ロボアフター第02巻文字あり版2

【クロノトリガー創作】ロボアフター第02巻

クロノ救出編

「ロビン!
 ソチラにルッカはいませんか!」
「こっちもいないよ!
 ねーちゃん出ておいでー!」
2人はルッカコーポレーション内部に歩みを進めたが、見るも無惨な光景が広がっていた。
部屋の鉄格子や扉は全て猛獣が噛みちぎったように破壊されていた。
ルッカの研究所は監獄どころか、廃墟となっていた。
脳裏に嫌な予感が走る。

ロボとロビンは余計な思考を止め、施設を走り回った。
上へ上へと探し回り、2人は最上階にあるガラス張りの部屋に辿り着いた。
外周が見渡せるその部屋は管制塔に見えた。
ここにもルッカはいない…
「…?あれ何だろ」
ロビンの視線の先に赤い球体があった。
近づくに連れ、球の周りの空気が歪んでいる事に気づく。
「…!」
それは赤いタイムゲートだった。

ロボが見た事あるゲートはすべて黒色だったが、目の前のゲートは赤く、渦を巻いていてた。
「これ、姉ちゃんの日記で見たことある。
 タイムゲートって言うんだよね。」
「ええ。ゲートには違いないデスガ…」
赤いゲート…
どこかで見たような…
それにラヴォスがいなくなった今、ゲートは無くなったのでは…
「ルッカ姉ちゃんがいるとしたら…
 この中?」
「ドウデショウ…」

スッ…
ロボが赤いゲートに近づいた瞬間、赤いゲートは膨張して部屋ごと2人を飲み込んだ!
「え…?あ…ロボ!!」
「ナッ…!?」
ロビンの体が宙に浮き、赤いゲートの中に吸い込まれる。
「ロビン!つかまってクダサイ!!」
ガシッ!
ロボは何とかロビンの足を掴み、胸元に抱き寄せた。
状況を飲み込もうとす間も無く吸い込まれていった。
「コレは一体…」
ゲートが閉じ景色がブラックアウトすると、そこはもう別の世界だった。

ロボアフター第02巻文字あり版


ロボがたどり着いたのは夜の森だった。
「ウ…」

周囲は葉の揺れる音しかせず、強く掴んでいたはずのロビンがいなかった。
「はぐれてしまいマシタカ…」
森の隙間からガルディア城が見えたが、研究所は無かった。
つまりまだワタシを作られてない時代。今なら歩いてても捕まらないはず…
ロボはそう判断して近くのトルース村へ降りる事にした。


…移動しながらロボは考える。
赤いゲートは何故この時代に送ったのか。
以前ルッカがフィオナの森で赤いゲートへ潜った時は幼少時代に遡った。
もう一度過去を変えたいと…
ルッカが願った…?

ピーッ。
 ピーッ。

聴き慣れないその音はロボ自身から鳴っていた。
「この音は確か…」
!!
硝煙反応…それも大量の火薬の…
トルース村は煙で充満していた。
…!
ロボは全速力で森を抜け、村に出た。

町の人々は大声を上げ…
祭りを楽しんでいた。
「……ア!」
フィナーレの花火は終えたようで、後片付けをしつつも未だ村は歓喜に包まれている。
間違いない。
「1000年に戻ってきた…!?」


ということは…あの広場に今行けば…

ロボは一瞬躊躇した。
現代のルッカに会ってしまったら…
そしてなにより。
未来のルッカに会ったとして
何と言葉をかけたらいいのか。
ロボは答えを出せなかった。

「あれ、ロボじゃねーか!?」
その声はルッカの父、タバンだった。
酒を片手に作業をしていた。
「なぁ〜ロボよう。
 ネネも誰も信じちゃくれねーんだ。
 聞いてくれよ。」
「アノ…ハイ。何なりと」
「さっきな
 ルッカが2人いたんだよ。
 ただ片方のルッカは手を引かれて歩いててよまるで…」

それを聞いたロボは固まった。
もし未来のルッカが現代のルッカに会ったとしたら?

何をしようとするか。
予測すればするほど悪い予感しかしなかった。
「その場所を教えてクダサイ!!
 ルッカの場所を!」
「おう!?信じてくれるかロボ!
 ルッカはあの広場にいったぜ。
 俺も片付け終わったら会いに行…」
ロボは広場に駆け出した。

ルッカ、早まってはいけマセン。

ワタシがルッカなら…

まず現代のシルバードを借りて未来のクロノとマールを助けに行くでしょう。

なんとしてでも。

ただ、少しでも話が拗れれば…

ルッカは手段を選ばないデショウ。

極限状態にある人間は破滅に向かう。

ロボは身をもって知っていた。

広場には4人の人がいた。
現代のクロノとマール、ルッカ
そして未来のルッカ。

マールは顔面蒼白で立っていた。
クロノとルッカの視線の先に未来のルッカが転送装置にもたれていた。
ひび割れた眼鏡の奥の目は虚ろで、視力は戻ってないように見えた。

「死んじゃったんだね…
 私とクロノ…」

未来のルッカは全てを3人に話した。
ロボをこの手で作ろうとしたこと。
クロノとマールの想いに甘え、
膨大な国家予算を注ぎ込んだこと。
巨額の売値に誘われロボを売り。
軍事兵器に作り替えられたこと。
その結果、散った命があったこと。
謀られた裁判の有罪判決。
挙句の幽閉。
ルッカは語り終えると、顔を見えない空へ仰いだ。

マールは未来のルッカに近づくと、ギュッと強く抱きしめた。
抱きしめられたルッカが表情を変えない。
マールは涙をとめられなかった。
いつだって不可能を可能にしてきたあのルッカが。
あんな強かったルッカが傷つき、動くこともできない。
その佇まいは見るに堪えなかった。

ルッカは目が見えないにもかかわらず、遠い記憶に眠っていた死の山の山頂で、一度死んだクロノが生き返った瞬間を鮮明に思い出していた。
マールはあの時も戻ってきたクロノに抱きついてた。
その時の光景が見えた。
あの時の私は抱き合う2人を立って見ていることしか出来なかった。
何でいつも小さい頃から一緒だったクロノが戻ってきてくれたのに、抱きついたのは私じゃなかったんだろう。
そしてそれを後ろでロボがそんな私を見ていた。

ルッカはそんな記憶を遡って泣いていた。なんでこんな時に思い出すんだろう。
マールはまだ離してくれなかった。
だからまた泣くしかなかった。

マールは何度も大丈夫、とあやすように囁いた。私からようやく離れた頃には横にクロノの気配を感じた。
マールは、クロノ。と声をかけるとクロノもいつものように頷く。
ようやく辿り着いた。ここまで。
安心しきったとたん、体がバラバラになりそうだった。でもようやく叶うんだ。

一言も喋らず見ていた現代のルッカが、誰もが予想しない言葉を口にした。
「シルバードは…貸さない。」
「えっ!?」
予想だにしない拒絶に、全員が言葉を失った。
「な…んで…」
もたれ掛かった未来のルッカは現実に引き戻され、視点は合わずともルッカの方向を見たまま動揺を隠せなかった。
「アナタの身に降り掛かった困難やどうにもできなかった悔しい気持ち…
 葛藤は計り知れない。
 失ったものをどうにか取り戻したい気持ちも分かってるつもり。」
ルッカは丁寧に言葉を選び答える。
「私達がまた集まって、その世界に助けに行けばクロノとマールは助けることはできるかもしれない。」

ルッカは、次の言葉を出すのを少し躊躇するように口を結んだ。
それでも伝えた。

「ロボを軍事兵器にしたその世界で、アナタはロボを救えるの?」

一回り若い自分から投げられた問いかけに、何も言い返せなかった。
そうだ。
私はロボを兵器にしてしまったんだ。
何も見えないはずの自身の手は血まみれに見えた。
兵器にしたのはC国なのよ!とか、私がやったんじゃない!とか
そんなの詭弁以外何でもない。
分かっていた。
分かってる。
だから口から言葉は出なかった。
事実、未来はロボの形をした兵器がガルディア国を侵略しようとしている。
事実なのだ。

「…でもねルッカ。」
その横顔は優しく、真っ直ぐ未来のルッカを見つめていた。

「アナタは確かに取り返しのつかないことをしたわ。
 未来のロボは別のものになっちゃった。
 でもね、未来のクロノとマールは難民を救うために危険を承知で信念を貫いたわ。」

生きて帰ってくるという約束は果たされなかったけれど、助けた命もあった。あったんだ。

「今のアナタができることがある!
 やるべき事がまだ残されてる!
 決してそれは、過去から未来を変えることだけではないはずよ」

クロノは目の見えないルッカに近づき、こう言葉をかけた。
「もう一度考えよう。
 ルッカとロボの未来を…」
クロノはルッカの涙を拭った。

「だめなのよ…」

「もう、こうするしか」
ルッカはクロノの腕を掴んで後ろにまわり、鞄から銃を出した。
ロボは思わず飛び出した。
「ダメデス!ルッカ!!」

「ロボ!?」
ロボは銃を持ったルッカの手を掴む。
「来てくれたのねロボ、ありがとう。
 もうすぐアナタを救いに行くわ。
 ロボもクロノもみんな。
 全部元に戻すのよ」
「ルッカ…」
「ルッカ、アナタの気持ちはすごく嬉しいデス。
 アナタは何もかも投げうってワタシを作ろうとしてくれた。
 これ以上ない喜びデス。」
「ただ…ルッカのやりたい事はこれではないです。
 きっとそれは違いマス。」

「やりたい事…?
 違う…?
 違ってもいいの…
 ただクロノを救いたいの…」
流された涙が痩けた頬を伝って落ちた。

だがもう限界だった。
「うるさーーーーーい!!」
マールは我慢の限界だった。
「ルッカ!
 未来のルッカにそこまで言わなくていいでしょ!」
「未来のルッカもルッカだよ!
 言われてばかりじゃダメ!」
一気に捲し立てるマールにそこにいた全員があっけに取られた。
鼻息をフン!と吹くと、マールは未来のルッカに寄り添いしゃがんだ。
「その時ルッカはさ、自分がロボを作る事で未来にロボを残そうとしたのよね。」
「…」
「ならそう言えばいいの。そのためにルッカはきっと何度も悩んで答えを出して、最善の選択をしてきたはずよ」

けれど、悩んで選びぬいた答えの結末は悲しいものになった。

「でも私はあなたを責めたりなんかしない。
 自分をずっと責めてはダメ。
 今のアナタにまだできることがあるからよ。」
「…」
「あとクロノ!!
 その気になればすぐルッカの手なんか振りほどけるでしょ!なんでずっと捕まったままなのよ!」
「ええっ!?トー…その、ルッカ…の?
 気のすむまでさせてあげたいと思っ…て?」
クロノは何故か言葉がぶつ切りになり目をそらした。
「ちがうでしょ…」
マールは少し声のトーンを落とし下を向いた。
「ルッカが抱きついてるから…その…
 おっぱい当たってるからでしょ!」

ギクゥーーー!
クロノは否定せず黙った。
図星だった。

「いやいや違っ、んなことはない!
 いや違うことはないけーど…」
未来のルッカはクロノを押さえていた手を離し、バッと胸を隠しつつ離れた。
マールはまだ臨戦態勢だったが、どこからともなくとても低い声が聞こえた。
「大丈夫よルッカ…」
現代のルッカがなだめるように言う。
「大丈夫よ。そのルッカが未来の私なら…
 間違いなくそれは…」


「ダメデスルッカ!それ以上は!」
ロボ必死のフォロー虚しく、ルッカは続けた。

「パット入ってるわ…間違いない…
 だって私19だし…
 もうこれ以上はもう大きく…」
…ルッカの頬を一筋の涙がスーッと落ちた。

「おっとオイルでアイセンサーがかすんで…」
あまりの沈黙にロボは余計な一言を入れた。

…プッ。

未来のルッカは笑うのを堪えられなかった。
その笑いにつられ、目の前のルッカも吹き出した。
マールも、クロノと目を合わせみんなで大声で笑っていた。
何故か笑うのをやめられなかった。


緊張の糸が切れ、表情は緩み空気が弛緩する。
あの頃のようにみんなに笑顔が戻っていた。

クロノたちは落ち着きを取り戻し、マールが率先して話を進める。
「未来のクロノと私を助けに行くためにやることを整理しましょう。
 まず1005年に移動して、
 シルバードが撃ち落とされる前に救って、
 逃げてる人たちも助ける!
 これでバッチリ!」

「ちょっと待って。」
現代のルッカが割って入る。
「一言シルバードを救うって、具体的にはどう救うの?」
「それは撃たれる前に…」
「撃つの?」
「あ…」
マールは何も言い返せなかった。
ルッカはフォローするように言葉を付け加えた。
「そうよね。
 まず1つに現代のシルバードは武装してないわ。難民を救うため囮になっているシルバードの囮となって無傷で救うには何か手を考えないといけない。
 じゃあ単純に武装して行けばいいかというとそうでもない。
 武力行使に対してこちらも攻撃し返せば戦争になる。
 1つの行動で別の時代で戦争が起こるかもしれないの。決して戦争の引き金になるようなことはしちゃいけない。
 相手はラヴォスのような世界崩壊を企む悪じゃない。時代によってはガルディアと国交のある国よ。
 そんな相手に別の時代の人間が安易に危害を加えてはダメだと思うの。」
マールはこれまでの戦いとは違う事を初めて理解した。
黙ってうつむき唇を噛む。
「…じゃあどうすれば…」
ルッカは優しく諭すように話を続ける。
「逸る気持ちは分かってるわ。
 ただ現代のシルバードの準備だけでも山ほどある。
 それに…
 未来の私が決めなきゃいけない事もあるわ。」
未来のルッカは声をかけられ、顔を上げる。分かっている、という確信を持った面持ちだった。
「未来をどう変えたいのか。
 そうよね。」
1010年のルッカは真っ直ぐな瞳でそう答えた。
それを見てルッカは安心した。
「…そうね。
 その2つを整理してからじゃないとシルバードは出せないわ。」

その日から救出に向け、昼夜問わずルッカの家の前でシルバードの整備が始められた。
「危害を加えず囮を守りきるには、相手の攻撃を止める…もしくは攻撃の精度を下げる。
 あと他に手があるとしたら…
 んー…」
「回避に特化したらどうかしら?
 装甲の強度を維持しつつ軽い材質に張り替えるの。速度も維持できるわ。」
ルッカ2人は入る隙間もなく話をし続ける。
「煙幕…目くらましはどうかしら?」
「そういえば昔クロノと作った煙玉のレシピがどこかにあったような…」
「それなら、私の部屋の本棚の下の箱にメモがあるわ。
 取ってきてちょうだい。」
「この時代じゃ私の部屋よ。でもってアナタ目が見えないのをいい事にアレコレ言うわね。」
「しょうがないでしょ見えないんだから。
 分担分業。
 その方が効率的だと思わない?」
2人は口やかましく議論していた。
現代のルッカと父は、未来のルッカの指示に沿ってシルバードの内部を改造する。
クロノとロボは力仕事、マールは応援。
そしてロビンは…
「ロビィィィーーン!!
 んあァー子供の匂いいいわぁぁぁすぅぅぅぅぅー」
この時代まだ生まれてないロビンはルッカの母ララに抱きつかれ、懐かれていた。
「ボクもシルバード触りたいのに…」
とは言いつつも、ロビンは足の不自由なララのサポートは楽しそうだった。
日に日にシルバードは装甲を厚くし、翼の姿を変えていった。

「今のシルバードは100年刻みでしか時間移動ができないのよ…
 どうすれば1005年に行けるかしら。」
「簡単よ。そもそも100年刻みのパラメータはソフトウェア上の制限であってハードウェア的には対応してるわ。つまりファームとハードは既存のままで行ける。あとは」
「ハードウェイ↑?ソフウェイ↑?
………つまり……それは…?」
話の途中で未来のルッカが先生役、現代のルッカが生徒の形となった。
ルッカ先生がサラッと説明するが、生徒のルッカはなかなか理解できない。
分からないとハッキリ言いたくはなかったが、知らないことを学ぶことは嫌いじゃなかった。
そんな2人をよそにロビンがシルバードの内部を見ながら話す。
「へえ…こうしてみると元々シルバードのソフトはおおざっぱな作りだったんだね。1010年のシルバードのソフトってルッカ姉ちゃんが改造したの?」
「もちろん。私お手製のを載せてる。日付も時間も設定できたのよ」
「すっごいわねー…でもアナタ目が見えないから作りようが…どうしようかしらね。」
「できるわよ。」
未来のルッカはあっさりと答え、
「だね。」
ロビンが座席からひょこっと顔を出す。
「よーしじゃあ僕が「ロビン。ルッカに作り方教えてあげて。」

「えぇー!?僕ならそらでソースコード覚えてるからそれで」
「教えるのも勉強よ。納期は1週間。ハイ始め。」
「んもおおおおお!姉ちゃん嫌い!ルッカ、スパルタで行くからついてきてね!」
「私に選択肢ないのね…」
「ロビンはあなたの半分くらいの年だけど、私が幽閉されるまで助手を務めた優秀な子…メカニック兼プログラマーよ。」
「スゴイデスネロビン!」
「すごいでしょ!」
「このルッカがべた褒めなんてすごいわね。今何歳なの?」
「9歳!すごいでしょ!」
「へー、10の18乗は?」
「エクサ。じゃあ15乗は?
 ヒントはルッカの胸ー。」
「殴るわよ。」
「さすが!ルッカ姉ちゃんは昔から頭良かったんだね。シルバードのソフトは3日で作れるようにしたげる!まずは既存のソフトの吸い上げから!」
現代のルッカとロビンはわーギャー言いつつ2人家に入っていった。
「フフ、ホントの兄弟みたい。」
そんなルッカ達とロビンをロボは傍から眺めていた。
「イイデスネ。家族は」
「あら。」
その声がする方にルッカは手をのばし、ロボに触れる。そのままロボの顔に両手を添えた。
「ロボも家族よ。いつでも入ってきていいんだから。」
そのままルッカはロボのボディに手を伝わせてスッと抱きしめる。
「あ、や、ソノ、」
「あらーロボモテモテじゃない。」
マールがニヤつきながら冷やかす。
「ル、ルッカのお母様と散歩シテキマス!!」
ロボはパッと離れると駆け出し、少し離れたところで立ち止まり、ボディを開けて放熱すると、また駆け出した。
「…ロボは奥手ね。まあそこがいいんだけど」
「ロボに色じかけしてどうすんのよ…」
マールは少し呆れたような様子で未来のルッカを見ていた。
「……手を伸ばせばよかったのね。」
誰に言うでもなく、ルッカがそう言ったのが聞こえた。
それは不慣れな色じかけじゃなかった。
ルッカは確かめていた。
死の山で一度死んだクロノがこの世に戻ってきた時、クロノに手を伸ばして抱きつく事ができたマールにその言葉の意味は分からない。
いつもルッカは手を伸ばせなかった。
マールとクロノの結婚式前夜、ルッカの部屋から出て行くクロノにも。
難民を助けに行ったマールとクロノにも。
もう何もなくさない。
この手から離れてしまったものは取り戻しに行く。
もうすぐこのシルバードでクロノを助けにあの日の空に旅立つんだ。


夜の帳が落ちても、シルバードにはランプが照らされ作業が続いていた。
機内ではロビンが操縦桿を改造していた。
そこにコツコツ杖をつきながら誰かが近づく。
「そこにいるのはロビンかしら。」
ロビンが顔をひょこっと出すと、そこには未来のルッカがいた。
「危ないよ姉ちゃん!」
ロビンが降りると、ルッカを家の中に連れようとした。
「大丈夫。目が見えないのも慣れてきたから。
 私をシルバードにのせてもらえる?」
ロビンは聞こえないようにため息をつきながら、ルッカの手を引いてシルバードの後ろに載せた。
ロビンは操縦席に座り作業を続ける。
「どう?昔の私が作るソフトウェアは」
「やっぱり姉ちゃんは姉ちゃんだね。飲み込み早いから年数と日付を絶対指定できるソフトももうすぐできそうだよ。」
「すごいわねえ。一昨日から始めたのにもうできるなんて」
「昨日にはできてたんだけどね。1010年のシルバードのタイムリープは秒数の指定まではできなかったって教えたらさ、設計図から作り変えるって言ってまた最初から作ってたよ。私は私を超える!とかなんとか」
「あー昔の私なら言うわ。若いわねぇ。」

「…ばばくさ。」
ドンッ!
「蹴るわよ。」
「シート蹴らないの!まだ作業してんだから。」

「…何をしてるのロビンは」
そう聞くと、ロビンの得意げな笑顔になっているのが分かった。
「ひっみつ♪」
「あのね。私ホント見えないんだから完成したら教えてよ?」
「いいよ。できたらねー」

ルッカの家の周りは海に囲まれ、遠くから波の音が聞こえてくる。
「懐かしいわね。波の音なんて」
「姉ちゃんの研究所じゃ聞こえないもんね」

「…いっぱい教わりたかったんだ。姉ちゃんから。」

「じいちゃんとばあちゃん亡くなってからね、独りでロボ作ってたんだ。
 僕がロボを作って、閉じ込められた姉ちゃんを助けに行くんだって決めて…
 でもうまくいかなくてね、
 寂しくてね。
 …いつも姉ちゃんのとこに行ってね。」

「…うん。」

「でも研究所開かなかった。
 いつも開かないの分かってたけどいつも行ったんだよ。いつも」

「…うん」

「…」

「なんで…

 ロボは入れて…
 僕は入れてくれなかったの…」

ロビンの声は震えてる。
怖くて今日まで聞けなかった質問だったんだろう。
ルッカは日記を読み返すように思い出す。

「…
 牢屋に改築された研究所は早い内にクラックできたから、扉の開閉は私の意思でできたわ。
 でも…私が出ることはできなかった。
 まだ誰も救えてなかったもの。」

「…」

「…なのにロビンに会っちゃったら、私絶対弱いお姉ちゃんになる。もうずっと、ずっと泣いて泣いて離さないと思う。」

「…」

「だから、私はロビンに会って泣くよりクロノを救うことを毎日考えた。」

「そしてタイムマシンとロボを作りだしたの。」

「でも」

「…」

「なにもできなかった…
 元通りにならなかったわ。
 時間移動ができない転送装置作っても、いつまでも元通りにならないロボと一緒にいても、なにもできなかった。」

「あぁ今日もだめだと思ったら、ある日研究所にロボがやってきたの。」

「私が未来で直したあのロボが戻ってきてくれた。」

「だから向かい入れてしまったの。1度目は軍の人に連れてかれる前に逃げちゃったけど、2度目はロボとロビンが一緒に来てくれた。」

「私は…
 その直前に会いたい気持ちと会っちゃいけないと思う気持ちで迷ったわ。」

「…」

「そして研究所の奥でどうしようか迷って決めることができなかった私は何か強い力に引っ張られた。」

「ゲートか何かに吸い込まれたらなぜか懐かしい感じになって、フッと気づいたらここに着いてて…
 ルッカが私を強引に介抱してくれたわ。
 千年祭の終わりは風船で夜空に飛んでるクロノとマールを下で見ながら泣いてたのに…
 ホント、私らしい。」

「…」

「絶対にロビンだけは失いたくなかったの。」

「…うん」

「すべてを元通りにするにはタイムリープしなきゃいけない。
 ただタイムリープは…
 時に意思を持ったように全てを飲み込んでしまうわ。
 大事な人の命も。」

「…」

「私は身を持って知ったわ。
 だから命より大事なロビンだけはタイムリープさせてはいけないと思ったの。
 でも…それがロビンを寂しくさせたのね。
 …ごめんね。
 …こんなお姉ちゃんで。」

「…」

ロビンは鼻をすすって、うまく喋れない。

「ね…ちゃん…
 そっち行っていい…?」

ルッカは少しだけ笑った。

少しはにかんだ顔をしながら笑うルッカを、ロビンは幾年ぶりに見た。

「当たり前じゃない。おいで。」

ルッカは両手を広げて迎える。

胸に抱いたロビンは小さく。

鼻をすんすんさせては私を呼び続けた。

ああ、この頭皮の薫る匂い。
胸いっぱいに吸い込んだ。
身体は節々が骨ばってきたけど、まだ腕に収まるほど小さかった。
ああ、目がチカチカする。
目から涙が流れていた。
「…もうすこしだからね。」
頭をなでるのをいつもいやがるロビンも、今日はくっつくだけで何も言わなかった。
私もその柔らかな髪に埋もれていたかった。
今日だけはこのままでいいよね。
明日からはまた強くなるから。

ねえ……。

そしてその日はやってきた。
忘れることのないこの日を。

「遂に…」

「やっと…」

「うん…」

シルバードが…
ついに完成した!
その姿は原型を忘れるほどパーツを増やしていた。
側面には煙幕の射出口が並び、両翼にはペイント弾を撃つ少銃がつけられ、装甲は回避と防御を兼ね備えたチタン合金に換えた。何度も熱し、精錬を重ねた金属は前と比べ物にならない装甲だ。
近くで眺めても戦闘機にしか見えなかった。
「これなら遠目からも脅威として映るはず。囮として機能するわ。」
ルッカも満足そうな声を上げる。
「ペタルッカ姉ちゃんのソフトも載ってるから完璧だね!」
その言葉にルッカが頭を殴ろうとするとロビンがひょいと避ける。それを追いかける。もはやおなじみの光景になっていた。
「できた…のね…」
指示しかしてなかった未来のルッカは結局最後まで目が回復しなかった。
完成したという実感はなかったが、思いつく限りの装備を作ってもらった。
だから行けるはず。
喜び労い合うみんなへ、未来のルッカが体を向かい合わせて前に立つ。
「みんな…
 ありがとう。」
そう言って、深々とおじぎをした。
「…なによいきなり。
 しおらしくなっちゃって…」
それでもルッカは頭を上げなかった。
「姉ちゃん…」
その理由を誰も問うことはしなかった。
しんみりとした空気を取り繕うようにマールが問いかける。
「そういえばさ、未来のルッカは決めたの?
 1005年でクロノを助けたら未来で何をするのか。」

ルッカは顔を上げて真っ直ぐ皆を見た。
その目に涙は無い。
「2つ決めたの。
 まずクロノとマールを救えた場合…
 2人を救えたとしても、あの時代でロボは兵器として生きてるわ。」
ロボは何も言わず、ただルッカを見ていた。
「だからそれを終わりにする。ガルディア国内のお手伝いロボは回収。C国に輸出した分は売値以上の金額で買い取って回収する。」
「…ルッカ。
 本当にそれでいいの?それだと未来にロボは」
「いいの。」
未来のルッカはそう問われることをわかった上で話を続けた。
「大丈夫!私がその気になれば国まるごと買っちゃうほど稼ぐわよ!」
「…」
ルッカの言葉には濁りはなかった。
「それはロボを救うことになるのかしら?」
ルッカは未来のルッカの答えに納得いかなかった。
「ロボはラヴォスのいた世界では兵器として存在してた。私のワガママでそんな未来に戻してはいけないの。」
「…」
「一生かかっても全部回収し続けるわ。 みんな集めたら、またロボを作り直そうと思う。
 また1から…人を傷つけないロボをね。」
皆はそれ以上確認することをやめた。
「次に…クロノとマールを救えなかった時。」
ルッカは言葉を絞り出すように口にする。
「きっと…そうなったらきっと未来は変わらない。旧王国派が新王国として立ち上がって私は逮捕されるわ。」
「…」
「ガルディア王国がもしロボを兵器として製造し始めたらもう戦争は止められない。だから…」
「私はガルディア王国でロボを作らせないようにした後、C国に亡命するわ。」
!!
誰も予想だにしてなかった答えに驚く。
「どういうこと…」
「C国に亡命する目的は?」
理解が追いついてない皆に先駆けルッカが質問する。
「なに簡単よ。改造されちゃったロボのプログラムをずっと動かなくするだけよ。ソースコードももう出来てる。」
ロビンが持つ大量の紙の束。それは未来のルッカが描いた計画を何百枚に渡ってロビンが代筆したものだった。
「ロビンは本当に天才よ。ありがとう。ただ初めての共作がロボを動かなくさせるプログラムだなんて…ね。
 ごめんねロビン、辛いことお願いしちゃって。」
ロビンはその紙袋を両手に抱きかかえたまま、首を振った。
何も口に出さないロビンからは、辛さを噛み締めるようなかなしさが漂っていた。
「…もっと幸せになる方法はないのかな…。」
マールはつぶやいた。
話を聞いていた皆の総意だった。
「私は幸せにつながると思ってるわ。」
「誰より、ロボの幸せに。」

皆の視線がロボに集まる。
「ワタシ…デスカ?」
「前にね、新聞でC国に輸出したロボが兵器に流用されてるのを知った時、私はクロノを通じて国としての抗議しかしなかった。」

「あの時はロボが兵器になる意味をわかってなかった。
 契約金を突き返してでもロボたちを取り戻すべきだった。」

「私はロボを作ることはできなかったけど…ロボの子は救うことはできる。
 誤った道を歩ませてしまった子たちを取り戻しにいくの。」
未来のルッカは言葉に詰まることなく。
うつむくこともなく、先の未来が見えているようだった。
現代のルッカも待ちくたびれたと言わんばかりにため息をつく。
「なら…貸すわ!シルバード。」
「…ってまだその話終わってないまま改造してたの?」
ルッカはマールに諭されながら笑みを浮べた。
 そして平手でパン!と叩く。
「さあ!
 最終チェックよ!!」
現代のルッカが作業に取り掛かる。
「ロビン!チェック項目を上から順に読んでってちょうだい。」
「オーケー!」
テンポよくロビンが項目を読み上げると、ルッカは目で追えないくらいの手さばきで微調整をしながら指差し確認をしてゆく。
余念は一切感じられない。
紆余曲折がありつつも、誰よりも知恵を絞り、未来のルッカの手助けをしていたのは現代のルッカだった。
あっという間に項目を全部読み上げると、現代のルッカはあれ?という顔をした。
「なんか操縦席がグラグラするんだけど」
「…」
すると、ロビンの肩を後ろから未来のルッカがガッと掴んだ。
ロビンは目を細め黙った。出発前にケガをするのだけは嫌だからだ。
「アルェーなんでかしらーん。ちょっとごめんなさァい。」
未来のルッカは後部座席に乗り、席を確認していた。
「こんなん蹴れば直るでしょ。ロビーンドライバーとってきてー。」
「はーい…」
「…まあいいわ。次に操縦席の開閉チェックするわよ」
ルッカは開いた操縦席を一度閉めた。
「はい閉塞オッケー。じゃあ次は閉塞解除おねがいしまーす。んで姉ちゃん、ドライバー持ってきたよ。」
「…」
「…」
シルバードの乗ったままの未来のルッカから返事がなかった。
話し込んでいたマールやロボたちもその様子に気づいた。
「あれ、姉ちゃん…?」
操縦席はオープンしなかった。
それもそのはずだった。
ルッカは開閉ボタンを押してなかった。
未来のルッカは静かに口を開いた。
「ルッカと話し合ったの。」
「助けに行くのは…
 私とルッカだけで行くわ。」


「姉ちゃん!?」
ロビンが叫んだ。
「万が一失敗してしまった時のことを考えたの。
 このシルバードに現代のクロノとマールを乗せて万が一撃ち落とされたら、ガルディア王国は途絶えるわ。未来の王と王妃になる2人は絶対連れていけない。」
「…」
マールは手伝っていた時から分かっていた。
もしシルバードに自分が乗って、失敗したらどうなるんだろう。
過去に中世のリーネ妃の生死が危うくなった時、現代のマールは一度この世から消えてしまった。世界から断絶されたあの冷たさは忘れられなかった。
これは決してやり直しがきかない救出になる。そう感じていた。
「次にロボ。
 ロボも今は存在しなくなった1000年の進化を遂げたテクノロジー。
 この現代から最短で人工知能の開発に繋がる希望の星よ。だからロボも連れていけない。」
「…」
ロボはいくら考えてもかける言葉が見つからなかった。
「ロビン。
 ロビンは私に残された大事な家族だから…連れていけない。これは私の勝手なわがまま。
 だから…2人で行くことに決めたの。」
未来のルッカの説明には一切の淀みがなかった。
その言葉をルッカは口を閉じて聞いていた。
固い決断だった。
「そんなのって…」
ロビンが入り込む余地がない決断だった。
「そんなのって…そんなの勝手すぎるよ…」
それがルッカの愛情だとをロビンは理解していた。だからこそ、そんな言葉しか出てこなかった。
だから泣くしかなかった。
閉じられた窓越しに額を当てながら。
「何としてでも取り戻しに行く。
 そう決めたの。」
ルッカはそう告げた。
雲ひとつない蒼天に、ロビンのすすり泣く声だけが響いた。

マールは黙ってロビンに手を伸ばし、後ろからそっと抱き寄せた。
泣き声が小さくなるまでルッカは待っていた。
そして未来のルッカはなにか思い出し、語りだした。
「あとねロビン。
 あなたが私の研究所の入り口に来てくれるたび、私は中からあなたの声を聞いてたわ。
 いつも。
 いつも…。」
その言葉にロビンはまた瞳を潤めた。
「姉ちゃん…」
窓越しにロビンの温もりを感じ取る。それで未来のルッカは一度全てを断ち切る覚悟ができた。
「全部取り戻せたら…
 また一緒に暮らしましょう。
 行ってきます。ロビン。」
未来のルッカが別れを告げると、操縦席のルッカはスッと手を上げ、ゆっくりエンジンを点火させた。
周りの風が一気に舞い上がると、ロボはマールとロビンを抱き上げて、シルバードから離れた。

ためらう事なくジルバードは空へ浮かび。
時空を超えるため速度を上昇させ。
ルッカは出発した。

「姉ちゃん…」
ロビンはルッカの最後の言葉がはなれなかった。
『行ってきます。ロビン。』
あれはルッカが家を出た日。
もう家に帰ってこなくなった日。
心労に倒れたルッカの父と母を看取った後に待っていたのはロビン1人の家。
地下でひとりぼっち。
その光景がフラッシュバックしたロビンに、別の景色が流れ込んできた。
その景色は1005年。
攻撃を受け、煙を上げるシルバード。
それをかばうように遮る、武装したシルバード。
ロボの形をした兵器たちの銃口が一点に向けられ。
一斉に発射される…!
ああ……!!

ロビンは我慢できなかった。
流れ込んでくる景色を振り切るように走り出し、飛び立ったシルバードの方向に向かった。
だが伸ばした手は届くことはなかった。
「ロビン!!」
クロノとマールとロボがロビンを捕まえるが、それでもロビンは走らずにはいられなかった。
「なんでまたいっちゃうんだよ!
 また一人になるのやだよぉ!
 わあぁぁぁ…」
掴まれた腕を振りほどき、体を持ち上げられたら噛みつき、ただもがき続けた。9歳のロビンにはあまりにも突然過ぎる悲しい別れだった。
シルバードは世界を一周し、タイムリープに必要な速度になって戻ってきた。遥か上空を飛ぶシルバードの機内を見ることはできない。
それでもロビンは、最後までシルバードを見つめた。
シルバードはロビンの立っている真上で閃光を放ち、1005年に向け時空を超えて行ってしまった。
その光はロビンの瞼に強く焼き付けられた。
目をとじても。
瞼に残り続ける。
また目を開いた瞬間、ロビンは周りが真っ暗になっていることに気づいた。
いや違った。
またも、ゲートに。
「また…!」
「ゲート…!?」
突如出現したゲートに、その場の全員が飲み込まれた。
ロボは瞬間的にロビンとマールを両腕で掴み、クロノも宙に浮く前になんとかロボの体にしがみついた。
周りを包んだそのゲートはあっと言う間に現世を消し去り、別の空間へロビンたちをいざなった。

息を切らし、ようやくルッカの父タバンが追いつく。
「…誰も…いねぇ…」
父はその場に倒れ込み、大の字になって上を見上げた。
シルバードも。
残された仲間も。
この青く澄みきった空の向こうに消えていった。


最初に目を覚ましたのはロビンだった。
目を開けるもそこは薄暗く、ここがどこか分からなかった。
起き上がろうとすると自分が抱きかかえられていることに気づいた。
ロビンを支えていたのはロボの腕だった。装甲は傷だらけで、アイライトも灯っていなかった。
そのロボと繋がるようにマールとクロノもいることに気づいた。
もぞもぞと腕の下から抜け出し辺りを見回す。
ここはどこだろう。
外にいるようで、どこか建物の中にいるようにも感じられる。
辺りを見渡すと、古いレンガの壁沿いにぽつりと街灯が灯っているのが見える。ここは…
「時の最果て…!?」
マールが上半身を起こし、戸惑いの表情を浮かべていた。
最果て…
ロビンは小さい頃、ルッカが夜寝る前に絵本代わりにしてくれた話を思い出した。

時には終わりの場所があって、
そこにはずっとずっと前から
おじいちゃんが住んでる。
そのおじいちゃんは、
クロノがやられちゃった時に
不思議な卵で助けてくれた…

「おや?」
その街灯の下には一人佇む老人、ハッシュがいた。
「珍しいお客さんだ…
 と、小さなお客さんも。いらっしゃい。」
ロビンとマール、まだ起きないロボはクロノが抱えてハッシュの近くに集まった。

マールはこれまでの経緯を話した。
「ふむ。」
ハッシュは眠りながらも全部を把握した。
「AD1000のルッカと1010のルッカはここにはきておらん。」
「…良かった…じゃあ時間移動は上手くいったのかしら」
胸を撫で下ろすマールの横で、ロビンはロボの損傷を見ていた。
過去にロボは広大な砂漠を400年もの時間動き続けて森に生き返らせたという。そんなロボが起きないのは一大事だった。

一番の外傷はロボの胴体。
ロボの両腕は自らの脇腹を貫いていた。最初は理解できなかったが、ロボは自分とマールを抱きかかえていたことを思い出す。両腕が決して離れないように胴体に食い込ませた…?
一度そう見えると、脇の空洞はそういう形にしか見えなかった。
「…また助けてもらっちゃったね」
ロビンは傷だらけになったロボに頬を寄せる。
「ロボ…」
物言わぬロボにロビンは両手を広げて抱きついた。

「それにしてもお前さんたち、どうやってそのゲートを見つけたんじゃ?」
「それがさっぱりわからないのよ。気づいたら飲み込まれたというか…」
ハッシュはゲートがある部屋に視線を移した。
「ラヴォスがいなくなってから、時代を繋ぐゲートがひとつ、またひとつと消えていった。
私ももうここに留まり続ける役目はなくなったかと思っていたが…
 また賑やかになりそうじゃな。」
「ありがとうハッシュ。
 ルッカが戻ってくるまでいさせてちょうだい。」
マールはふとロビンに目を向けると、ロボに頬を当てたまま抱きついているのが見えた。
「ロビン、ロボは大丈夫そう?」
心配そうに覗き込むとロビンはロボから素早く離れ、何事もなかったようにキリッと話し出す。
「両腕と胴体はボロボロになってるからひとつずつ直してあげる必要があるね。
ロボ内部のシステムに異常が出るほど壊れてないといいけど…」
腕を組み、指を顎に当てそれらしくロビンが語る。
「フフッ…でもロビンなら直せる?」
「もちろん!」
マールは笑いを堪えつつも、ロビンを褒めた。
2人のルッカに置き去りにされた心の傷は思っている以上に深いと思う。健気な笑顔からそれが痛いほど感じられた。だから今はただロボを直すことに夢中になっていてほしかった。
「おじいちゃーん!
 電動ドライバーある?」
「電動はないが隣の部屋にいるスペッキオに手伝ってもらうといい。
 渋ったら"タダで食う飯はうまいか"って言うといい。」
「うーん?
 分かった!」
ロビンは間髪入れず、スペッキオの部屋の扉をバン!と開ける。
「ただでくうめしはうまいー!」
ヒィ!と扉の向こうから声が聞こえた。
「ロビンは大丈夫…かな?」
マールとクロノは少しだけ胸を撫で下ろす。
あとはルッカ2人が無事に帰ってきてくれるのを待つだけだった。

ーーーA.D.1005。
時間を示すシルバードの計器にはそう表示され、時間移動は成功したようだった。
機内は静かな時間が流れ、操縦席が傾くたびにギィと音が鳴るのみだった。
「…これで良かったの?」
現代のルッカが沈黙を断ち切り、未来のルッカはまたひとつため息をついた。
「あら〜ロビンがいないと寂しい?」
茶化すように口元に手を当てて言う。
「それはアナタでしょ。
 きっとロビンまた泣いてたわよあんな別れ方…」
「…でもああでもしないと一緒に連れてっちゃう。絶対」
「…そうね。
 弟ってあんなかわいいものなのね」

「……そうね。
 アナタもきっと分かるわよ。その内…」


ギィ…


「…そろそろ見えてくるわよ」
ガルディア国と隣国の国境から少し離れた上空に辿り着いた。
未来のルッカは唇を噛み締める。
「見えた…難民は…
 うん、まだガルディアの国境に避難してない。この時代のシルバードまだ来てない…間に合ったみたいね」
その難民を挟む形でC国の軍勢が見える。戦車数台に加えて、改造されたロボたちが列を成している。
ん?隊列してるって…
「…何かおかしくない?」
現代のルッカは何か違和感を覚えた。未来のルッカから1000年祭の広場で聞いた話を思い出していた。
「ねえルッカ?
 確かシルバードは国境付近を飛んでる時にC国の軍勢から逃げる難民を発見したのよね。」
「…?ええそうよ、それからシルバードが囮になっている間に難民を救助して…」
「いえそこじゃないわ。
 軍勢が、
 難民を、
 追いかけていたのよね。」
「えぇ…それがどう…」

!?

まだシルバードが駆けつけてないのに、ルッカが感じる違和感は何かーーー

ーーー収容船が到着するまでシルバードが囮になる!
危険すぎるわマール!その区域はいつ空爆がおこってもおかしくないのよ!
けどルッカ。私もクロノも曲げないわよ。みんなを助けるの。

マール。
クロノ。
約束して。
生きて帰ってくるのよーーー。

クロノとマールは偶然見つけた難民たちを救助すると提案があり、ルッカも渋々了承した。
逃げ惑う難民を助けるために。
でもルッカは何で今その話をするの?
冷静な状況に立たされ、今分かる1つの可能性。
目が見えないルッカが導き出した答えを問いただす。
「まさか…軍も…難民も…」
「そう、そのまさか。」
軍も。
難民も。
「動いていない。
 今、軍は追っていないし、難民は追いかけられてない。」
軍と難民の距離は目と鼻の先だった。
今軍勢が難民を捕らえようと動き出せばあっという間だろう。
だが今その状況になっていなかった。
「それどころか難民はその場に留まっている。軍は…テントは張ってないにしろ荷を下ろしてキャンプしてる…」
「待って!でもあの時マールは難民が逃げてるって」
「当然。マールがそんな嘘つくはずないわよね。
 でももし、状況を誤認したとしたら?
危機迫る難民が逃げていると思い込んだとしたら?」

謀られた…!
始めからC国は難民と軍を使い、クロノとマールを乗せたシルバードを誘い出す計画だったってこと…!?
操縦席に座るルッカからの問いかけに口が動かなかった。
「…まだ可能性に過ぎないわ。けどシルバードがやってくるタイミングで両方が動き出せば…」
その時、ガルディアの方向から風を切るジェット音が聞こえてきた。
何の武装もしていない、この時代のシルバードが飛んできた。
その音と同時に周囲に大きな音と悲鳴が響く。
軍隊が空に向かって空砲を撃ち、その音に合われるように難民と思われる人々がガルディア国に向かって突然走り始めたではないか。
軍と難民の上空をシルバードが横切る。
するとシルバードは軍隊の方向に向かって旋回を始めた。
「最悪なシナリオね…」
思わずルッカはそう口にしていた。そしてそのまま続ける。
未来のルッカはその音だけで全てを悟った。
私は………
私は………
「今、自分のせいでこうなったと思ってるでしょう。」

未来のルッカは心の中を見透かされた気がした。
あの時冷静に判断できていればこんな事にはならなかった。そう心の中で繰り返していた。
「…あのね。アナタ今も冷静になれてないわよ。」

「いい?今から考えなきゃいけないのは2つよ」
「私たちはクロノとマールが撃ち落とされないようにすること。私たちは攻撃せず、撃ち落とされないこと。軍と難民がグルと分かればその2つだけ考えればいい。」
こんな状況でも10歳年下のルッカは適切な判断を下していく。
後悔して、狼狽えて、何も言葉が出てこない私なんて。
らしくないわ。
「ふふっ」
「…?」
「オーッホッホッホッホ!」
突然の高笑いに現代のルッカはビクッとなる。
「そんなことルッカちゃんに言われなくても分かってるわよ!」
未来のルッカはカバンからいつものヘルメットを取り出し、頭に装着するとゴーグルを下ろした。そして右耳付近にある穴にケーブルを挿し、先端にプラグの付いたケーブルを操縦席に投げた。
「ルッカ。そのプラグを操縦席のジャックに挿してちょうだい。」
「ジャック?ここかしら」
サクっ
「今日のお天気は晴れ時々雨、降水確率は…」
「ちょっとそこはオーディオ!
 その隣!」
「ンモー操縦者にあれこれ言わないのっと!」
サクっ
すると未来のルッカのヘルメット内部のギミックが起動し、ゴーグルの右目側へマス目が映し出された。
そのマス上に周辺の金属反応がポインターとなって表示された。
「よし!感度良好。完璧!」
「何それ!眼は治ったの?」
前のルッカは一瞬振り向き問いかける。
「眼はまだ見えないわ。だから機械に替えちゃった。右目だけね」
「…!」
もう一度後ろを振り向いて確認すると、未来のルッカの右目は禍々しい球体の水晶に変わっていた。
自分の眼球を改造するなんて…!
「タイムマシンは作れなかったけど千里眼は作れたの。
 後方支援は任せて。」
「ルッカ…何もそこまで…」
「いつまでも見えない目に意味はないわ。なんとしてでも助けるってことはこういうことよ!」
未来のルッカがヘルメットのダイヤルを回すと、マス目の間が小さく狭まり、こちらに近づく金属反応を探知した。
「10時の方向!左舷に反応あり!」
その声にルッカは反射的に操縦桿を右に切る。左方向の岩山から離れるように方向転換した。
すると岩山の影に兵器を抱えたロボが構えていた。
「後方へ弾幕射出!」
未来のルッカが声を上げると同時に、操縦席のルッカは弾幕を張った。
岩陰のロボたちは狙いが定まらないままハンドキャノンの銃身を掲げ、弾幕の中に弾を放つ。
轟音を響かせ弾幕を突き抜けた砲弾は、シルバードの左舷上方を擦り抜け空を切った。
正に間一髪の防衛だった。
「ぁんのロボ!明らかに対空挺用のバズーカじゃない!!」
「ほぼ間違いなく対空戦を想定した編成ね…そうと分かれば余計にムカムカしてきたわぁ…」
ヒートアップする2人を余所にA.D.1005の人間はパニックになっていた。
「クロノ凄い!
 あのシルバード凄い!
 すごく強そう!」
「何だあの煙は!」
はしゃぐマール。狼狽えるクロノ。
「クロノ!何が起きてるか説明してちょうだい!!」
突然のバズーカ音に敬称も忘れるルッカ。
「シルバードが……もう一台いる!!」
「マール!あのシルバードに誰が乗ってるか確認頼む!」
クロノは武装されたシルバードにすれ違うように操縦桿を切る。
マールは顔全体を窓に押し付けて確認する。
すれ違いに見えた姿は…
ルッカと…ルッカ!?
「ルッカが2人いる!」
「い!?」
「マーール!落ち着いてーー!」
マールの言葉に、ルッカは交信用マイクを掴み叫んだ。
「いやルッカ本当だ!
 ルッカが2人いた!」
「どういうことなの…」
元々のシナリオから更に混乱が生じ、収集がつかない状態だった。

「くぅ〜避け続けるのも結構大変ね!」
未来のシルバードのルッカは息を呑む。
軍勢とこの時代のシルバードに割って入る形で囮を続けていた。
「こっちが武器を使わないと分かった時点でもっと攻撃されるわ。踏ん張ってちょうだい。」
「難民の救助はまだなの!?」
本来はガルディア側から難民救助隊が出動しているはずが、それがまだ来てなかった。
この混乱により連絡系統にも影響を及ぼしていた。
「こうなったら…あまりやりたくなかったんだけど…」
未来のルッカが鞄から無線機を取り出し、手探りで周波数を合わせる。
合わせた周波数はもちろんーーー
『ザ…クロ…ノ!も…すぐ…救助隊が着く…ザッ…』
この時代のルッカの聞こえた。
「クロノ!聞こえる!?」
!?
未来のルッカはこの時代のクロノの回線に割り込んだ。
「その声は…
 あのシルバードのルッカか!?」
「今すぐこの空域から離れるのよ!」
「それは…できない。」
受話器からそう聞こえた。
「クロノ聞いて!この難民と軍はグルなのよ!」

「それはもう分かってる!それでもここを離れちゃいけないんだ!」

分かってるって…どういうこと…
2人のルッカは言葉に詰まる。
「難民が全員ガルディアの方向に逃げていない。助かろうとする素振りが無い。
 なのに軍は一定の距離を取るだけで捕まえる素振りが無い!
 別に目的がある!そうだろルッカ!」
ーーー鋭い!さすがクロノ!
「でも…だからこそ離れちゃいけない。」

「どうして!?」
「軍が動いているなら襲撃は計画的に行われてる可能性が高い。なら計画が失敗した時、真相を知る人間は全て殺される。
 あの難民だけじゃない。
 あの人たちの家族もみんな殺される。
 これは彼らとその向こうにいる人たちを救う戦いなんだ!」
…!
「だから逃げないよ。
 ありがとうルッカ。」
クロノ…あなたって人は…
こんな時でも自分以外の誰かを助けようとしてるのね。
ああ。
目が見えなくてもわかるわ。
あなたのその真っ直ぐな瞳が。
「分かったわ…
 こうなったらトコトン避けまくってやるわよ!」
「あのっ!
 操縦するのワタシなんですけどっ!」
そう言いながらも、現代のルッカからは笑みがこぼれていた。

時の最果てではロボの修理が佳境を迎えていた。
ロビンはロボによじ登り、ドライバーとお手製の設計図を持ち替えながら修理を続けている。
ゲートの中でロビンとマールを離さないようロボ自身が空けたボディの穴も、スペッキオに精錬してもらい元通りになった。
初めて見る複雑な内部機関も、手探りながら1つひとつチェックしていったが問題なさそうだった。
黙々と作業しているとクロノとマールがタイムゲートの部屋から戻ってきた。
「ただいまロビン。修理は順調?」
「もうすぐだよマール姉ちゃん。そっちはどう?」
マールは首を横に振る。
「やっぱりAD1005年に通じるゲートはないみたい。というかAD1000に戻るゲートもなくなってたけど」
「えー!それじゃどうするの!」
「まあ何とかなるんじゃない?今までなんとかならなかったことはないわ!」
「…なんでルッカ姉ちゃんもマール姉ちゃんもそんな楽天的なのかなー
 …クロノ兄ちゃんも大変だね。」
作業しながらロビンは大きい独り言を呟く。
「逆になんであのルッカ一家に生まれて心配性になるのか不思議だわ」

ロビンは無言で手を動かし続けた。
「不思議といえばさ。ロボの中身ってさ空洞がたくさんあるんだよ。」
意図を掴めないマールはロボの中を覗いてみた。
「それは珍しいことなの?」
「放熱の観点から空洞を作ることはあるけど、キチンとヒートシンクが張り巡らされてるのに空洞があるんだ。何か入れるためなのかな…。」
ロビンはロボの頭部の装甲を元に戻し下に降りた。
「できた!」
ロボは最果ての灯りに照らされ、AD600で教会に祀られた時のように座っていた。
「ロビンおつかれさま!ロボ動きそう?」
「うん。悪いところは直したからいつ動いてもいいと思うんだけど…」
クロノも近づきみんなでロボを囲むように様子を見守る。


ロボは動かなかった。
ロビンはロボに体を預けもたれかかった。
「ロボ…起きて…」


…ギ…ギギッ

ポッとアイセンサーのライトが灯り、しばらく動かしてなかった体を確かめるようにロボは手足を動かしてみせた。体のあちこちをギギギと音をたてながら両腕を指先まで伸ばし、2本足を直立させる。
「ロビン!完璧デス!!」
敵に勝利した時のようにビシッと決める。ロビンは少しポカンとした様子でロボを見ていた。
「やったなロビン!!」
 クロノは気の抜けたロビンを肩車して労った。
「ふえっ!」
「ロビンのおかげデス!」
ロボはロビンの目前に親指を立てて見せた。
「や…
 やったーーーー!!」
ロビンはクロノの頭を掴みながら手を掲げた。
それにロボも加わり、やった♪やった♪とロビンを讃える。
一息ついて、ロビンがロボをいかにして直したか講釈を並べ出したあたりで、マールはロボにだけこそっと話しかけた。
「ロボ。実は動けるのにずーーっと起きなかったでしょー。」
…ロボがピタっと動きを止める。
「はてさてなんのことやら…」
「うーん。気付いてないのたぶんロビンだけだわ。かわいい子。」
ロボは頭を掻く仕草をする。
「…ロビンはワタシを直している間は泣かないんデス。
 ソレに…」
「それに?」
「ロビンに触られると…ルッカのことを思い出すのです。」
「…そう。それはルッカも喜ぶと思うわ」
2人は喜ぶクロノとロビンをそのまま見ていた。
「ロボとロビンが喜んでくれるならいくらでも付き合うわよ。」
「ありがとうございマス…。」
「あとはルッカ2人が無事に戻ってくるのを待つのみね…なんとか様子だけでも見れたらいいんだけど」
「見れるよ。」

ハッシュはさらっと答えた。
「「なんで今までだまってたの!!」」
マールとロビンがどどっとハッシュに迫る。
「2人とも落ち着いてクダサイ!」
「時代に干渉はできなくても見れるのハッシュ!?」
ハッシュは何か口にすると、猫背になった体を起こし、持っていた杖をついっと斜め上に向けた。
杖の先を時計回りに円を描くと巨大な時計が姿を現した。
その時計は古ぼけた真鍮製で、文字盤はⅥ、Ⅸ、ⅩⅡだけが描かれゆっくり振り子が揺れていた。
その時計は今象られたように思えたが、ずっと前からここにあったような不思議な既視感を皆感じていた。
ハッシュはその時計に向かいもう一度時計回りに杖で円を描いた。
するとその時計の文字盤はガラス窓のように透明になった。
窓の向こう側には…
シルバードが2機、いた。
「姉ちゃん!」
「ルッカ!」
その機体はその空域に留まりながら、縦横無尽に地上からの砲撃を避け続けていた。
「なにあの操縦…後ろにも目があるみたい…」
それは改造したシルバードだった。
「でも弾幕があと1つしかないデス!」
「ああ…もうみてらんない!
 なんとかならないの!」
マールは映し出された実状に目を背けハッシュに訴えた。
「あのシルバードに乗っとるのは友達かの。」
「友達よ!一緒に冒険してきた仲間なの!」
ハッシュは下を向き沈黙した後、再び喋りだした。
「なら見守るのじゃ。目を逸らさずの。 この時計は見ることしかできん。
 しかし見ることも放棄したら必ず後悔する。」

「でもっ…」
マールはそう答えつつも視線を時計に移した。
ロビンはずっと目を逸らさなかった。
命を懸けて旅立った2人を瞬きもせず見続けていた。


ルッカたちは互いに攻撃終わった?と聞くも、次から次へと銃撃と砲弾は止むことなく2人の会話を邪魔していた。
「真下!右旋回!」
「オーケー!」
本来の歴史ではとっくに難民の収容が終わり、既にシルバードと通信が途絶えクロノとマールの捜索が開始されている時刻だった。
しかしまだシルバードは存在し、ルッカと共にクロノは弾を避け続けている。
運命に抗い続けている。
しかし、敵弾1つで全て一瞬で砕けてしまう薄氷の上に立たされていた。
「…んっ!?」
すると敵襲が一瞬止んだ。
空にはうっすら弾幕と硝煙が覆っており、その中に飛び込んだルッカたちはようやく一息ついた。
「っは…
 あと………どれくらいよっ……」
改造した片目で敵を捕捉し続けるのは想像以上にルッカの神経を擦り減らしていた。
「さっき国境が開門されて収容が始まったところよ。まだもう少し…」
「ムチャクチャ…言うわね……フーッ…」
ルッカは操縦桿を動かしながら、救助がどれほど進んでるか目視で確認する。
「あの旗の色は……黒…?
 よく見えない…」
「何言ってんの?
 ガルディアもあっちの旗も黒色なんか……」
…!
「まさかあなた、グレイアウトしかかってる!?」
回らない頭で未来のルッカは質問を投げかけた。
長時間のアクロバットによって、重力加速度が2人に襲いかかっていた。
重力加速度により脳が酸欠状態に近づくと、視界は狭まり色彩感覚が麻痺する。今ルッカは失神してブラックアウトになる寸前、グレイアウトの症状が出ていた。
「なにグレイアウトって…
 よくしらないけど…
 アタシ…
 ねつあるってわかったらぐあいわるくなるタチなの…」
「知らないわよバカ!もう少しだって…
 あ…アンタの言葉よっ!」
実際大半の難民の収容が完了していた。しかし子供や年配者の救助にはまだまだ時間が必要だった。

一方、もう一台のシルバードに乗るクロノはマールに状況を説明していた。
「ルッカ2人がこの時代に来た理由?」
「ああ。何らかの目的があってこの時代のこの場所に留まり続けてる。何かしらの過去を変えようとしてるんだと思う。」
「クロノと私が乗ってないのは何でかな」
「助けに来れなかったってこと…かな」
「やっぱり…?
 私たち…大丈夫だよね」
「ああ大丈夫。
 さっきルッカとも約束した。生きて帰るよ。」

ここまでルッカたちの気力で保たれていた均衡は一瞬にして崩れる。
大砲の弾道が見当違いの方向に飛んでいくのを見送り、現代のルッカは気を弛ませた。
未来のルッカも右目のレーダーから逸れていく弾の反応を目で追い続けたことで、別の弾に対する反応が遅れた。
反応できなかったタイムラグ、わずか1秒。
「みぎいいーーー!!!」
その絶叫で我に返った現代のルッカは考える前に舵を左に切った。
ゴッ!!
その音と同時に、シルバードの右舷が傾き数フィート浮き上がった。
「ひいいいいい!」
弾は貫通しないものの、ルッカたちはとてつもない衝撃を受けた。
「アンコントローラブル!?」
「エンジン生きてる!まだ…」
メリッ。
ルッカの眼前に弾が直撃し、コックピットシールドに蜘蛛の巣状のひび割れが走る。
とっさに操縦桿を左に切ったため、鉄の弾は滑り落ちていった。
「何が起こったの!?」
「窓掠っただけよぉ!」
とてもそう思えなかった。
割れた窓で視界は不明瞭になり、氷点下の外気が吹き込む。
「涼しくなって目が覚めるってもんじゃない!」
勇ましくそう口にしたルッカも、操縦桿を握る手は震え上がり、固く噛み締めた歯が軋む。
死ぬ。
死んでしまうかもしれない。
ルッカは両腕が動かず、操縦桿を左に切ったまま操縦することができなくなってしまった。
ルッカたちのシルバードは、敵上空で旋回し続けた。
その好機を敵軍が見逃すはずがなかった。
同じ方向に構えられた砲身。
クロノとマールは陸上にいる軍の動きを肉眼で捉えていた。
「ルッカーーーーーー!!!」
クロノは叫び声を上げると、自分のできるたった1つの選択肢を選んだ。
タイムリープを行う時の最高速度までシルバードを引き上げた。
その進む方向は。
敵軍方向だった。
「クロノ!!!」
狂乱するルッカの目に映し出されたのは、自分のシルバードと敵軍の間に割り込んでいくクロノの乗ったシルバードだった。
その動きは盲目のルッカの右目のレーダーにも表示されていた。
「クロノォォォォ!!」
武装したシルバードに向けられた軍の砲身は、特攻してくるシルバードに向けられ、無数の弾が発射される轟音が空に鳴り響いた。
衝撃音だけで武装したシルバードに波及してくるほどだった。
「ひいいいい!」
「クロノ!!まっ……」
最高速度のシルバードの真正面に立ち砲台を構えるロボは、クロノの乗る操縦席に標準を合わせる。
そして、迷うことなく。
運命の一発が放たれた。
クロノ、マール、ルッカ2人の時が止まった。
だが。
もう止める事はできなかった。
「ああああああ!!」

放たれた弾が着弾する間際、クロノを追いかける様にルッカも操縦桿をその方向に機体を向けていた。
せめてもの抵抗だった。

ドッ!!!

着弾と同時にシルバードは目が眩むほどの閃光を放った。
シルバードからは火焔が飛び交い、大爆発を起こした。破壊された翼がゆっくりと地面に向かい落ちていく。
「あ……あ……」
口から漏れ出す言葉をルッカは止められなかった。
操縦桿から離された手は力なく下にぶら下がり、ただ目の前に広がる現実をその眼に映すのみだった。

ザ…ザザ…

無線から声が聞こえる。
その声はこの時代のルッカだった。
「クロノ!応答せよ!クロノ!!」
声は枯れ、懇願するような問いかけ。
操縦席に乗るルッカは応答できるはずもなかった。
やがて涙交じりになる声に、仕方なく
未来のルッカが応答する。
「こちらルッカ…
 いや1010年のルッカよ。
 別の時代のシルバードに搭乗中…
 説明は省いて現状報告をするわ。
 現在敵軍と交戦中。難民救出までこの時代のシルバードと囮になって飛行してた。
 けど私たちのシルバードが被弾したのち、この時代のシルバードが軍勢に向かい方向転換。機体は大破…」


「その結果…」

「っ…!」
未来のルッカは現実を噛み締めていた。
どうして。
助けに来たのに。
絶対助けるって決めたのに。
運命を変えられないなんてっ……!

淡々としたグレイスの声が無線機から返ってきた。
「…了解。
 既に難民の収容は完了しています。
 クロノ王とマール姫の捜索は我が軍で行います。
 貴艦は一度その空域を離れガルディア城南西にある研究所へ帰還せよ。」

了解、と返そうとした刹那。
「いやああああああ…」
ザザッ!
サー……
最後にスピーカーから聞こえたのは泣き崩れるルッカの声。
通信は強制的に切られた。
操縦席のルッカは無線のノイズを聞きながら、無言で操縦桿をガルディアの方向へ向けた。

やがて静かに雨が振り始める。
シルバードは漆黒の闇に入っていった。
窓を打ち付ける雨音に紛れ、ルッカ2人は泣き続けるしかなかった。


和平へのガルディア裁判編 へ続く。

よろずライター➕漫画家。 #クロノトリガー 好きすぎてルッカとロボのアフターストーリー「ロボアフター」ぼっちで02巻を執筆中。 #FC #SFC 時代の #FF #DQ #SQUARE #ENIX #ChronoTrigger #ChronoCross 好き。