家の存亡というものがかかっているから、君に拒絶する権利はないんだよ」
「そんなあ!」

 緋色が今にも泣き出しそうな顔になると、アンジェリカはにっこり微笑んだ。

「君はヒーローになりたかったんじゃないのか?」
「どうしてそんなことを?」
「君の経歴を調べたからね。お母さんのことは残念だったね」

 母親のことを口に出されて緋色の拘束されている身体はカッとなった。

「母さんがなんだって言うんです?」
「君があのサキという子に惹かれるのは彼女が母親に似ているからだろう? ほっとけないし、どうにか救いたいと思っているのはそのせいだ」

 緋色の表情が憤怒に変わったが、アンジェリカは気にしなかった。

「ヒーローになるチャンスが到来したと思えばいいじゃないか」
「僕はたまたま生き残っただけです。ヒーローになんかなれません」
「たまたまなんて優しい偶然ではあいつらから生き延びることはできないんだよ」

 アンジェリカはまた可動式のモニターを緋色の方に向けて、リモコンを操作した。

「これが最初にイーターの被害にあった学校だ」
「これは……」
「小学校だよ。ここを中心に半径五キロ圏内の人間はすべて食い尽くされたんだ」

 緋色は目を見張りごくりと何かを飲み込んだ。

「イーターが微弱なラジオ波を出していることを突き止めることができたのが、ちょうど君たちの学校に現れた日でね。間に合わなかった」
「そんな……」
「それほどイーターに関する情報は少ないんだよ。防犯カメラに残っている映像だけではヤツらの弱点を探ることは不可能だ。頼む。大勢の人間の、人類の危機を救える可能性があるのは今のところ君だけなんだ」

 アンジェリカは緋色の拘束された手を握りしめて熱っぽく語った。

「でも……」
「大丈夫だ。この地球上に存在するいかなる物質をどんな形状にしても穴を開けることも切断することもできないスーツを用意しているし、君には特殊部隊がつくことになっている」
「だったら、そのスーツを着た特殊部隊の人が取りに行けばいいじゃないですか!」
「ほう。なるほど。そういうことなら、まずはそうしようか」
「え?」
「次にイーターが現れた時は特殊部隊にまかせよう。その結果次第で君の返事は変わるということだね?」
「それは……」

 緋色が言いよどむと、けたたましく警報が鳴りラボの出入り口近くの壁に設置されている赤いランプが点滅し。白い部屋を真っ赤にした。

「松戸博士! イーターが確認できました」

 ラボに入ってきた制服姿の男がそういうとアンジェリカは頷いた。

「場所は?」
「三郷市です」
「とうとう関東平野に入ってきたのか。これ以上の箝口令の継続は難しいかもしれないな。自衛隊の出動依頼と埼玉県警に緊急警戒を通達し、警視庁に位置情報を提供しろ」
「了解しました」

 緊迫した空気に緋色は戸惑っていると、アンジェリカが緋色の拘束を解いた。

「行くぞ」
「え? 行くってどこに?」
「君が確認したいと言ったんじゃないか。特殊部隊がイーターに通用するかを見たいんだろう」
「そんなつもりは……」
「つべこべ言ってないでそこにあるスーツを着ろ」

 緋色は混乱しながらも、スペースオペラに出てきそうな青と黒の配色のボディスーツを着た。

「行くぞ!」
「えええええ」
「君に選択肢はない。さっき与えたところだからな」

 緋色は渋々アンジェリカについて行くとラボの屋上のヘリポートにたどり着いた。

 ヘリコプターはいつでも飛び立てるようで、耳の中はバリバリという音でいっぱいになる。詰め込まれるように乗り込んだ。

「さあ、地獄がどんなものか確認させてもらおうじゃないか」

 アンジェリカの独り言にゾッとした緋色は聞こえないふりをした。



 会員制バーのカウンターでひとりの男がタブレットを覗き込んでいる。彼の右手の中にはアンジェリカがキューブと言っていた1㎝四方の物が入っており、その男はそれをもてあそんでいると、バーテンダーが近づいてくる。

「四条さま、何かお作りいたしましょうか?」
「シーバスをダブルで」
「かしこまりました」  

 バーテンダーが背を向けてから、男はキューブを口の中に放り込み咀嚼した。

「ああ、実に罪深い味だ」
「何かおっしゃいましたか?」
「いや」

 用意されたスコッチを男は一気にあおりその場を後にした。 





この記事が参加している募集

#創作大賞2024

書いてみる

締切:

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?