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遅れること、待つこと~17~

完璧な人間なんていない。私なんて身体の傷に比例して欠陥だらけの人間だ。そして大好きな妻にも、少なからず、いや、たったひとつだけの欠点がある。いまは年月を重ねて、その欠点すら愛せるようになったけど、妻には遅刻癖があった。
会社や幼稚園の送迎など遅刻が許されないときでも、いつもギリギリのラインを攻めているし、対象が私になると15分程度の遅刻は、彼女の概念では遅刻に含まれていなかった。

私は江戸っ子3代目。遺伝子レベルでせっかちな性格だ。そのうえ放送作家出身。締切や納期のせいで否がおうにも更に時間に過敏になり、例えば、昼の12時が待ち合わせ時間だとしたら現地に11時45分に到着していないと気が済まない人間だった。

そんなふたりのデートは、私の現着から妻の到着まで1時間かかることもあった。そして私が一方的に不機嫌になって始まるデート。妻が深謝してもまだムスッとして、自分の感情を上手にコントロールできなくて許すタイミングを見失った私。何とも寂しくて情けない話だ。
私の機嫌がいいときに「私も遅れたくて遅れてるわけじゃないんだよ」と説明する妻がいて「でも待っているひとの気持ちも考えなね」と答える私。

その頃、仕事でも自分の怒りをコントロールできない自分に疲弊していたので、友人が薦めるアンガーマネジメントの講習に行ってみた。最少催行人数で始まった講習。それぞれが怒りをコントロールできない話を語り、その度に「わかるな~」と誰もが首肯する。そして講師がアドバイスを送り「なるほど~」と頷く建設的な講習だった。

私の順番がまわってきた。そして時間に過敏すぎること、「特に彼女がデートに遅れることが許せないんだ」と歯切れ悪く訥々と述べていると、先生が「両者の時間の流れがずれているんですね」と本質をついてくれて「遅れる側の気持ちを汲んでみましょう。どんな服で行こうか悩んでいたかもしれない。綺麗な自分をみて欲しいから念入りに化粧もする。そうすると気づけばこんな時間。駅まで駆けてこれ以上は早く進まない電車に乗って、焦りながらこちらに向かっています。ごめんなさいを何度も心で数えているはずです。そんなとき鬼の形相で迎え入れられたら、折角のデートがただの罪滅ぼしになってしまいます」と教えてくれてモーセの十戒のように心が晴れた。

もう妻には定刻通りに着いたら称賛を惜しまず、遅刻するのは仕方ないと割り切り、私自身も妻と待ち合わせるときは現着を到着時間ギリギリに設定することにした。
それから10年くらい経過して、今では妻が遅刻しても、感情の波形が薄く広がっていくだけでデートや買い物を楽しめるようになってきた。勿論、すべてがそうではなく未だに怒りがこみあげてくるときもあるけれど、呼吸法なるものを教えてもらってからは感情が直ぐに凪ぎるようになっていた。

遅刻するくらいいいじゃないか。これほど愛されているのだから、遅刻くらい許さないでどうするんだ。いつしかそう思えるようになってきた。
そしていま気がかりなのが、娘と息子はどちらの遺伝子をもらい受けているかだ。まだ幼すぎて推測の域は脱しないが、娘は何でも一番になりたい性分らしく私に似ている気がする。そして息子は、むっちむちの身体を揺らしながら実に大らかでマイペースだ。「あなたに似てるわね」「いや君に似てるよ」なんて笑いながら過ごすのも子育ての楽しみのひとつである。

今日は9時から診察があり、5時にパッと目が覚めてしまった。巡回中の看護師さんに「早すぎるから部屋で待っていてください。お呼びしますから」と言われてしまった。何だかせっかちな自分を想起したら、過去が懐かしくなってこれを書いてみました。今週はずっと雨模様の東京。妻と娘と息子に会えるのはいつなのかソワソワしています。

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