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【小説】祖母の紅茶は甘くない【#紅茶のある風景 コンテスト】
ケーキと一緒に食べるときには、砂糖なしの紅茶のほうが美味しいと教えてくれたのは祖母だった。子どものころ、家族の誰かの誕生日のたびに、父は近所の洋菓子店からケーキを買ってきたのだけど、小学生のうちは、ケーキに添えられた紅茶に、必ずミルクと砂糖を入れて飲んでいた。まだまだお子様だったのだろう。
あれは中学一年生の秋、私の誕生会を家族でしていたときだった。いつものように、母が私に気を使って「穂花(ほのか)の紅茶に、お砂糖とミルクいれるわよ」と言ったときだった。同居していた祖母が、母を制した。
「穂花も、もう大人に近づいてきてる。よく聞きなさい。おばあちゃんはね、甘いケーキを食べるときは、紅茶に砂糖やミルクを入れないほうが美味しいと思うんだよ。まず、何も入れないで飲んでみなさい」
当時の私は、えーっ、と思った。甘くて飲みやすい紅茶が好きだったから、ミルクや砂糖を入れない紅茶なんて、想像もしてなかった。私、たぶんミルクとかを入れたほうが好きだと思うな、と思いはしたけれど、気風が良くきびきびとした祖母に逆らえず、おそるおそる、紅茶のカップを手に取ると、そのまま飲んでみた。
「あつっ」
口の中に、少しだけ渋みが広がって、独特の香りが鼻へと抜けていく。和菓子やお寿司を食べるときに飲む緑茶とは、まったくちがうけれど、これもお茶の味だ。あまり美味しいとは子供心に思えないでいると、祖母が言った。
「ケーキを食べて、そのあともう一度紅茶を飲んでご覧」
今度はホイップクリームのたっぷりのったいちごショートを、ぱくりと食べて、それから紅茶をやけどしないように飲んでみる。いちごショートの甘さが、紅茶で消えちゃった。そう思った。私がしかめっ面をしていると、母が助け船を出してくれた。
「穂花に、まだ砂糖なしの紅茶は早いのかもしれないわ。穂花、いつもみたいに、砂糖とミルク、入れてあげるから、そうして飲みなさい」
私は胸をなでおろして、自分のカップにミルクと砂糖を入れてもらった。いつもの、甘いミルクティーが出来あがり、私はやっぱりこっちがいいな、と思いながら飲んだ。
祖母は「おやおや、まだ子供なんだねえ」と笑った。
月日はながれ、祖母はとうに鬼籍に入った。大正時代に生まれた、なかなかハイカラな祖母だった。大人になり、母親になった私は、小学生の娘の誕生日のお祝いケーキの準備に、今年もかかりきりになっている。
私がミルクと砂糖なしの紅茶を、ケーキと美味しく合わせられるようになったのは、大学生になってからだった。たしかに、大人になってからは、ケーキの甘ったるさを、ストレートの紅茶が緩和してくれる、その絶妙な相性がわかるようになった。
「ねー、ママ、もう食べていい?」
娘が、テーブルの上のケーキを前にして、待ちきれないように地団太を踏む。
「はいはい、いま紅茶淹れるから、待ってね」
そう言いながら、娘のために、砂糖とミルクも準備する。
この子が、砂糖なしの紅茶を美味しいと思うのは、どの年齢に差し掛かったときだろうか。私よりも、早いだろうか、遅いだろうか。
いつか、娘と砂糖なしの紅茶を美味しいと飲み合える日が来たら、祖母の話をしてあげようと思うのだった。
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