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携帯電話~16~

お付き合いを始めてから11年間。長女を出産するまで、互いに携帯電話のロック機能を使用したことはなかった。疚しい気持ちを持ちあわせていない証左なのか。信頼関係の可視化なのか。トイレやコンビニに行くときや様々なシチュエーションで、妻に携帯電話を預けて出掛けることもあった。妻は承諾なく他人の携帯電話を覗き見るような人間ではない。その安心感があるから渡せることに躊躇はなかった。

そんな妻も長女が生まれてからロック機能を使用し始めた。「娘が携帯を触って誤作動させたら大変だから」という母親あるあるが理由だそうで、もしもの時にとにと、ロック解除の方法を教えてくれた。互いを尊重し信頼しているからこそできる、ひとつの愛の形だと思っている。

スマホが発売される遥か昔。お付き合いを始めたのはガラ携時代だった。写真の画素数も低く動画送信なんてお伽の国の話だと思っていた時代。妻からのメールが届いていないか。アンテナが3本立っているのに、更新ボタンを連打して、寂しさを抱えながら仕事をしていたな。

あの頃の私達とスマホの関係はあまり変わっていないように感じる。子育てと育児が忙しく微減はしたけれど、Lineのやり取りは1日50往復はしているし、夫婦にしか解読できない崩した日本語でのやりとりを恒久的に楽しんでいる。面と向かって話すのが困難だからこそ、感情を丁寧にまとめて、それをスマホに籠めて送信することがあったりもする。

先日、スマホのトーク履歴が全消去されるという、あまりにも悲しい出来事が我が身に起こった。バックアップはとっていたので電話帳は消えなかったけど、妻とのトーク履歴が消えてしまった悲しみは項垂れるには十分な悲しみをもたらした。夫婦の歴史が刻印されていたのだ。過去に向かって必死にスクロールすれば結婚式の当日や海外旅行の思い出だってそこにあったのだ。それがすべて消えてしまった。あの日あの時に感じた気持ち。輪郭が薄らいで色褪せても、過去を振り返れば再び時を戻すことができたのだ。心の傷はだいぶ深かったな。

まだまだ先の話だけど、子供達が携帯をもつ時代がいずれやってくる。最初は身内だけ、そのうち友達と連絡するようになり、いつかは特別なひとと出逢って、スマホを抱き締めたまま眠る夜だってあるだろう。思い返すと妻もそうだった。盛り上がっていたはずの会話が途中で終わるのは眠りのサイン。そして朝方に「ごめん~。寝ちゃった~」とのメールが届いていたものだ。

顔を合わせなくてもスマホやパソコンで気軽に仕事が出来る時代。私達夫婦もアンテナだけは張り巡らせて、スマホ時代に取り残されないように勉強しながら40代を迎えられるように生きて行こうと思っています。

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