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カッコよくキメようとすると、必ず運命が有耶無耶にしてくる

晴天の土曜日、朝日が眩しい6時半。
カーテンの隙間から注ぎ込む光に目を細め、軽く伸びをする。
顔を洗い、淹れたてのコーヒーを飲む。


そして思いっきりむせて、床がビチャビチャになった。

「うん、今日の豆はグホッヘブァッ!」ビチャチャチャ


「今日の豆はいいね。グアテマラ産かな?」などとCMのように洒落たセリフで一発カマしてやろうとしたのに、かつてないほど激しくむせた。うまくカマせたら更に「おはよう、小鳥さんたち」と続けてやろうと思っていたのに、何もかも台無しだ。

ちなみにうちのコーヒーは近所のカルディで買った一番安い『マイルド・カルディ』だ。どこの豆だかさっぱりわからない。グアテマラ産の豆は入っていたとしても僕の舌では判別できないだろう。さらに窓の外には小鳥ではなくカラスがギャーギャーと騒いでいた。なんなんだよもう。


僕はいつもキメたいときに限ってキマらない。

ここぞというときに必ず間を外す。外してはいけないときほど外す。そういう星の元に生まれたとしか思えないほどだ。


中学3年生、修学旅行の夜に部屋でUNOをしていたとき。
クラスメートの一人が「次に最下位になったやつは好きな人の名前を言う」という戦慄の罰ゲームを提案してきた。

僕はその提案がされるまでは無難にプレイできていたのに、罰ゲームが定められた途端にカードの巡り合わせが異様なまでに悪くなった。というより周りのツキが異様に上がった。
ドローフォーに次ぐドローフォー、スキップに次ぐスキップ。僕の手持ちはどんどん増え、カードを出そうにも順番を飛ばされる。そのまま見事にドベになった。


好きな人の名前を公表するという罰ゲーム。この思春期ならではの罰ゲームは今となっては微笑ましいものだが、当時の少年にとっては死と同等の恥辱だ。

僕はそんな屈辱は死んでも御免だ。
「そんなん知ったところでどうでもええやーん。好きな女子より好きなドラクエのパーティ編成発表するよ~勇者、僧侶、武闘家、遊びに~ん」と有耶無耶にしたかった。

もしくは突然「うっぽろぴゃああああ~~!!」と絶叫しながら盛大に失禁し有耶無耶にするか、またはこの場で全員を殺して有耶無耶にするか。
旅行先ということもあり、どちらにしてもなんか土地の呪いのせいで狂ったとか旅館の悪霊のせいだとか、いい感じに有耶無耶にできるんじゃないだろう。

などと考えた。とにかく罰ゲームを有耶無耶にしたかった。


でも僕は覚悟を決めた。

変に恥ずかしがらず、男らしく、はっきりと言おう。
真摯な態度でいれば、周りもそこまでは冷やかしたりしないだろう。つけ入る隙を作らなければいいのだ。

やってやる。やってやるさ。ニヤニヤしてるクラスメートたちを、逆に「おお・・・かっけぇ~。もうなんだかお前に惚れそうだわ」と言わせてやる。

そう思い、僕は渾身の「ま、これくらいどうってことないけど」という顔を作り、全身の男気を総動員させ、せいいっぱい低めの渋い声で、当時気になっていた女子の名前を口にしようとした。


その瞬間、先生が見回りにやってきて「おらー消灯だぞー、さっさと寝ろー」と全員を叱り飛ばした。

渋い顔のままの僕をよそに、クラスメートたちはうわー怒られちゃったなーとわらわらと布団を敷いたり着替えたりしてる内にドラクエの話などをはじめ、罰ゲームは有耶無耶になった。僕の覚悟ごと有耶無耶になった。


ささやかな秘密が白日の下に晒されずには済んだ。それはいい、それはいいんだけど、僕は助かったというよりも「拙者、死に場所を失い申した」という武士の気持ちだった。

負けられないUNOの勝負でキメられず、覚悟を決めた罰ゲームでもキメられなかった。自分のせいならまだしも、不可抗力で。

いわば天が、運命が、僕の告白を有耶無耶にしたのだ。どうせなら自分の手で有耶無耶にしたかった。絶叫して失禁した方がマシだった。


劇団の座長をしていたときもそうだ。

苦労した公演の打ち上げ、居酒屋の座敷。万感の思いで「それじゃっ・・・乾杯!」と感動的な音頭を取ろうとした瞬間、「お食事お決まりですか~」と店員が狙いすましたかのように現れた。

僕はタメにタメた「それじゃっ・・・」の後、「決まった人はどんどん頼んじゃって!」と続け、注文を取ることに情熱を傾ける気味の悪い座長になってしまった。

その後のカラオケでは僕が熱唱しているタイミングで「残り時間10分です」とインターホンが鳴る。それもサビに入る前の絶妙なタイミングで来る。

気を取り直して2番のサビをキメようとしたらドアが開いて「先に上がりますね。今回はありがとうございました!」とスタッフさんが挨拶に現れる。「あ、こちらこそありがとうございました〜」と返している間に、曲は終わる。そして打ち上げも終わる。


なんかもう、僕はずっとこんな感じだ。

どうやら僕は、お膳立てが出来上がっていればいるほど、それに反比例してキメられなくなる運命にあるようだ。


もし今後、僕が何かの間違いで武道館ライブを開いたら、きっと開幕と同時に東京大停電が起きるだろう。

湘北vs山王戦に出たら、僕が残りタイム1秒でシュートを決めようとしたところで花道がいきなり左手を添えながら殴りつけてくるだろうし、天空の城に行っても、ドーラおばさんにもらったバズーカ砲が不具合を起こし、カチカチとトリガーを引き続けながら「あっれ~?」と言ってる間にシータが一人でバルスすることになるのだ。


そんな僕が、晴れやかな土曜の朝、陽の光を浴びながらゆったりコーヒーを飲む。

こんなお膳立てをされてしまったのなら、むせるのは当然だ。僕がキメたくても、気管がそうはさせまいと抗ったのだ。


今後も、僕がカッコつけようとするたびにそんな『運命の調整』が入るんだろう。

天にすら嫉妬される存在ってことさ。まったくつらいぜ。


ここでMacBookが「電源がなくなりそうです」とポップアップを出してきた。
本当に僕は、こんな感じなんだ。もうすごいわ。

サポートされると嬉しさのあまり右腕に封印されし古代の龍が目覚めそうになるので、いただいたサポートで封印のための包帯を購入します。