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#文脈メシ妄想選手権 【掌編】ほかほかおむすびは涙味

文脈メシ妄想選手権、またヤバイ企画がnoteで始まってしまいましたね。

企画にたずさわってこられた皆様に感謝して、書かせていただきました!楽しすぎるので、これ通年で開催してほしいくらい!

あきらとさんとマリナ油森さんの告知note貼っておきますね。


とりあえず、私自身に刺さるシチュエーションでお送りさせていただきますね!

今回の文脈メシ「おむすび」

では、以下から掌編になります。

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泣くのにも疲れ果て、ごはんを作るのも洗濯をするのもなにもかも面倒で、ベッドの上で毛布をかぶってアンモナイトのように丸まっていた。食欲がない。起きて何かする気力もない。このままずうっと、何があったのかも忘れて眠ってしまいたい。

そう思いながらぼんやり「眠れないなあ」と思っていたら、ドアチャイムが鳴った。最初は無視するつもりで、そうしていた。でも、ピンポンピンポンピンポン、とチャイムは連打され、私はやっとのことで起き上がる。もし大事な荷物だったりしたら、受け取らないといけない。

体をなんとか起こして、宅配便のおじさんにならこんなボロボロに泣いた顔も見られても仕方ないか、と思ってよろよろとドアの前まで行った。向こうだって商売だから、こちらがどんな顔をしていようが部屋着のままだろうが、気にしないだろう。

そしてドアを開けた私は「え、なんで……」と驚きの声を漏らしていた。大学の環境ボランティアサークルの一学年上の先輩、矢川さんが立っていた。

「宮木、よかった。大学、三週間休んでるって、倉田から聞いたから、何かあったんじゃないかと思って。ていうか、ごめん。――泣いてるとこだった?」

誰にでもわけへだてなく優しくて面倒見のいい矢川さんだから、なんの他意もなく私が大学に来ないことを心配して訪ねてくれたのだろうと思った。大学キャンパス内で段ボールの中にいた捨て猫を拾ったら、三匹すべてに引き取り先を見つけてくるような人だ。

「あの」と私は言った。この人の「大丈夫?」とでも聞くような優しい眼差しの元では正直にならざるを得ない。

「ずっと可愛がってくれていた祖父が急に亡くなって、お葬式が済んでこっちに帰ってきたものの、泣いてることしかできないから、大学にも行けなくて」

「それは、しんどいな。でも、無事でよかったよ。――てか、宮木、痩せたね。ちゃんと食べてないんじゃない?」

今、矢川さんの目に映っている自分が、さぞひどい恰好だろうと思うと、とても恥ずかしくなった。――頬には涙のあと、ずっと着替えてない染みのついた部屋着、最悪だ。できたらこんな姿――サークルに入ってからずっとひそかにあこがれていた矢川さんに見せたくなかった。

「宮木になんかあって、食べ物すらまともに食べてない感じなんじゃないかと、心配してた。俺、今からめっちゃお節介するよ。部屋、上がっていい?」

「え、ええ、あ、いい、ですけど」

止める間もなく、矢川さんは私の了解を得ると部屋の中に入ってきた。手にはスーパーの袋が握られている。

「キッチン借りる。ちょっと楽なようにくつろいでて」

すっきり切られた短髪のうなじを、私はベッドに腰かけて眺めることしかできなかった。今、きっと耳の先まで赤くなっているだろうことは、鏡を見なくてもわかる。どうして、私の好きな人がどうして今私の部屋で、台所を使っているのだろう。

「家族を亡くすって、きついよね。あ、炊飯器借りるよ」

続けて矢川さんはなんでもないことのように言った。

「俺も、母親を亡くしたときと、飼い犬を亡くしたときが人生最高にひどかった」

私は言葉をなくして矢川さんの自分のよりも広い背中を見ていた。しばらくして、ごはんの炊けるいい香りが漂ってきた。

「矢川さんって、お料理上手なんですね」

「ん、まあね。誰にでもつくるわけじゃないけど。今回宮木が俺をすっごい心配させたから」

「ええ」

三十分後、私の目の前にはふたつ、つやつやと光るおむすびが並んでいた。

「一個は昆布、一個は梅。――食欲ないの、わかってる。だから、食べられそうになったら食べて。俺、なんも食えないときでも、これなら食べれることあったから」

「ありがとう、ございます」

私がやっとのことでお礼を言うと、矢川さんは私を優しい目で見ながら手を振った。

「じゃ、俺、帰るね。――元気になったら、また部室来てな。いつでも、待ってるから」

「あのっ、そのっ」

私は思いがけない嬉しさのあまり動転して、体の力を振り絞って言った。

「まだ、行かないでください――! もう少しそばに、いてくださいっ」

「えっ」と矢川さんが出ていこうとした足を止める。

「あの、私、わたし、ずっと、あの、その、矢川さんの、ことが」

そうしどろもどろに告げる私の目の前で、矢川さんがみるみる赤くなる。そのあと、矢川さんは真剣なまなざしになって、こほんと咳払いをした。

「ちょっと待って、宮木。――そこから先、俺にちゃんと言わせて?」


――そのあと、私は矢川さんと一緒に、矢川さんのにぎってくれたおむすびを食べた。ほっかほかに温かくって、ちょっぴり涙のような塩味がした。


のちに、私が元気になって大学に復帰したときに、矢川さんが笑って言った。

「好きな女の子が弱ってるって知って、でも弱みに付け込む真似はしたくなくて、でも『行かないでくださいっ』っていい言葉だったなあ。もう一回聞きたい」

「もう、からかわないでください!」

あのあと、私たちは付き合いはじめた。新緑光る五月、大学の正門前で私を待っている矢川さんを見つけて、私は全力で駆け寄って行った。

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以上です!!!

私自身の弱いポイントは「ボロボロに弱っているときに好きな人にやさしくしてもらったり、ごはんをつくってもらったり、そばにいてもらう」というものなので、それ今回全部盛りしました。

いかがでしたでしょうか?

自分をさらけ出すのは、恥ずかしいけど、これ癖になっちゃいますね。

一人何本でもOKということでしたが、とりあえず1本お納めしますので、ご査収くださいませ。


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