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輪ゴムの君

バチン、と音がしたと同時に、指先にちいさな衝撃が走る。
砂糖の袋を閉じようと捻っていた輪ゴムが切れた。
あぁ、切れたか。
そんな時、決まってぼんやり浮かぶ人がいる。

彼は輪ゴムを持っていなかった。
買い置きがなくなったとかではない。
彼の家には輪ゴムがなかった。
「輪ゴムは劣化するから。」

劣化したものを直すことを生業としている人だったから、自然な感覚だろう。
では彼は輪ゴムの代わりに何を使って食べかけのポテトチップスの袋を留めていたのか。
洗濯バサミだっただろうか。
あるいは何も使わず二、三度口を折り曲げているだけだったか。
そこの記憶もまた、ぼんやりとしている。

それから二十年近くが過ぎたというのに、輪ゴムが切れるたび、彼のことを思い出す。
と同時に、なんだか申し訳ないような心持ちになる。
もちろん、ほかにも思い出すことはある。
けれど、あの、まだいけるんじゃないかと伸ばした瞬間、唐突にこと切れたちいさな傷みと失望感。

そんな輪っかが、今もどこかでぐるぐる回っているからだろうか。






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