泥棒の手品師

自転車で40分の道のり。

坂道を登りきると、時計のついた図書館がある。子供のための保育施設。

9時に2人のピエロがラッパを吹く。図書館が開館した合図だ。明るくていい音色ねと近所では評判だけれど、僕には悲しげなメロディーに聞こえる。

「さあみんな、寄っといで。ズボンを下ろした子も寄っといで」

ピエロがみんなを招く。図書館の周りには既にたくさんの子供達がいる。一斉に図書館の扉の中に吸い込まれていくけれど、僕は10時に向かう。それまで、図書館が用意してくれたベンチでのんびりしているのだ。

うとうとしていた。気づいたら、夕方になっていた。気づいたら、ズボンを下ろされていた。いつの間に。慌ててズボンを履いた。

図書館の中に入る。何とはなしに奥に目を遣ると、ハッと目が合った。黒いスーツに黒いネクタイの手品師。何故手品師と分かるかというと、いつも図書館に来ては手品を披露してくれる、いつもの人だからだ。手品師は誰かのバッグの中に手を伸ばしていた。誰かの忘れ物だろううか。

「きみ、まだ寝ているかと思っていたのに」

手品師は笑った。諦めた、と言うかのように両手を上げた。泥棒だ!と叫ぶ気にはなれなかった。

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