今日の日記 原子力発電の認知

今日は、英語の授業で原子力発電の問題点を連ねた英文を読んだ。
北大の入試問題の、抜粋と改定がされているやつ。

文章自体は、2012年に書かれたものだった(と、明らかに思われるような内容だった)。
ちょうど2011年、日本で福島第一原発の事故があったことを受けて、…もしそうでなくても何かしら影響を受けて書かれたんじゃないかなと推察できるような文章である。

テキトーに、段落メモを書いておく。

1.再生可能エネルギーを探さねばならないのは、化石燃料も、非化石燃料(※原子力くらいしかない)も、資源が限りあるものだからだ。
しかし原子力発電は、「クリーン」なエネルギーだ。CO2を出さない。ならば良いのでは?いや、原子力発電は、化石燃料がもたらす気候変動のせいで起こるあらゆる被害よりずっと深刻な問題があるのだ。
生物にとって有害な廃棄物が出る。
2.そんな廃棄物をどうにか安全にするためには、少なくとも10万年は生き物から遠く離して保管しなければならない。フィンランドは現在(2012)、オンカロと呼ばれる地下倉庫を作って、廃棄物を保管するつもりだ。2020年から廃棄物を運び込み、2120年に閉鎖、10万年間そのままにするつもりである。
3. 10万年間持ちこたえる建物をつくるというのは難しい。現存する建物でそんなに長いこと保存された建物はない。それに、10万年後までの人類に、この建物をどう説明すればいいのか。
4.採掘は非常に危険だから、「危険です、入らないでください」などと警告を書くのがいいだろうか?だがしかし、何の言語を使えば良いのか?102012年に、言語そのものが無くなっているかもしれない。それなら絵を描くのがよいか?果たして伝わるのだろうか。
5.いっそのこと、何も書かないでおくのはどうか。「危険です」と書いてあったら、人間の好奇心を刺激してしまうかもしれない。ピラミッドについて、それは誰かが開けるために作られたものではなかったが、人間は開けて中を探検してしまった。同じように、本来オンカロが開けるためのものではなくとも、人間はその好奇心から開けたいと思うだろう。だが、ピラミッドを開けるのはまだしも、オンカロを開けたらその被害は尋常ではない。今、このオンカロを将来に向けてどうするかしっかり考えなければ、将来、実際にオンカロに施した処置は正しいものだったのかどうか、判断できる人間がいなくなってしまうだろう。


5.は最後の文章が遠回しで好きだったので実質和訳にした。ま、"過去の人類、オンカロを秘密にしといてくれたお陰で人類滅びなかったよ、ありがとう!!"って思ってくれる人類が未来にいなくなる─人類滅亡─ということでした。


この長ったらしい段落メモを読んでくださったとしたら、ありがとうございます。
どうでしょう、「あ、知ってるなー」って内容、多かったのではないでしょうか。化石燃料と同じ危険度では全然無いよとか、廃棄物がめちゃくちゃ処理に困るんだよとか。そういえばこないだトリチウムくんなんて謎のゆるキャラ作ってましたし、かなり汚染水の知名度なんかが、私みたいな学生の世代でも高いんじゃないかなと思います。


…いやなにが感動したって、これ、2012年に北大を受けた先輩方と、今読んでる2021年高3の私は、もしかしたら、原子力発電についての認知度が同じじゃないのかもしれないと思ったこと。


2011年3月11日。
その時私は小学校1年生。我が家はNHKしか大体見ないのだが、ニュースはさっぱりわからないので真面目に見ていなかった。それでも、家が流される、避難所生活、苦しい人々のインタビュー……なんかは見た覚えがあるし、福島第一原発のある沿岸の上空からの映像も沢山見た。

2012年2月から3月にかけての受験シーズンに、きっとこの英文は出題されたのだろうなと思う。その1年間の間で、福島第一原発についてどのくらいのことが判明しどのくらいのことが報道されたのか、ニュースに興味がなかったし放射線なんて言葉を微塵も知らなかった私は知らない。フクシマ50の映画を見る限りだと、なかなか情報が停滞していたんじゃないかなとも思う。

フクシマ50の映画の中で、事故で暴走した原発を眺めてふと、子供の頃の社会科見学のときにガイドのお姉さんから「原子力発電は、『クリーン』で『安全』なエネルギーなんですよ~!」と紹介され、目を輝かせて展示品を眺めていた自分を、そしてその憧れを抱いて福島原子力の会社に勤めることになって、新人として弾けんばかりの笑顔で挨拶をする自分を回想する人のシーンがある。いやあのシーンほんと泣きそうだった。
じゃなくて。
こういう描写からの憶測だと、2011年3月11日まで、原子力発電は、次世代の、あらゆる化石燃料の問題を解決しうる素晴らしいエネルギーなのだと賞賛されていたことも…あったのではないか。

事故が起こったあとは、人員的、技術的…な問題でなかなか解決出来ないで、何が起こったか、これからどうする予定か、などという情報は上層部、中心部に伝わらず、それで当然のように一般市民にまできちんと情報が届かなかったのではないかと思う。ただ"事故が起きた"という事実が、漠然と人々の心に、「原発は完璧なエネルギーじゃなかったんだ」「危険だったんだ」というイメージを残したのだと思う。



そんなわけで、原子力発電について、1年間だけでわかったことは少なかったと思う。
事故が起こって、福島第一原発の事故は何だったのかみたいな情報が載った本がたくさん出るようになってから、父はずっと福島第一原発のことを新書をたくさん借りて色々調べていた。単純に興味があったようだ。

中学生くらいだったか、福島第一原発の事故の内容を聞いてみたが、「なんかよく分かってないことも多いみたいだね」と言っていたのが印象に残っている。一通り説明はしてくれたが、この事故のこういうところは分かってないとか、どうにかなったけどなんでどうにかなったかわからないとか、とにかくわからないことが多かった。

フクシマ50を見た時も隣で色々解説してくれたが、その時も、「実際こうなったらしいけど、どうしてこうなったかよく分かっていないんだって」という箇所がいくつかあった。


そんな状態だ。
1年間で、2012年の受験生が、原子力発電についてそんなによく知れていただろうか?

そんなことなかったんじゃないかなと思う。

だからこそ、北大もそういうトピックの話を出したんじゃなかろうか。実は廃棄物が非常に問題なのだということ。放射性物質の半減期を考えると、人体に害がない程度になるまで途方もない時間がかかること。実際、フィンランドで地下施設がつくられたこと。

受験生にとって、目新しい情報がたくさんあったと思う。


それなのに、2021年の私はどうだ。
フィンランドで地下施設が出来ていたのは知らなかったのだが、それ以外の基礎知識はほとんど全て知っていた。だから、実際の試験問題の抜粋とはいえ非常に簡単に解けたのだ。
今の私にとって簡単でも、その当時、2012年の受験生にとっては、そうじゃなかったのかもしれない。


放射性物質。放射能。原子力発電。
非常に専門的なことだ。
恐らく、事故などなければ、私だって教科書程度の知識しか持っていなかったと思う。

でも、事故を受けて、私は今、原子力発電について基本的なことなら知っている。

基本的にはテレビを通して。
日本中、世界中の人間が、福島第一原発について考え、発信し続けた結果だ。
今、私に、ここまで知識がある。
それに、なんとも言えず感動した。

二度と同じ事故を起こさないように。そんな発信側の強い意志を感じた。危険性を知らしめよう、と、努力してきてくれたことが、今の私の原子力発電の知識量から感ぜられる。



と、そんなことを思った日だった。

災害大国、ニッポン。
比較的似たような人々の集まった国、ニッポン。

情報を発信し、受け取り、解釈し、この先もずっと、迫り来る災害と被害に備え、必要な情報を共有して、強く生き残ってゆきたい。

原発の再稼動については……あの話はあの後どうなったか、私は今この段落を書いた瞬間まですっかり忘れていたので調べてすらないが、どうなったのだろうか。過去の教訓を生かしてゆきたい。




この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?