見出し画像

【覚書】プロット書くことを克服したい

こんばんは、ほしちかです。

今日は休日だったので、短編「春の雨」を一本書いたあと、だいぶ前に買った本「超・戦略的!作家デビューマニュアル」(五十嵐貴久著)という本を読んでました。

この本の後半に、プロットを書くことの重要性とプロットの書き方について載っているのですが、なかなか興味深い内容で。

簡単に言うと「プロット(あらすじ)を書いてしまってから、本文に肉付けしていく」というもので、それって当たり前じゃん!という書き手の方も多いと思うのですが、私はつい、楽をして、頭から表現を駆使して書き始めて、途中で挫折するか、適当に終わらせてしまう、という悪い癖があるのですね。

この本は「文学的表現で細部の文章を彩って行くのは、作品の全体像が仕上がってから、最後でいい」と言い切ってます。本文から、文章表現についての注意書きを引用します。

これは個人的な印象ですけど、作家志望の方々はひとつひとつのパーツを丁寧に作ろうとするあまり、全体像を理解しないまま書き始めてしまうことが多いようです。家でいえば、柱ばかりが立派だったり、壁だけが堅牢なものだったり、屋根のデザインだけがやたらと個性的だったり、そういうことでしょうか。
部品、パーツだけは非常に優れたものを揃えたことになるかもしれませんが、全体的なバランスが非常に悪いものになってしまっているように感じます。

本当に、お言葉のとおりで、私も、いっこいっこの文章表現にこだわろうとするあまり、全体を俯瞰して考えるのが苦手なので、ここいらでちょっと、全体を見る、全体を考える練習をしていきたいなあと思いました。

五十嵐さんは、400枚の作品を仕上げるには、プロットは100枚書くことが必要、とおっしゃってます。それも、最初は10枚の長さから書き始めて、だんだんふくらませて100枚にしていくのだとか。

プロットも、最初の段階では、漫画のネームみたいなもので(漫画のネーム、というのは私が思ったことで、五十嵐さんの表現ではないのですが)きれいな文章で書く必要はなく、「秋。表参道。ネカフェに中年男が入っていく」程度の簡単な文章でいいそうです。

新人賞応募の原稿の最後に、あらすじを800字で書いてつけろ、とかありますよね?あれの逆をやればいいのかなと私は読んでいて思いました。

800字のあらすじを最初に仕上げて、それをどんどん細かい部分を増やしていって、プロットを完成させて、最後に文学的表現も使って清書し、完全稿にする。みたいな。

私にとっては、目から鱗の良書でした。
Amazonリンク、書影も出るようになったのですね。嬉しいです。

今日は覚書として、書いてみました。メモ代わりnoteです。

いつも温かい応援をありがとうございます。記事がお気に召したらサポートいただけますと大変嬉しいです。いただいたサポ―トで資料本やほしかった本を買わせていただきます。