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【小説】女の暮らし

キャラメルとクリームがかかったふわふわのパンケーキ。ほうれん草を練り込み、チーズとスモークサーモンを挟み込んだ焼きたてのベーグル。あたたかそうなごぼうのスープに、赤と緑のコントラストが美しいラディッシュのサラダ。


スマートフォンの画面をスクロールするたびに出てくる写真たちは、実際の料理雑誌に載っているものと何ら遜色はない。堀内なずなが見ているのはとあるSNSだが、特にプロの料理研究家の投稿を見ているわけではなく、すべて素人の主婦の作品だ。


朝、出勤前のわずかな時間に、なずなはいつもこのサイトを見て羨望のため息をつく。なずなは食べることも料理することも好きだったし、自分だってそこそこ手料理には自信を持っていた。このSNSに出会うまでは。


このSNSで、なずなはとにかく「おすすめ」欄に出てくる、料理の写真の投稿をしている人をかたっぱしからフォローして行ったのだけれども、とにかく投稿される料理の写真のレベルに、おののいた。写真の技術も一級ながら、内容の料理自体が、出来栄えも盛り付けもすごく上手いのだ。上には上がいる、その言葉を地で行く体験だった。


スマートフォンを観るのをやめて、なずなは自分と夫の浩介のお弁当をつくる。炊いておいたご飯に、梅干しをのっけて、あとは鶏肉の照り焼きと卵焼きを急いでつくり、ゆでたほうれん草とつめあわせる。


何の問題もないけど、平凡なお弁当だと、なずなは思う。お弁当がご飯なので、自分と夫の朝食はいつもパンとコーヒーだ。それにハムとレタスがつくくらい。それで十分すぎる、と理性ではわかっているのだが、朝からふわふわのパンケーキを焼いている主婦が世の中に一定数いることを知ったことは、自分にとって衝撃だったとなずなはよく考える。


新聞を読みながらコーヒーを飲み終え、パンを食べ終わった浩介は、コーヒーマグとパンくずのついたお皿を、そのままテーブルの上に置いて出勤する。流しに出して洗うのはなずなの仕事だ。


なずなにも一応パートとはいえフルタイムの仕事があり、自分や夫の朝食の皿を、時間がぎりぎりで洗っていけず、水にひたしておくだけになってしまうこともある。そういうときに、なずなは罪悪感を感じてしまうのだった。


ああ、まただめ主婦になってしまった、と。台所まわりのことだけではない。部屋が散らかっていても片づける余裕がないとき、洗濯物がたまるとき、自分は何やってるんだろう、と思う。そしてSNSの主婦の人たちなら、きっとそんなことはないんだろうなと自虐する。専業主婦であろうとなかろうと、そういうことをおろそかにしないから、きっと、ああいった写真が撮れるのだと思う。それは、きっとある種の優秀さなのだ。


メイクと着替えを5分くらいで済ませて家の鍵をかけると、なずなは腕時計を見て、乗りたいバスの時刻に間に合うことを確認してから、速足で歩く。お弁当、ちゃんと持っている。仕事かばんには、財布も定期も携帯も入っている、ストッキングも、伝線していない。よし、大丈夫。バス停で乗り込んだバス内には、通勤の人と通学の人でいっぱいで、今日も一日が始まった。


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なずなの仕事は、総合病院での医療事務で、浩介の転勤でこの町に越してからすぐに働きはじめて2年になる。最初は外科の窓口だったが、今は消化器科の窓口になった。廊下の奥のロッカールームで制服に着替えると、なずなと同じ勤務時間の同僚たちと挨拶をする。病院の診察時間が始まる三十分前には、待合室で患者さんが待てるように開院しないといけないし、それまでにやっておくこともいろいろとあり慌ただしい。


受付時間が開始となり、なずなは消化器科の受付窓口のブラインドを開けた。二、三人、ソファですでに順番待ちが始まっているので、診察券と保険証を受け取り、代わりに体温計と問診票を渡しに行く。


待合室のテレビをつけ、乱れているラックの中の雑誌を直す。著名な料理雑誌の最新号が並んでいるのを見て、仕事の後に買おうかと一瞬思ったが、朝見ていたSNSが頭をよぎり、雑誌にしても写真を見るだけだし、そもそも雑誌と同じくらいSNSの内容が充実しているのだから、買う必要はないと思い直す。雑誌一冊とはいえ、節約もしなければ。


受付窓口に戻り、体温計と問診票を患者さんからそれぞれ受け取ると、カルテを探したり、必要事項をカルテに記載したりする。診療時間が始まると、看護婦さんが診察室の隣のカーテンで仕切られた部屋で血圧と脈拍をとりはじめる。患者さんが一人、また一人と診察室の中に流れて行き、待合室に人の気配がなくなってくると、先輩の松下さんがゆっくりとした口調で言った。


「堀内さん、カルテを棚に戻すとき、乱雑に入れないで。きれいにそろってないと、ほかの人が取るとき、抜きづらいでしょう」


ああ、またやってしまった、となずなは思う。松下さんはとてもきちんとされている人で、よくなずなの仕事で雑なところを教えてくれる。こまごまとしたこういうことがきちんとできてないことが、言われなくてもなずなのだめなところだ。


整頓して入れる。きちんと並べる。まっすぐ置く。そういうことのひとつひとつが、なずなは松下さんほど上手にできていなかった。結局それが、すべて人格につながっていくのかなと思い、なずなは少し落ち込んだ。でも。患者さんは途切れなく来るため、ぼやぼやとしている時間はなかった。


お会計をすませ、お釣りを渡し、薬を渡し、たくさんの患者さんをお見送りしてから、なずなはやっと終業時間を迎えた。いつもの通り、ショッピングモールで夕食の買い物をして、雑誌を立ち読みしていくつもりだ。

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時刻は夕方の六時ごろ。ショッピングモール内の24時間スーパーで買い物をすませたなずなは、モールの二階の書店の雑誌コーナーで、物色をはじめた。なずなが一番引き寄せられるのは、美容ファッション雑誌ではなく、映画・演劇系でもなくて、いわゆる暮らし一般を扱う雑誌だ。


たくさんの点数の雑誌が、テーマとして「主婦のていねいな暮らし」をうたっていて、どうしても憧れずにはいられない。パラパラと今日もめくっていながら、いつのまにかその世界観にひきこまれている。


ぬくもりを感じる、たきたてのご飯に熱々のお味噌汁に、漬物とめざしがついた朝食。お重につめた、お煮しめとたくさんのいなりずしのそばには、咲いたばかりの梅の枝が飾ってある。洗い物をする布巾には、手縫いの花の刺繍がついていて、これでお皿洗いの時間も幸せを感じられる。おやつは、手作りのどら焼き。もちろん、小豆はあんこからつくる。畳の掃除は、お茶ガラを撒いたあと、ほうきで掃く。


自分だって、自分だって、こういう暮らしをしてみたい。一日中家にいられて、浩介のお給料になんの心配もいらなかったら、こんな風に、丁寧に暮らしを編んでみたい。でもどうして、私には実現しなくて、いまもこうして、仕事の疲れをひきずって、これから手抜きの晩御飯をつくる予定になっているんだろう。


わかっているのだ。「丁寧な暮らし」という、この日本という国の女性たちに、引き継がれてきたこの文化は、日本がもっと豊かだったとき、たくさんの妻が専業主婦でいられた、その時代だからこそ、できた文化なのだ。その文化の甘く素敵な感じは、時代が変わった今も、私たちの間に、スタンダードなあこがれとして、いまだ残っている。


でも、もうそれができるのは、安定した暮らしのある人だけなのだ。女の子も、働かないといけないのだ。生活を維持するためには。夢から覚めたように雑誌を閉じると、なずなは買い物袋を提げて家路についた。

なずなの母親は、身を粉にして働いた看護婦だった。星の見える夜道を歩きながら、うちは本当に簡単なごはんしか出てこなかったな、となずなは苦笑する。カレーとか、よくわからない煮物とか。お世辞にもおいしいとはいえなくて、なずなはだから自分で料理をするようになったのだ。


雑誌に出てくる、素敵な写真の料理たちは、まさになずなが求めていた家庭の甘さだった。夜勤が多い母は、あまり子供もかまえず、なずなにとっては寂しい子供時代だった。でも、父が仕事に失敗して離婚したとき、本当に母のお給料が、母となずなと弟、家族三人の命綱だったのだ。


「働くことは、当たり前のことだよ。そう思えるようになりなさい」


そう教えてくれた母は、退職して穏やかに余生を送っているが、ときどき病院ボランティアとして、もといた病院で活動しているらしい。


働いてもっと貯金がしたい。その反面、全部を投げ出してゆっくりていねいに暮らしたい。その両者の思いにひきさかれながら、なずなは今日も台所に立つ。朝食の皿を洗って片づけ、買ってきた肉と冷蔵庫に残っていた野菜で、肉野菜炒めをつくり、麩とキャベツで味噌汁をつくり、もやしの酢の物をつくる。洗濯機を回し、干してあったものを取り込む。でも、掃除機をかけるのは土曜日まで待つ。


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帰ってきた浩介と、食卓を囲みながら、なずなは訊く。


「こうちゃん、仕事やめたいと思うことある?」
「そりゃあるよ」


浩介の答えは簡潔だ。内心ではこう続けるだろう。でも簡単にはやめられないよ、男だから。そう、いろんな男の人が世の中にはいて、新しい時代に即した自由人な人も増えてきているとはいえ、たいていの家庭を持った男の人なら、そうだろう。


やめて好きなことができる、という選択肢を考えられる女性のほうが、楽なのかもしれない。でも。それでも。私がぜんぶ自分で選んだ結果なのに、ていねいな暮らしが思うようにできないことに、これほど苦しめられるのはなんでなんだろう。


「私の料理、おいしいかな」
「なずなの飯はいつだって、こんなもんだろ。おいしいよ」
「私、もっと料理できるようになりたいんだ」
「ネットでも見てなんでも研究すればいいじゃん、どうぞ」
「料理を撮るときの、カメラも買ってもいい?」


「俺は携帯でも十分だと思うけど、でも、なずなのお給料分から、買えばいいんじゃないか」


食事をすませると、浩介はテレビの前にどっかりと陣取り、サッカーの試合を見始めた。私は、流しに皿を運び、水道の蛇口をひねると洗い始めた。


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深夜、眠りからふっと覚めたら、寝付けなくなってなずなはゆっくり身を起こした。横で寝ている浩介を起こさないようにして、キッチンへ向かい、ちいさく明かりをともすと、レンジで牛乳を温めた。ダイニングの椅子に座って、スマートフォンを片手に、朝見たSNSの続きを見始める。また、お洒落な暮らしの写真を中毒のように眺める自分を見ながら、思った。


そういう暮らしに憧れる気持ちと、今の自分の現実との落差。この気持ちを覚えておこう、となずなは思う。ふと思い立ち、なずなは暗いキッチンで明かりの下、ミルクを入れたマグをスマートフォンで撮ってみる。少し手元がぶれて、失敗した。二枚目、今度はさっきよりましに撮れた。


かっこ悪いのはわかっているけど、その気持ちをふりきって、なずなはスマートフォンを操作し、今撮った写真をつけて、初めての投稿を、SNSにしてみた。


「はじめまして。夜中に眠れなくて、あっためたミルク飲んでます。みなさんの暮らしの写真、いつも憧れて拝見しています。仕事と家事でいっぱいいっぱいで、なかなか理想の暮らしぶりができないですが、マイペースでがんばろうと思います」


投稿してほっと息をつくと、スマートフォンが震えた。確認すると、ひとつハートがついていた。誰かすらわからないけど、ひとつだけもらえたハート。ミルクを飲んだだけじゃなくて、指先から少しだけ、あたたまった気がした。


眠ろう、となずなは寝床に入る。明日も仕事を回さなくてはならない。明日も、忙しくて、きっとなずなの思い描く「ていねいな暮らし」は難しいだろう。ただ、それでも。「いつかやる」という言葉は、あまりいいこととしてとらえられないけれど、今は先延ばし、「いつか/ていねいに暮らす」という目標でもいいかもしれないと思った。


いつか、がいつ来るのかはわからないけど、もしかしたら来ないのかもしれないけど、こういうことをやりたい、って自由に思い描くのは、悪いことではないかもしれないと思えてきた。


いつか、朝食にふわふわのパンケーキを焼こう。
いつか、お重においなりさんをつめてお花見に行こう。
いつか、ふきんにお花の刺繍をしよう。


その夢が、自分の足を前に進めると、なずなはそう考える。スマートフォンがまた震えた。もうひとつ、ついたハートを確認すると、なずなは今度こそ、眠りに落ちた。

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本小説は2016年1月にnoteに投稿したものの再掲です。

koalaさんのエッセイ「丁寧な暮らしなんて、くそくらえ」を拝読して、この小説を思いだし、再掲に至りました。koalaさん小気味いいエッセイありがとうございます!

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