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職場まで歩く冬枯れの道がきれいで

電車を降りて職場まで歩く途中の道が好きだ。というかこの時期、すごくきれいなのだった。冬に向かう街路樹はそのほとんどが葉を落とし、枯れ葉が雨上がりの濡れた歩道にわだかまっている。赤や黄に染まる葉を踏んでしまうのは少ししのびないけれど、靴底にその感触を感じて面白い。

その街路樹を見上げれば、枝先にわずかに残った葉が北風に揺れ、くっきりと曇り空を切り分けてシルエットのように浮き上がる。深緑色の水をたたえて、すぐ隣をどうどうと流れる川の音が耳をなでていく。

この景色を見るためだけに、少し早い電車に乗り、降りた後はゆっくり目に景色を楽しみながら歩いているのだ。朝の冷たい空気を肺に吸い込むとどんどん目も意識もさめていって、それがただ心地よいのだった。

私は街中で、朝に夕に誰かとすれ違うたび、その人の日常の背景に思いをはせる。コートの襟を立てて早足の男の人、イヤホンを耳につっこんで黙々と歩く女子学生、子供に走らないよう声をかけているお母さん、足をひきずりながら歩く老人。

みんなおそらくそれぞれの日常のなかに、一言では言えないドラマを抱えて、それでも朝こうして外で働くために電車に乗り、通勤路をそれぞれのペースで歩いているのだろう。

そのひとたちに、私は心のなかで、あいさつする。おはよう、みんなおはよう。あなたが今日も社会を回すから、みんなの日々もきちんと回る。あなたが今日する仕事で、たぶん助かる誰かがいる。

職場につけば、私も「書き手・上田聡子」ではなくなって、そういう自分をむしろ消して、日々の業務に追われていく。

冬に向かう通勤路の美しさは「書いている私」から「働く私」へとスイッチを切り替えてくれるのだった。

朝にすれ違うみんなは早足だから、私と同じようにこの景色を楽しんでなどいないかもしれないけれど。それでも私は「今日の仕事に行くために、働く『仲間』とひとたび交差できるこの道」が好きだ。仲間、とはもちろん広い意味だけれど、それでも、それでも。

もっと気温が下がっても、雪が降ってこようとも、私はここを歩くだろう。日々同じに見えて少しずつ変わる、冬枯れの気配を楽しみにしながら。すれ違うあなたの日々に幸あれと願いながら。






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