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【掌編】ヨルノナカ

夕闇は紺青にしずみ、コンビニの明かりがしろく発光している。店内に足を踏み入れると、ちゃらけたコンビニのテーマソングが耳をついて、ついさっきまで男となし崩していたときのどうにもならない気分を、ひどく陳腐な記憶に変えてしまうには十分だった。

とろとろ黒ごまプリン、トムヤムクンヌードル、ジンジャーエールグミ、と目につくそばから緑のプラスチックカゴにつっこみ、最後にミネラルウォーターを買って、しまいとした。

レジの会計の列に並び順番待ちをしながら、もっともっと体にジャンクなものをほうりこみたい、という気分になった。ただ、そういう気分になっても、生まれつき食が細いから、たくさんは入らない。

もっと自分をよごせたら。そう思うのに、私にできることといったら、家に男を呼ぶだとか、コンビニで暴れ買いしたものを食すとか、誰でも思いつきそうなことしかできないのが、つまらない。

買ったものの袋を提げて、路地に入ると濁ったドブの匂いがした。そのまま夕空を見あげると白い月が光をなげていた。きたないものとうつくしいものの落差。共生。同じ空間にあるということ。とりとめもなくそんなことを思いながら、家路についた。等間隔に並ぶ外灯の照らし出す舗装されていない道を、サンダルをつっかけて帰った。

アパートの外階段をのぼり、自室である201号室の錆びたドアノブを回す。力を入れて回さないと開かない。きしんだ音を立ててドアは開き、さっと確認した三和土に男の汚れたスニーカーがまだ並んでいるのを見て、一瞬は安堵したが同時に食道を胃液が上がってくるような苦い気分にもなる。

果たして男は私のカーペットにあぐらをかき、ベッドの横を背もたれにして大判の漫画雑誌を読んでいた。私が帰ってきたのを見るなり笑う。厭な目をしている。

「なんで女の子の漫画って、こう好いた惚れたばっかなのかなあ」
「みんなそういう話が好きだからじゃない」

「ハツミもそんな話が好きだから、ここに漫画があるんでしょ」
「その漫画、人に勧められたものだから」

私はかいつまんで、高校生のときの友人が、漫画家としてデビューして「よかったら買ってね」という期待に満ちた目をされた結果、なんとなく気まぐれに掲載誌を買ってみたという話をした。女の子ってたしかにこういうの好きだよね、あたしは好みじゃなかったけど、と言い添える。

男は一気につまらなそうになって、ふうん、ハツミはたしかにもっとドライな感じするもんな、と一人合点している。恋愛ごっこに色めきたたない私のような女が、男にずるさと安心感と一抹の失望を、同時に提供しているんだろうな、とただ思った。

男は帰りそうにない。夜は長い。帰ってということもできず、たぶんもう一回ぐらい、今夜のうちにいたすのだろうなと思いながら、私は積み木のようにコンビニの袋から出した食べ物をローテーブルに積み上げた。


「なに遊んでんの」と男が言い、私は人差し指でその山を崩した。ヌードルのカップも、プリンもグミも、みんな散らばってあとのまつりとなった。


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