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【掌編】鳥たち

野鳥観察の楽しさを、最初に教えてくれたのは祖父だった。自室で古びた双眼鏡を丁寧に磨いている丸まった背中に、私はよくたずねたものだ。ねえ、おじいちゃん、いま庭で鳴いている、あれはなんていう鳥?

山歩きを趣味とした祖父は、子供の頃から耳がよく、小さな鳥の声でもよく聴き分けて教えてくれた。ツピー、ツツピー、と聞こえるだろう。あれはシジュウカラだよ。

私と祖父はそっとつっかけを履いて庭先へ出て、鳴き声の主を探した。白い花をつけたハナミズキの枝の先端を祖父が指さし、私は借りた双眼鏡をのぞきこんだ。白い頬と体をしているが、のどもとからお腹にかけて黒い線が走り、灰色の背中をしている、モノトーンのおしゃれな小鳥。

祖父からゆずられた色あせた野鳥図鑑で、私は鳥の名前を覚えた。メジロ、キジバト、ヒヨドリなどは、私の住む市街地でもよく見かけた。田んぼにはカルガモがいたし、川ではシラサギを見ることができた。いつの間にか、私も鳥たちが大好きになっていた。

祖父の葬儀を終えた春、桜が散って若葉の頃に、今年も祖父の家にツバメがやってきて、軒下に巣をつくった。卵がかえり、ヒナが口を開けて親鳥に餌をねだる。ゆく命、生まれる命。そんなことを思いながら、自然と泣けてきた。

住むもののいなくなった祖父の家の庭木は伸び放題で、久しぶりに訪れた私を歓迎するように、鳥たちの鳴き声がかしましく聞こえた。チュクチュク、チィー、ジュクジュク、ツツピー、ツピー。おじいちゃん、いまどこにいるの。私は問いかける。こんなに、鳥たちが鳴いているよ。また、名前を教えてよ。一緒に、観察しようよ。

春の光にぬくもった縁側で、鳥の合唱を聴きながら、私はもういなくなってしまった祖父を想う。渡り鳥になって、空高く飛んでみたいのう。生前の祖父の言葉がよみがえり、はっとしたとき、風が枝をしなわせて、鳥たちの群れが空へと舞い上がった。

飛んでいく、どこまでも。終わる春に思いをはせながら、私も生まれ変わるなら鳥がいい、そうふと思い、いっそう騒がしくなった庭先で、私はうんと背伸びをした。

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