ロボアフター3-1

【クロノトリガー創作】ロボアフター第01巻

アレハ何デショウカ…

千年祭の終わりに。
ロボは飛び込んだタイムゲートの中、400年かけ蘇らせた森を見た。
それは最期にロボが見た景色。
森でロボは400年振りに仲間との再開を祝い、焚き火を囲い談笑している姿が眼前に浮かぶ。

「人は死ぬ時、生きていた時に深く心に刻んだ記憶が次々と浮かぶと言う」

あれはカエルサンが口にした言葉。
その言葉に呼応するように景色が移り変わる。

次に見えたのは死の山の頂上の崖。
雪山の中で立っているルッカが見えマス。
その視線の先に、泣きながらクロノサンに抱きつくマールがいました。
クロノサンが戻って来てくれた時、ルッカ。
アナタは微動だにしなかった。
2人を向いたまま。
表情は見えマセン。
ルッカ
アナタはあの時、どんな顔で見ていたのですか。
声を出すこともなく。
想いを秘めたまま。
ワタシはどんな言葉をかければ良いか分からず
動く事すらできなかった。

最後に見えてきたのは皆サンとお別れの時。
ルッカはワタシのために泣いてくれました。
「ロボのバカ バカ! 悲しい時は素直に悲しむのよ!! こっちがよけい悲しくなっちゃうじゃない!!」
ゴメンナサイルッカ。
デモ、
ワタシハ不思議と悲しくアリマセン。
ただソレを言葉にすればルッカは悲しむでショウ。
だから言いません。
ガッ!
ゲートに向かって真っ直ぐ歩くこともできず、テレポッドにぶつかる。
「おっと、オイルでアイセンサーがかすんで……」
ワタシはアノ時、スデに消えかかっていたのかもしれまセン。

…ロボは…それでいいの…?

その言葉はルッカがワタシだけに聞こえるように言いマシタ。
ワタシはルッカに手を振った。
イインデス。
ルッカを悲しませてしまうのは残念ですが
ワタシは、ワタシが生まれた時間に戻ってみたいのデス。
ラヴォスがいた未来でワタシはマザーを、アトロポスを死なせてしまった。
生まれた家をなくしてしまった。
やり直したいのデス。
次は共に生きる道を選びたいのデス。
きっとそれは。きっとうれしい世界なのデショウ。
ただ
ワタシが存在するかわからない未来デスガ…
どうか泣かずに見送ってクダサイ。
モシモワタシがいない未来なら。
次はルッカ。アナタから生まれたい。

ここは時の最果て。

おや。
お前さんは自分の意思でここに留まろうというのかい。
彼は頷いた。
――振り子が揺れる音が響く。
自らの意思でここに留まろうとしても。
時の意思によって本来いるべき世界に戻る。
――振り子は揺れようとも
元の場所に戻る。
「迷子はお帰り。」

ロボアフター3-1


気づくとロボは見覚えのある森で目を覚ました。
「ココハ…」
突風に煽られ、鬱蒼と生い茂る木々が陽の光を受け入れた。
ガルディア城を少し降りたところにある森だった。
ロボはこの時代がAD何年か推測する。
森を抜けた高台にガルディア城が見えた。その佇まいはほぼAD1000と変わらないように見えた。
タイムゲートは確かに潜ったので時間移動はしていると仮定したが、潜る前に感じた自分自身の存在が消えていく感覚はなくなっていた。
ロボは消えていなかった。
この時代はロボが存在しても矛盾のない時代になっていた。
「…!」
情報を得るためガルディア城下町に向かおうとした時、ふと見覚えのない建物が目に止まった。
それはAD1999にラヴォスが世界を崩壊する前にあったドーム型の建物のようで、この時代に似つかわしくない外装だった。
ロボは何か予感めいたものを感じた。
あの建物はもしかして…
吸い寄せられるようにそのドームに向かってロボは走った。

森を抜けると、青々とした草原が広がり小鳥がさえずる。風が通り抜け草木は穏やかになびいた。
そこにドーム型の建物はあった。
近くで見るとかなり巨大で、白いタイルがキレイに貼り付けられ半球体が頭を覗かせている。
その外周を沿うようにロボは入り口を探した。
ロボは走り出した。
「ワタシの予測が正しければ…この建物は…!」
ようやく入り口を見つけたが取っ手も何もない真っ白な扉だった。
その正面に立ち、ロボは扉の上を見上げた。
「オオ…」

L u c c a c o r p o r a t i o n.

「…ルッカ!」

そこには「ルッカコーポレーション」と書かれていた。
ロボが存在しても矛盾のない時代。
遠くない未来、ルッカがワタシを作ってくれたのではないか。
それは推測だったが、ロボは言い知れぬ感情を抱きその場に立ち尽くしていた。
その時。
目の前の扉は何の前触れもなく開いた。
「エッ…!?」

しかし、開いた扉はしばらく経っても誰も出てこない。
ロボは誰かに招かれている気がした。
一歩踏み出す。
「お邪魔シマ…」
「誰だ?」
後ろから声が聞こえた。
そして。
ロボは突然、体の自由を奪われた。
「ア…!?」
有無も言わさずロボは体中を鞭のようなもので捕縛された。
『…カナリの電圧デス…!』
後ろに倒れ込んだロボはその人物が視界に入る。
ガルディアの兵士が1人立っていた。
「こちら警備兵。監獄前でC国製と思われる自立ロボット発見。武装の上至急応援願う。」
そう兵士は口にするとロボを覗き込むようにしてしゃがんだ。
「これがクロノ王の言ってたロボか…」

ワタシの事を知っている…!?
何故…
「って見た目はロボなんだけどなぁ…」

「まさか兵器になっちまうとは…」

!!

「チガ…ワタシは…」
「喋れるだと!?」
バチバチィ!
兵士は更に電気鞭を取り出し、拘束したロボに駄目押しした。
アガガガ…
「いつものとちょっと違う!研究者も寄越せっ 新型の可能性がある!」
あっという間にロボを大勢の兵士が囲んだ。兵士と共に、薄汚れた白衣を着た研究者も集まってきた。
『アア…ドウシマショウ…』
焦るロボとは裏腹に、武装した兵士と距離を取って議論を始める研究者で周囲は異様な空気となった。
どうも少し話しただけでは簡単に納得してもらえそうにない。
ロボは感電しながらどう伝えれば弁解しようか考えていた。
「何事だ」
兵士と研究者の中から、1人背が低い老人が現れた。
それはロボも見覚えがあった。
…大臣!
大臣サンならワタシを知っているハズ…
「ぬ…!」
その時大臣は明らかに驚いた顔をした。
ロボ発見の第一報を伝えた警備兵はそれを見逃さなかった。
「…?大臣この機械をご存知ですか」
「いや………
 まさかそんなことはないか…」
大臣は誰に伝えるでもなく呟く。
「この機械が喋ったというのは本当か?」
「ええ確かに。ワタシはどうのこうのと」
「…話がしたい。送電を止めよ」
警備兵は手元のリモコンを操作すると、ロボの電流は止まった。
「…タ、タスカリマシタ。
 ありがとうございます大臣。」
!!
ざわ…
なんと人物を認識して言語を…!
次の発明はまたカクシンテキだな…
兵士と研究者は口々に感嘆の声を漏らした。大臣は持っている杖を掲げ、そのざわめきを制した。
「質問に答えよ。お主は誰か。」
「あ、ハイ申し遅れました。
 ワタシは……」

「ワタシはロボ。ルッカの友達デス。」

やはりルッカか…!
もはや魔女だな…
おそろしい…
その答えにまた周りが騒がしくなったが、今度は大臣の目配せで静まる。
「…兵器は造るなとあれほど警告したのに…」
「チョット待ってください!
 ワタシは兵器なんかではないデス!
 ルッカが何をしたというのデス!」

一瞬の沈黙が訪れた後、大臣は答えた。
「ルッカは…
 殺人兵器を生み出し…
 そして隣国に売り渡し…」

「ガルディアを転覆させた犯罪者だ。」
!!
ロボは理解ができなかった。
ルッカは…
一体何を…

兵士の中には顔を下に落とす者もあれば、怒りを堪え震える者もいる。
よく見れば松葉杖を突き、失くした脚を補う者、眼帯で片目を覆う者もいる。
「みよ。
 ここにいる兵士と研究者はガルディアで生まれガルディアで育った。しかしルッカの機械に傷つけられ、大事な家族を失った者もいる。」

ロボは何と返せばいいか言葉が見つからなかった。
「ここはもうガルディアではない。
 だが祖国を亡くせども、再び訪れた平和を守らなければならない。
 そして私たちは機械を正しい方向に導く意思を持った有志だ。」
「ソンナ…」
ロボはその場で跪く。
どんなことが起こればこんなことに…
ラヴォスがいなくなって変わった未来がこれでは…
悲しすぎマス…
「…………ルッカはドコデスカ。」
大臣は少し怪訝な顔をした。
「…?
 お前の後ろの牢に投獄されている。」
ロボの後ろ。
ルッカコーポレーションだった。
「ェ…!?」
「まあ…生きてるのか死んでるのかも分からんがな…
 というか、お前はそこから出てきたんじゃないのか?」
「イエワタシはここじゃなく別の…」
「まあいい。話は戻ってから聞こう。
おい誰か。電源切って持ってくるんだ。監獄の鍵の手がかりになるからな。」
ハッ!と兵士の声がしてロボに再び電流が流れた!
「ッッ!」
研究者がロボの後ろに回り込み囁いた。
「さあて、おまえの頭はもらったぞ」
不気味な笑みにロボは戦慄した。
電源を切られたら二度と目覚められない。
そんな予感が走った。
「スイマセン!!」
ロボは自らの胸を開き、足元の草を焼き切る程の放電を行い、高熱を発した。
「なんだ!!」「自爆か!離れろ!!」
兵士と研究者が下り、囲んでいた人垣が散り散りになった。それを機にロボは森へ逃げ込んだ。
「ばかもん!奴は兵器だ!あの程度の放電何ともない!」
呆気にとられた兵士は遅れてロボの後を追う。
研究者たちは玩具を取られた幼児のように嘆いた。
残された者達を尻目に、ルッカコーポレーションの扉は再び閉ざされた。
そして。
その様子を木陰から紫色の髪の少年が見ていた。

ロボは城の下の森を抜けた後も走り続けた。
知らない時代に降り立ったと思えば兵器呼ばわりされ。
ルッカの名が入った研究所は”監獄”と呼ばれていた。
大臣には兵器と誤解され弁解する暇もない。
何もかも理解が追いつかなかった。
身寄りもなかったロボの行き着いた場所はルッカの家だった。
「ッ……」
ロボはルッカの家に着いた。
しかし。
「なんてことを!!」
そこにあったのは
火事で焼け落ちた廃屋しかなかった。
屋根も壁もなく。
幾年も雨風に晒され、朽ちた残骸が散乱していた。
「なんでデスカ……」
ロボは茫然と立ち尽くす。
AD1000年からは想像もできなかった。
ワタシがいなくなった未来で
一体何かあったんですか…
「ルッカ………」



!!
その時背後に人の気配を感じた。
ロボが全速力で後ろに身構えた。
と、その真下。
思ったよりもうんと背が低い、紫髪の子供がそこに立っていた。
「…ロボ?」
少し怯えた様子ではあったが、武器や道具も出す素振りもない。
何より敵意が感じられなかった。
無言の対峙の後、ロボは声をかけた。
「ワタシは……ロボデス…」

するとその少年はロボに飛びかかった。
「わあああああ!」
「!!」
少年はロボに抱きついていた。
「ァ…」
そのまま震えていた。
ロボは何かを察し、されるがまま動かなかった。


「すごい!うごく!しゃべる!かたい!なにこれ!
 触っていい!?ねぇいいよね!ウヒョー!」
ペタペタペタァー
ロボはされるがまま体中指紋だらけになった。

この感覚は初めてではなかった。
もしかするとこの子は…
「ルッカの………弟サン…デスネ?」
「あったりー!
 さすがロボだね。あったまいいっ!」
少年はパァと明るい笑顔で答えた。
「僕はロビン=アシュティア。
 ルッカ姉ちゃんの弟だよ。」
弟…!
ルッカの弟がいたなら、というイメージ通りの言動、そしてルッカのような腰道具を身に着けていた。
「ほんっと驚いたよ。姉ちゃんの設計したロボットと同じデザインのロボが歩いてるんだもの。
 にしてもさっきは災難だったねー」
「そうなんデス!
 タイムゲートでこの時代に降り立ってから理解できないまま巻き込まれてしまって…
 聴きたい事がたくさんあるんデス!」
「…外じゃ何だからウチで話そっか」
そう言うとロビンはルッカの家の残骸の中に入っていった。
「ココ。地下があるんだ。」
ロボの知らない部屋だった。
降りてみるとある程度の広さがあり、鉄のスクラップや油の匂いで充満していた。
ロビンは椅子に着くと、1つ小さくため息をついた。

「ロボ1人でタイムゲートを抜けて来たってことは…
 過去からきたんだね。AD1000年かな?
 じゃあ…どこから話そうかな。
 今はAD1010年。姉ちゃんが閉じ込められたのはAD1005年。
 話すとしたらその前の…
 ロボがいなくなった後かな。
 姉ちゃん日記書いててね。
 その日記で知った話からしよっか。
 …
 …ちょっとだけ長くなるけどいい?」
ロビンはそう口にすると、少し黙った。
その瞳には翳りが映っていた。
それは間違いなく、かなしいものを見てきた目だった。
「ロビン。」
ロボは声をかけながらロビンの手を取った。
「イインデス。
 思い出すのがツラいなら…」

ロビンはロボを見上げ、少し笑った。
「ありがとう。
 やっぱりロボは優しいね」

じゃあ…
まずはボクが生まれる前。

1000年祭の終わりに。
ルッカは夜空を見ていた。
風船に乗って、花火に彩られた夜空を浮かぶクロノとマールを何も言わず見ていた。
この疎外感は初めてじゃない。
あの時。
死の山の頂上の木の下で
クロノが生き返った時だ。
あの時、私は抱きしめられなかった。
でもクロノ。
マールに抱きしめられながら、私のこと見ててくれたね。
だから
私、泣かなかったよ。クロノ。
だから
これが最後。

ルッカは誰に何も告げず、静かに1人家に帰った。
父タバンと母ララがパレードへ出かける前に用意していたお祝いのケーキを余所に、ルッカは地下の部屋に入っていった。
何もせず、その日から家に閉じ籠った。
父と母が家路に着いた後も、閉じ籠る理由をルッカを問い正したりしなかった。


それから数日経ったある日、家にマールが訪ねてきた。
入り口で話し声が聞こえたが、ルッカは部屋から出なかった。

つかつかつか。
何か意思を持った足音が聞こえた。
ガチャガチャ。
……スッ
ドッ!ドッ!ドッ!
バン!
カギの掛けられた部屋のドアは、ボウガンで穴だらけにされ開けられた。
「ルッカー!
 引き篭もってるんだってー!?」

ルッカはベッドで背を向け横になったままだった。
マールは話を続ける。
「どうしちゃったのよ。
 千年祭のパレードも途中で帰っちゃうし、ロボが未来に帰ってから何もしてないじゃない。」


横たわったルッカは明らかに痩せていた。
ご飯は食べてるみたいだけど、冒険した頃の覇気が無くなっていた。
やっぱり…

「ロボが…」

マールはハッ、と言葉をとめた。
でも…
今のルッカは見てらんない!

「ロボが未来でどうなってるか考えたら悩むのもわかる!」

「でも…
 でもさルッカ。
 ロボが何で未来に帰ったか、私わかる気がするの。」

ルッカは、背を向けたまま振り向くのを我慢した。
「…過去に戻って生きていくエイラやカエルたちと違って、自分がいなくなるかもしれない未来にロボが帰った理由…
 わかるよ。」

「なんてね。
 ルッカが分かってないわけないよね。」

「…またくるね。」
マールは部屋を出た。
音もなくドアをしめた。そして
ーー楽しみにしてるね
そう聞こえた気がした。
ルッカは動かなかった。
ただ瞳だけ大きく開き、マールの言葉を聞いていた。


夜が更けてもルッカは寝れずにいた。

ロボとお別れした時。
みんなと同じようにゲートへ入っていったロボ。
自分が消えちゃうかもしれないのに
何で帰るの、なんて聞けなかった。
ロボは…

ロボは今どうしてるだろう。
未来に着けたかな。
ちゃんと家族に会えたかな。

ロボは…兵器として生まれなければ
どうやって生まれてくるだろう。
誰が、
なんのために、
作ってくれると思ったのかな…
いや
ロボは
生まれる事を…

信じた…

ルッカは痩せた身体を起こしロボに聞いた。

「信じてた…。」

ロボは誰かじゃなく
アタシが作ったら…どうかな。


「ロボが未来に帰ったのは…
 まだ自分がいない時代だったとしても…
 未来でルッカがロボを産んでくれると信じたから帰ったんじゃないかな。」
「…え?」
マールの言葉にクロノは問い直した。
「だからね。ロボは迷うことなくゲートに入っていったと思うの。
 だからルッカならきっと…」
クロノは口を結んだまま笑みを浮かべた。

そしてルッカは
千年祭の夜から見てなかった夜空を見上げた。
ロボ。
ちょっと遅れちゃったけど
私、作ってみる。
会いに行くよ
まっててね。

その日から、ルッカの部屋の明かりは昼夜問わず落ちることはなかった。
ルッカは鉛筆を走らせた。
ロボの頭。
ロボの手。
足。胴。目。排気口。
ついでにふんどし。
ふんどし?
まあいいや。
図がはみ出しそうになったら紙をつぎ足し、まだ足りなければまたつぎ足し。
みるみる内に部屋が設計図で埋め尽くされた。
こうだった?
いや違う。
いっつも触ってたじゃない。
そう!こうだった。
思い出せ。
ロボの中知ってるの私だけなんだから。

真夜中に父タバンはキッチンに立っていた。
ルッカのためにサンドイッチを作り、部屋の前に置くためだった。
「ルッカ。今日も作ったからここ置いとくな。」
「ありがとう!」
ドアの向こうから声が聞こえた。
最近ルッカは元気になった。
食卓を囲んでる時でさえ鉛筆とスプーンを持ち替えながら何かの図面を書いている。
千年祭用のテレポッドを作った時でさえこんなことはなかった。
昔は俺もこんな時あったなあ…
タバンは昔の自分を省みて懐かしい感情を抱くと同時に、ルッカは何を作ってるのか気になりだした。
うず…
ドアのカギはいつからか壊れて閉まらなくなっていたので、タバンはそっと部屋の中を覗いた。

「うわ!」
部屋は足の踏み場もないくらい設計図に溢れていた。
「あ!パパそこの図面とって!」
指を差したのは文字で埋め尽くされた真っ黒な図面。それをまた詳細に書いた別の真っ黒な図面があった。
なんだこれは…
これまで数々の発明をしてきたタバンですら理解が追いつかなかった。
もうガマンできない…
「なあルッカ俺も何か手伝…」
「ありがと!じゃあエンピツ削って!」
ジャラララ!
山ほどのエンピツがタバンに渡された。

タバンは何か言いたかったが、無言でエンピツを削りだした。
部屋は鉛筆を走らせる音とナイフで削る音だけが響いた。
ルッカの鉛筆の音が止んだタイミングでタバンは声をかけた。
「何作ってんだ?ルッカ」
「ロボ!」
「ロボ……こないだ未来に帰ったあのロボか?」
「そう。ロボを作るの。」
ルッカは腕を少し止めて答えた。
「未来にロボはいないかもしれない。
誰かが作ってもまた兵器として生まれるかもしれない。
だから私がロボを作るの。
優しくて、誰も傷つけないあのロボを。
そうすれば未来に帰ったロボは存在し続けるはずよ。」
タバンは指先を動かしながら言った。
「できるか?」
その言葉には意図が込められていた。
あえて口にしなかったがタバンなりの気遣いだった。ルッカはそれを汲み取った上でタバンを真っ直ぐ見た。
「できないならできるまでやるだけよ。
 やり遂げるまで死ねない。
 父さんから教わった発明ってそういうことでしょ?」
タバンは声が出なかった。
20にも満たない子供の言葉に電流が走った。そして、老いてからは時間を逆算してできる発明しかやってこなかった今の自分に恥ずかしさを覚えた。
「…よく言った!さすが俺の娘だ!」
「いいからほら!エンピツ削って!」
そして鉛筆を全て削り終えたタバンは、足音をたてないように部屋を出た。
バタン。

「やり遂げるまで死ねない…か。」
タバンは今までの人生を振り返っていた。
俺もそんな時代があった。
失敗ばっかで…
無茶ばっかやって…
火ダルマになった日もあった…
懐かしいな。
ルッカが生まれてから
何かと理由をつけて
できる事しかやってこなかった。
ルッカに引き継いだつもりになっていた。
確かに娘は立派な発明家になった。
千年祭のテレポッドだって構想から設計、製作までほぼルッカがやった。
あれが完成した時。
娘を発明家にする夢は叶った。
もう俺の役目は終わり。
そう思った。
しかしよぉ…タバン。
俺の夢はこれだったか?
引き継いだら終わりか。
懐かしんでばっかか。
俺は今、やり遂げるまで死ねないなんて吐けるか…?


…老けちゃいられねえな。
次の日の朝食から、ルッカと共にタバンもスプーンと鉛筆を持ち替えながら設計図を書き出した。
静かな食卓。
朝日に照らされ、母ララは穏やかに笑った。

ある日、ルッカの家にクロノとマールが来ていた。
ルッカは息を呑み、かすかに手が震えていた。
大量の図面を書き上げてわずか3ヶ月。
3人の前には、一回り小さ目のロボが鎮座していた。
「電源…入れるわよ。」
クロノとマールは無言で頷いた。
パチン。
ロボのスイッチがONに傾けられた。
「……………ロボ。」



「ルッカ、オハヨウ、ゴザイマス。
 ミナサン、オハヨウ、ゴザイマス。」
「っっっ!」
「やったあああああ―――!」
マールは両手を挙げ飛び上がり、
クロノは拳を握りガッツポーズ、
ルッカは眼鏡を
震える指で上げ、
唇を噛み、
溢れそうな涙を必死に堪えた。

一瞬だけあの時の、
みんなと冒険したあの時に戻れた気がした。
共に喜びを分かち合った。
何でも切り開いてきたあの日々が。
おかえり。ロボ。

しかしここから。
永くながく、辛い道のりになるなんて
思いもしなかった。

ある真夜中。
ルッカは朝から晩までロボの内部を整備し続け、そのままロボにしがみついたまま寝ていた。
…zzZ
「オキテクダサイ。ルッカ。」
「アナタは アナタのユメを 叶えるマデ、寝てはダメデス。」
「…ありがとロボ。まだまだ寝ないわ。」
その言葉に返事はなく、またルッカの独り言に終わった。

「返事してよ…」


ルッカは何度も問い続けた。
なぜ未来のロボは人間のように会話できたんだろう。
図面を間違えたか。もう一度書き直そう。
直したが違った。
そもそも設計が悪いかな。
直したが、違った。
演算処理の仕方が悪いかな。
直したが…違う。
違う。
何度も繰り返す。
違う。
どうしても、どう変えても人工知能を持ったロボットを作ることができない。
その試行錯誤は幾度となく季節を跨ぎ、カレンダーはA.D.1004へ進んだ。
ロボの試作機を作り、歓喜に沸いたあの日から数え4年もの年月を費した。
その結果、ルッカは1つの結論に辿り着いた。
この時代はまだ人工知能を作るための集積回路の進歩が追いついていない、と。
ロボは未来で出会った時に壊れてはいたが、元々搭載された回路があったからルッカは修理ができた。
1300年先の人工知能をシュミレートするためには、何億倍。
いや足りない。
今よりももっともっと巨大な。
かつ膨大な集積回路を用意しなくてはいけない。

この4年間、ルッカはロボの開発資金を集めるためロボと関係ない発明もやった。その浮いた分をロボに全て注いだ。
そしてマールから研究費と称してまとまった金額を受け取っていた。
だがいくらあっても足りなかった。
お金が足りなかった。
あのテレポッドを別の国へ売り渡した時に手に入れた、基盤1つ。
これまで投じた金額の倍以上をこの1枚に注ぎ込んだ。
それを今使ったが処理が追いつかない。
今日の天気は?と声をかけても返事は3日後に帰ってくる。
だめだ。
あといくつあればいいんだろう。
100枚?…1000枚?
じゃあテレポッドも1000台…
あれ
なんのために何してるんだっけ。
「…アハ。」
そして今日も夕日が落ちてゆく。
暗くなった部屋の中。
金が底をついた時。
ルッカは1人思った。
私がこの時代でできることはもう、ない。
あとは人工知能が簡単に手に入る時代に向けて設計図を残すくらい…
「もう私ができることはない…か。」

イエ、ルッカナラ、デキマス。


…ロボ?

夜の光に照らされたロボはそれ以上語らなかった。


ロボ…

キィ。
ドアが開く音がして誰か立っていた。
「…もう鍵かけてないのね。」

「ええ。誰かさんに…壊されちゃったから」
マールは少し笑って続けた。
「マール、会ってほしい人がいるの。」

真っ暗な夜道をルッカは言われるがままマールについていくと、ガルディア城の一室に招待された。
そこにはクロノ、大臣、そして見知らぬ男が座っていた。
「こんばんはクロノ、大臣。
 あの…マールこちらは…」
男は立ち上がり、自ら語りだした。
「ルッカさん初めまして。私はグレイス。
 ガルディア国の騎士隊長です。」
「へっ?あ、のどうも。ル。ルッカです。ご。ごきげんうるわしう…」
プフッ!
しどろもどろになったルッカにマールとグレイスは我慢できず、部屋は和やかな空気が流れた。
「いいのよルッカ、そんなかしこまらなくても。
 それよりこのグレイスに見覚えない?」
「え?」
グレイスはクロノより少し背が高く、騎士だけあって身体は締まっている。
「…最初はクロノが気づいたのよ。」
「クロノが?」

あのニブチンのクロノが気づくってどういうこと…
「ん…その髪……緑がかってる?」
部屋が薄暗くすぐは分からなかったが、髪は明るめの緑色だった。
「………あ!」
クロノが気づいた…緑髪の騎士…
「私はグレン家の血を引く子孫です。
皆さんにはグレンよりカエル、という名の方が馴染み深いかもしれません。」

「カエル!?…の子孫??」
「そうなの!
 カエルは中世に帰った後、子を残したそうなの。そして現代まで家系は続いてガルディアの兵士として存在していたのがこのグレイス!
 すごくない!?」
「へー…
 カエルは中世で生き続けた…ってことね。
 ちゃんと繋がってるのね時代って…」
そう言ってルッカは呆然と聞いていた。

コソっ(なかなかイケメンじゃない。)
コソソっ(でしょー。)
ルッカとマールはひそひそ話をした。
「…先代の冒険譚を城内で披露したところ、マール様が「それあたしだわ」って仰った時は腰が抜けてしまいました。
 その節は大変お世話になりました。」
そう言ってグレイスは深々とルッカに頭を下げた。
「あっいえいえ…
 カエルと性格全然違うから調子狂うわ…
 私はルッカ。クロノの幼馴染でいろんな機械を作ってるの。」
「ええ。100年に1人の天才発明家と伺っています。」
「あら~お上手。一体何がお望みかしらグレイスさん。」
「マール様から受け取ったガルディアの血税でロボを作っていますね?」
ルッカはグレイスの目を見たが
そこに笑顔はなかった。
ルッカの血はサァと引いた。
「あの…………………………
 …はい。」
「…その様子ではあなたから資金援助を打診したわけではなく、マール様の好意で渡したというのは間違いなさそうですね…
 国庫を管理をしている者から、マール様が自由に使える金庫が空になってると報告があり調べさせて頂きました。
 しかしグレン家の言い伝えにでてくる『ロボ』を産むための研究だなんて…にわかに信じがたいですが、ガルディアを救ったあなた方の仲間を想う気持ちは理解できます。
 …ただ今回は手段が良くなかった。」
マールは終始てへぺろな顔をしていたが、ルッカは冷や汗をかきながら縮こまるしかなかった。
「そこでルッカあなたに提案です。
 個人で行ってきたその研究、ガルディア国として正式に参加させてください。」
「へっ?」
「今あなたがぶつかっている課題は資金の工面。金策だけのために別の研究も行っているとマール様から伺いました。
 いいですかルッカ。
 あなたがすべきことはロボを作ること。この一点に尽きます。」
ルッカは未だ理解が追いつかず、ずっと話を聞いていた。
提案は願ってもないことだった。ロボがまた作れる、それだけで頷いてしまいそうだった。だけど…
「…目的は何かしら。」
「はい。目的を話すに当たって現在ガルディアが立たされている状況からお話しします。
 ガルディアは以前より周辺国と安全保障条約を結び、相互不可侵を維持してきました。
 しかし、クロノ王が即位されたこの1004年を期に周辺国が揃って条約の破棄を突きつけてきました。
 特に南方のC国。そしてパレポリは膨大な軍備費をかけて軍の配備を企てていると情報が入ってきてます。
 そのためガルディアは…」「つまり。」
ルッカはその場を立ち上がった。
「ロボを人間の代わりに…
 兵器としてガルディアの盾に使いたい…
 ってとこかしら。」
「ルッカ待って!最後まで」
「ごめんねマール。でもこれが話したかったことなら失礼するわ。」
「待ってください。」
ルッカが部屋を出ようとドアに手をかけた時、グレイスがルッカに駆け寄った。
「待ってください!!
 私の話を聞いてください!
 お願いします!」
「な!ちょ、近い!
 分かったから!
 座るから!」
ルッカがひと息ついてから席につくと、間髪入れずにグレイスは大きな地図を広げた。
「ガルディアは決して戦争を行いません。
 国民が犠牲となるからです。
 兵も国民です。
 すべてのガルディア国民が傷つかずこの状況を乗り切るためには」
グレイスは二つの国を二本の指でさした。
「ハレポリ及びC国と不可侵条約を再締結するんです。」
「ん…そうなると」
「ええ。必然的に向こうが有利な条件を出さなければ応じないでしょう。」
ルッカの言葉に重ねるようにグレイスは続けた。
「この二国以外と同盟を結ぶ手立てはないか各国に打診しましたが…芳しくありません。
 二国が同盟には応じないよう手を回しているようです。」
そう言いながら、グレイスは地図の上に筒状の紙を置いた。
「そして…今朝C国から書簡が届きました。
 どうやらC国の狙いはこちらの技術力のようです。
 特に二足歩行ロボットに興味があると。
 それをテーブルに乗せるのであれば交渉の席に着くとのことです。」
ルッカは静かに無言で聞いていた。
「ただし。
 驚くべきは二足歩行ロボットは決して軍事利用しない、という条件を添えている点です。」

「あちらから言ってきたの?」
「ええ。ここでC国の状況を説明します。」
「C国は戦争を続けていたとある国へ貢物…絹や銀を貢ぐことで和平交渉を結んだと聞きます。
 敵として争わず、これからは交易相手として共存する道を選びました。
 ようするに、ガルディアとの不可侵条約の破棄の目的も侵略ではなく」
グレイスは地図から指を離し、
「ロボット技術を得るための駆け引き…」
ルッカに向けた。
「そして二足歩行ロボットの共同開発にはルッカ、貴方が必要なのです。」
「なるほど………
狙いはロボを作る私ってことね…」
そうなるとルッカはすぐに答えを出すことはできなかった。
確かに1人のロボ製作は手詰まりだけど、取引材料に使われるのは怖い。
けど何もしないままだと戦争がいつ起こってもおかしくない。
…どうすれば…
その場のメンバーは皆押し黙った。
そんな中で1人。
マールは堪らず口を開いた。
「ルッカいいのよ。今日のところは一度…」「いえ!答えは早い方がいいわ…」

「ルッカ…」

「…分かった。それなら」
マールはルッカの手を握り、
青い瞳でまっすぐ見つめた。
ひと呼吸を置き、マールは大声でこう言った。

「やり遂げるまで~~~?」

………!?

マールの語尾を上げたその声に、部屋はシ―――ン…と静けさを増した。
ルッカも開いた口が塞がらない。
マールにニヤニヤした顔を向けられた時、ハッと思い出した。

『できないならできるまでやるだけよ。
 やり遂げるまで死ねない。』

あっ…
いつか私が言ってた言葉か…
っていうかなんでマールがそれを…?
頭が?マークだらけで混乱するルッカを余所に、マールは振り返り大臣とグレイスに目配せする。

――やるわよ――。

なっ…
2人は目を疑った。
だが間違いない。
我が国の王妃は確かにそう命令した。
マールは瞳をキラキラさせ、ルッカの方へ向き直し言った。

「せ―――のっ!」
「「「「やり遂げるまで~~」」」」
「あ―――ーっ!
 もう!しょうがないわね!!」
ルッカは勢いのままその場を立ち上がった。
「ロボは私が作るわ!
 戦争の為じゃなく。
 優しいロボの為に。
 どんな手を使っても。
 やり遂げるまで死ねない…
 できるまで止めないわ。」
バタ―――ン!
部屋のドアが勢いよく開き、タバンが泣きながら中に入ってきた。
「おぉぉぉ…よく言った!さすが俺の娘だ!」
「やっぱりパパだったのね!」
部屋はてんやわんやの大騒ぎになる中、
クロノは1人満足そうな笑顔を浮かべていた。

この日より、ガルディア・C国間のロボ共同開発が始まった。

研究所の建設。
「えーと名前は…
 る…ルッカコーポレーション!?
 そんな…
 そんな~よしてよ~///」
「嬉しさを隠さないあたり流石ねルッカ…」

ロボの開発。
「まずは用途を絞った…お掃除ロボットとかどうでしょうな。」
「それなら同じこと繰り返すだけだからできるわ!」
「大臣冴えてる!」
「お褒めに預かり光栄ですぞマールディア様!
 では名前はお掃除ロボットルンルンバンバン!略して…」
「ロボにしましょう。」
「そうね馴染みあるし。」

ゴミを探して歩く。
ゴミを見つける。
吸う。
ゴミを探して歩く。
ゴミを見つける。
吸う。
たったこれだけの発明であったが、これが空前の技術革新のきっかけとなった。

C国への売り込み。
「さあさあ、お時間と勇気のある方はお立会い!
 これこそ世紀の大発明!
 お掃除ロボ1号よ!!」
「アイヤー!姐さん高すぎアル!」
「1000台くれアル!」
「ウっソ……金額が紙からはみ出してる…」

お掃除ロボによりガルディア財政は潤い、ロボ開発は瞬く間に大躍進を遂げた。

「きょう の 天気 は ハレ デス。」
「!!!!返事が!すぐ来たっ…!!
 ねえロボ!今日の天気!教えて!!」
「サッキ イイマシタ。
 オソウジ サイカイ。」
「冷たい!!なんで!!」

しかし。
それが最悪の結果をもたらしてしまう。

「マールディア様!ルッカさん!
 たたた大変な事になりました…」
「?大臣、グレイスどうしたの」
「え!!ちょっと待ってこの新聞!」

『―――改造ロボC国各地に蔓延。
 傷害事件も―――』

ゴミを探して歩く。
ゴミを見つける。
撃つ。
「たっ助けてくれ!!機械が…」
バシュ!

ゴミを探して歩く。
ゴミを見つける。
撃つ。
「…ちゃん、あなただけでも逃げて!早く…」
「ママ!?ママー!!」」
バシュ!


「あ…あ……」
読むに堪えない惨劇を報じた記事に、思わずルッカはその場に崩れ落ちた。
「なんで…
 決めたじゃない…
 戦争には…使わないって…」
その新聞は
"ガルディアから輸出されたロボの数台が非合法組織によって改造された"
と伝えていた。
お掃除ロボは掃除機を銃に持ち替えられ、決められた事を繰り返す殺人兵器に作り変えられていた。
「………」
「ルッカさん、どうか気を落とさないでください…
 C国に確認したところ、組織による犯行で国側は関与していない、と回答がありました。
 ですがガルディアとして正式に抗議し、組織の摘発、改造ロボの流通をストップさせるよう書簡を送っています。
 ロボの輸出は国と国の取引なだけに、こちらが勝手にあちらで改造機の回収を行ってしまうと問題が拗れて長期化しかねません。
 まずは相手を話し合いのテーブルに着かせましょう。」

「…わかったわ…
 ロボたちを救う…
 最善の策を検討していきましょう…」

その後『国としても改造組織を取り締まりたい』と協力的な返答があったが、すぐさま状況は変わるはずもなく、お掃除ロボが出荷されればされるほど改造ロボは増産され続けた。

奇しくもA.D.1004はクロノとマールが結婚した年でもあり、各新聞社はクロノ新王政に矛先を向け始めた。

『ロボットは金になる―――』
『隣国へ輸出し続けるガルディア新王政。』
『ロボットの軍事転用を助長。』

国内に暗雲立ち籠める中、ガルディアは1005年祭を迎えた。
記念祭にはクロノとマールが参加したが、あまりの悪い噂に外も歩けなくなったルッカはラジオ中継を聞きながら研究に没頭していた。

『ザザッ……
 ガルディア国の皆さま。歴史的な瞬間でございます。
 クロノ王、マール姫はこの記念祭を期に周辺各国をご訪問されます。
 目指すは和平条約の再締結。
 そして決して人を傷つけないロボット開発。
 これを国境なき研究所、ルッカコーポレーションで行うと宣言されました。
 世界各地から有能な科学者を募り…』

こんな状況でもクロノとマールも止まらないでいてくれてる。
思わず涙ぐむ。

『……そして、この研究所の成果は全て世界へ共有する。
 こんな感じでガイドライン作っといてねルッカ。任せたわね~とマール王妃は壇上で語り…』

ルッカは苦笑いしながら書いていた図面を裏返し、ガイドラインを書き始めた。

わたし、まだできることがある。


――――――と、ここでルッカの日記は途切れていた。

「終わり…デスカ?」
ロビンは頷き、日記を閉じる。
「クロノ兄ちゃんとマール姉ちゃんは世界へ旅立ったよ…
 その後はこっちの…
 僕の日記に書いてる。」
そう言ってロビンは日記帳をパラパラめくった。
濡れて乾いた後のようにくたくたになったページ。
文字が滲み、書き殴ったページ。
ロビン…
あなたはどんな想いでそれを…
ロボは言葉に詰まった。
「…読む?」
そう口して、ロビンはあのかなしい目をロボに向けた。
「…お願いします。」
だがロボも聞かずにはいられなかった。


(このページはあとからグレイスさんにきいた)
 ねえちゃんがロボを作ってるとき、いそいでグレイスさんがやってきて
 "クロノ王とマールさまがにげている人たちをたすけようとしてる"
 って言った。
 ルッカコーポレーションがさわがしくなった。
 そしてルッカねえちゃんは…


「ねえクロノ!マール!今すぐ戻って!!」
「そうです!そこはC国が戦争してるんですよ!」
ルッカとグレイスは無線で訴え続けた。
クロノとマールがシルバードで世界へ飛び立ったタイミングを計ったかのように、C国は改造ロボを率いてガルディアとの間にある小国へ侵攻を始めた。

「逃げてる人いるんだよ!?
 改造されたロボに追いかけられてるんだよ!?」
小国の人々はガルディアの国境まで追いやられ、人を改造ロボが追従しているのを上空から見ていた。
「危険すぎるわ!その空域はいつ攻撃されてもおかしくないのよ!」
「けどルッカ聞いて。
 私もクロノも絶対に曲げないわよ。
 逃げてる人たちみんなを助けるの。」

一歩も退かないマールに、ルッカは目を細め唇を噛む。
そして溜め息混じりに答えた。
「マール。
 クロノ。
 約束して。
 みんな助けた後、生きて帰ってくるのよ。」

「ルッカならそう言ってくれると思ったわ!
 私とクロノにまっかせなさい!」
どうしてもこの場を離れないなら、早く助けた方が安全。ルッカはそう判断した。
大臣も頭を抱えつつマールに話しかけた。
「仕方ないですな…
 停泊中の救出船をそちらに向かわせました。
 それまで辛抱ですぞ姫様!」
「ありがと大臣!がんばるわ!」
そう言うとシルバードは改造ロボがいる付近へ操縦桿を向けた。
小型飛行機であるシルバードに搭乗できるのは操縦者含めて3名。着陸しても全員を救出することはできない。
そのため船が来るまでシルバードは上空を旋回し、囮になることに決めた。

無線の向こうで響く台砲音。
うねるジェット音。

ものの数秒で世界一周できるシルバードにとって銃の弾を避け続けることは容易い。しかし当たらないと判断したロボたちは再び…
ガガガガガガガガッ!
「ああっ!?また人狙ってる!
 クロノ!もっと低く飛んで!」
「おかしい…
 もしかしてこれは…」

 そう。
 最後に聞こえた。

ガガガガ…ガガガッ…ガッ…

サー…



…え?

「シルバード!応答せよ、シルバード!!」



「シルバード…応答…ありません…」
「クロノ…?
 …マール…?」

「いやああああああ…」

全く返答が無い無線機に、ルッカは気を失い倒れた。


「…ッカさん…」

「ルッカさん…」
…!
「あ…
 私寝て…あっ!」
「クロノとマールは!?捜索は?
 これまでの報告じゃ部品が散乱しているだけで、本体はまだ見つかってないのよね?
 無線の感度もっと上げて。僅かなノイズも拾ってちょうだい。あとは…」

…グレイスは意を決した。
「ルッカさん、これ以上我が国の捜索部隊が他国の戦闘区域に留まるのは危険です。」
「分かっているわ。
 でも王と王妃が外遊中に亡くなったとあってはガルディアのみんなに顔向けできないわ。次は」「ルッカさん!!」

「一度休みましょう。
 シルバードが消息を絶ってから一度も家に帰られてないじゃないですか。」
「そんなことっ……できるはずが…」
「この本営も。
 現地の捜索部隊も。
 交代しているとはいえ限界です。
 なにより武装したまま国境付近を軍が動き続ければ、C国を刺激しかねません。

「撤退しましょう。難民たちもすでに移送が完了しています。」
「でもっ」
「ルッカ!!」
「…っ!」
「しばらくすればあなたは裁判にかけられ、処分が下るでしょう。」
!?
「なぜ!?」
「この外遊は、王と王妃の後押しがあったとはいえあなたの望むロボの開発を推進するため。
 違いないですね。」

「最悪の結果、クロノ王が戻らないとします。
 その場合クロノ王が推し進めてきた政策は全て王権略取の槍玉に挙げられるでしょう。
 技術革新を興したあなたはまさに恰好の的になる。
 そんな結末になることをクロノ王は望まないでしょう。
 王の望みであるあなたの夢を叶えるため。
 私はあなたを生かす義務がある。
 逃げてでも。
 苦しくとも。
 生きるのです。」

「さあ。」

「さあ!!!」

ルッカは無言で立ち上がり、駆け出した。
「そうです。
 夢敗れた者たちに手向けの花を添えなさい。」

「全隊員に告ぐ。
 これより国境付近でクロノ王・マール王妃を捜索中の第1軍、自治区で補給中の第2軍は合流したのちガルディアに帰国せよ。
 この3日間、戦闘区域にて捜索に従事した全隊員に感謝の意を評する。」
「全軍撤退!!」

ルッカは走っていた。
山を超えて森を超えてルッカコーポレーションから自宅へ戻っている。
しかし遠目で見たその自宅には。
真っ赤な炎が立ちのぼっていた。
「なんで火がっ…!?
 父さん…母さん…
 ロビン…
 …ロボ!!」
そう叫びながら家に続く橋を駆けた。
家に近づけば近づくほど、激しく火の手が回っていることが分かる。
外壁は真っ赤な炭になり、もはや消し止めることは出来そうにないことが分かった。
「ルッカ!!」
外にいた父タバンは、走ってきたルッカを受け止めた。
母ララはタバンに背負われ、ロビンも母に抱かれていた。
3人ともケガもなく無事だった。
しかし…
「ロボは…?」
ルッカは跡形も無く燃えたドアの中を見た。
一番最初にルッカが作ったロボ第1号は燃え盛る家の中にいる。
あのコは自分じゃ動けない。外に出られない。
ルッカはふらつきながら歩みを進める。
それをタバンは慌てて掴んだ。
「待て!!
 だめだルッカ!家はもうだめだ!!
 ロボのことだろ?
 また最初っから作ればいいじゃねえか!」

「なくしたくないの…
 …なくしたくないのよ!
 仲間も!
 なにもかも!
 もうなくしたくない!
 ロボ…だけでも…!」
ルッカは掴まれた腕を振りほどき、炎渦巻く家の中に駆けていった。
「ルッカアアアアア―――!」

ロボ…

ロボは…

…いたっ!

ロボは梁が落ちてきて動けなくなっていた。

ロボ!

大丈夫!?

ダイジョウブデス。

あああ…

ロボ…!!

ロボを抱きしめる。

ルッカ、オカエリナサイ。

ロ…ボ…

涙が堰を切ったように止まらない。

泣カナイデクダサイ、ルッカ。

ルッカは動けないロボの前で声を上げて泣き続けた。

ねえロボ、私疲れちゃった。

お疲れ様デス、ルッカ

ふふ、ありがとう。

夢のせいでなにもかもなくなったわ。

好きな人も…

親友も…

あるのは家族と…

ロボ、あなただけ。

ワタシはいつも ルッカと共にイマス。

…泣かせるじゃないロボ

なんか眠くなってきたわロボ…

もう寝ていいかしら。

ダメデス。

…ロボ?

アナタは アナタのユメを 叶えるマデ、寝てはダメデス。

…ロボ…

ああ

でももうロボも見えなくなってきた…

一緒にいきましょう

ロボ…


ギッ ギッギッギッギギギギ…
柱が軋む音と共に、けたたましくルッカの家は崩壊した。
「ルッカアアアアアアア―――!!」
炎は一晩中燃えつづけた。


私はあったかい場所にいる。

まっくらで何も見えないけど。

不思議と不安はなく。

穏やかな気持ちでいた。

「ルッカ!!」
「ルッカー!」

すごく近くで呼んでいる声がする。

私は大丈夫。

ロボと一緒にいる。

ロボはついてきてくれた。

漂うオイルの匂いがそう語っていた。

ガキンッ!
なにか硬い金属を外す音が聴こえた。

私は生きながらえた。

そう。

ロボさえいれば何とかなる。

私はまだ一人じゃない。

「ルッカ!」

ただなんだか

みな近くにいるはずなのに。

何も見えない。

まっくらだ。

「ルッカ?」
「どうしたんだルッカ。」

え?

目が。
…目が見えない…。

誰かが私の両目の目蓋をめくり、喋りだした。
「おそらく一時的な症状でしょう。
 安心してください。
 治療はこちらで行います。」
「ルッカァ……」
母さんが私に追いすがるように泣き叫んでいるのが聞こえる。
「ルッカ=アシュティア。
 国家反逆罪、ならびに収賄の容疑であなたを拘束します。」
「反逆…?
 収賄って…
 一体何のこと!?」
「新たな国王からの告発です。
 ルッカ。
 あなたは兵器開発のため国家予算を私的に流用し、
 その機械兵器でガルディアの国王と王妃を殺害した疑いがあります。」
「…」
「少し歩きます…
 躓かないようゆっくり、丁重に扱ってください。怪我は絶対させないように。」
「待って!
 ロボは、ロボはそこにいるんでしょう!?」
「これのことですか。
 このロボは壊れて…機械の中身が空になっています。
 強くこう、中身の部品が引きちぎられたように部品が散らばっています。
 この機械の中に出来た空洞であなたは守られるようにして収まっていたようです。
 まるで盾のように。」
「そんな…そんな…」

「ああああああああ…」

「…連行してください。」

「放して!ロボを直さなきゃ早く!
 ロボを!
 ロボを!
 ああああああ!」


「ルッカさん…
 あなたの夢を…クロノ王の夢を終えはしない!」

ルッカは腰を鎖で繋がれ、ガルディア城の牢獄に閉じ込められてしまった。
その真夜中、誰かがルッカのところへやってきた。
「ルッカさん、起きてください。」
「グレイスです。」
ルッカは顔を上げた。
「…まだ目が戻っていないんですね…」

「報告します。
 ゲートホルダーを持って指定された場所を捜索しましたが、ゲートと言われるものは見つかりませんでした。」

ルッカは一度空を仰ぎ、うつむいたまま動かなくなった。
「次に裁判についてです。
 裁判を前に、裁判長を始め全ての陪審員が新王国派の人間にすげ替えられてしまいました。
 もはや有罪判決ありきで裁判を進めようとしているのは明白です。
 かくなる上は国民から…他の大陸からも署名を集め減刑を求めましょう。」

「きっと大丈夫です。
 あなたのこれまでの発明は、我が国に留まらず各国の学者が賞賛と支持を表明しています。
 後はルッカさん、
 あなた自身が立ち上がらなければなりません。
 そうでなければクロノ王とマール様…
 あのロボだって浮かばれませんよ!」
「クロノ…マール…
 ロボ…」
「…」
「…また日を改めます。
 ですが…
 亡くなった者の悲しみは残された者より深い。
 しかし!
 残されし者がやらずして誰がやる!
 生かされた者は全てを背負って奮い立たなくてはいけないのです。」


靴音が静かに離れて行った。

私は
這いずり回ることはできた。
でも
立ち上がって歩くことはできなかった。
この暗闇の中
何を見つければいいだろう。
私は
そこから動くことはできなかった。


1週間後。
裁判所でルッカの判決が読み上げられた。
ルッカ=アシュティア。
被告人に判決を言い渡す。
被告人はクロノ前国王を唆した上で軍事費を私的に流用し、歩行機械の開発を行った収賄行為。
ならびに歩行機械を兵器に流用できるよう他国へ輸出することで隣国の軍拡を促し、結果クロノ前国王とマール妃を空爆によって死亡させた原因とも言える。

国家反逆罪により
懲役350年を言い渡す。

法廷がどよめく。

…ただし。
被告人は5千余りの嘆願書に併せ、各国の代表からも減刑を求める書簡を頂いている。
周知の通り、これまでの発明による我が国への財政貢献も多大なものである。
そのため特例として、
現ルッカコーポレーションを刑務所に改築し、同施設で刑期を負うものとする。
ざわ…
今後被告人の研究開発は全て施設内でのみ認め、研究成果の公開は厳正に調査した上で許可する。
しかし被告人本人の意思による、外部への接触は一切認めないこととする。
以上、閉廷する。

「裁判長!それは被告人を奴隷として幽閉し強制労働させるに他ならない!
 ガルディアはそれを認めるのか!」

「王権を奪うためなら世界を救い、国に貢献した者を魔女狩りするのか!」

「つまみ出せ。」
ルッカはうつむいたまま裁判所から出ていった。
「ルッカ―――!
 お前はやらなければならない事があるんじゃないのか!
 やり遂げるまで死ねないって言ったことを証明してみろ―――!」


ロビンは日記を巡る手を止めた。
「…この判決は当時賛否があったんだけど、ルッカ姉ちゃんは幽閉された研究所で発明を続けて…
 更にガルディアの財政を潤してC国と有利な和平条約を結ぶきっかけになった画期的な判決って言われてる…
 和平へのガルディア裁判、ってね。」

「別れた時のように…またルッカを悲しませてしまいマシタ…
 これが1300年先のテクノロジーを作ろうとした罰でショウカ…」
「ワタシは…
 あの時代から未来へ帰らなければ良かったのでショウカ。」

「ねえ。
 なんでロボはこの時代にやってきたの?」

「なんでデショウ。
 …ワカリマセン。」
「原始、古代、中世、未来。
 みんなやロボはいつだって、誰かを救うべき時代に降り立ってきた。
 もしそれが時の意思だとすれば、ロボがこの時代に来た理由は必ずあるはずだよ。」
「時の意思…
 …
 …
 ワタシはただ…
 …
 ワタシはただ、ルッカをこれ以上悲しませたくないデス。」
「うん。
 ボクも同じだよ。」
ロビンは日記を閉じ、椅子からおりた。
「救いに行こう。ルッカ姉ちゃんを。」
「エェ!?…デモ…」
「でもなに?」
「でも…ルッカを連れ出したとして…どこに行けばいいのでショウカ…」
「んもー!そんな事は後でいいの!
 ロボは細かいこと考え過ぎ!
 姉ちゃんに会いたいんでしょ!ロボ!」
「………ハイ。」
「じゃあ行こ!」

ワタシはルッカにかける言葉が見つからないまま、研究所にむかいました。

2人はルッカコーポレーションに着いた。
元々白色だった施設の外壁をよくよく見てみると、ひどく剥がれてた。
剥がれた壁は玉虫色の金属を覗かせ、何かが息づいているようだった。
ロボが感じた不意な既視感。
まるで…
外殻に閉じ籠ったラヴォスのよう。
そして。
ロボは以前開かれたドアの前に立ち、無言で歩み出た。
「…」
ピッ。
ピピピピ…
ガタン!!キュラララララ…

何かを認識したように扉は開いた。
「ナカヘ オハイリクダサイ。」
そう甲高い声でアナウンスが聴こえた。
「なんで…」
「…?」
その声は消え入りそうな声だった。
「ロビン?」
「僕がいつ来ても…開かなかったのに…」

ロボはロビンに近づき、両脇をヒョイと持ち上げるとそのまま肩に乗せた。
「ちょっ…ロボ!?」
「一緒に行きマショウ。」
「…」
「ワタシにはアナタが必要なのデス。
 ロビンは入れてくれなかったのにワタシは入れた。
 その理由はルッカに直接聞きに行けばイイ。
 そうでショウ?」
「…
 当たり前だよ、先行くよ!」
ヒョイ!
「ロビン!」
ロビンはロボから飛び降りると、研究所の中へ駆け出していった。
「…サスガルッカの弟デス。」

ロボは追いかける前にその研究所を見上げた。
この不気味な静けさ。
あの魔王城のような禍々しさを漂わせる。
ルッカ…
こんな形でアナタを救いに行きたくなかった。
家族を拒み、ワタシだけを招き入れる監獄…
アナタはワタシを
歓迎してるのデスカ…?
鉄の扉は何も語らず、ただ二人を招き入れた。
そして研究所に入るやいなや、扉はけたたましく音を鳴らし再び閉ざされた。


クロノ救出編へ続く。

よろずライター➕漫画家。 #クロノトリガー 好きすぎてルッカとロボのアフターストーリー「ロボアフター」ぼっちで02巻を執筆中。 #FC #SFC 時代の #FF #DQ #SQUARE #ENIX #ChronoTrigger #ChronoCross 好き。