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【掌編】朝練

さっきまで静かだった早朝の音楽室には、ぽつぽつと部活仲間が集まって来て、それぞれ楽器を取り出し、基礎練を始めている。夏のコンクールまであとひと月なので、みんな自主的に、授業前の30分、音楽室で練習する。

私は打楽器担当で、打楽器の基礎連といえば、いの一番に手首を柔らかくすることが大切なのである。自分用のスネアスティックを使って、ゴム製の練習用パッドに、タンタンタンタン、とリズムよく叩くことから始める。メトロノームに合わせて、まずはゆっくり120の目盛りから、だんだん慣れていくにつれ、160の目盛りまで上げて、手首の動きを慣らしていく。

タンタカタンタカ、タカタ、タカタ、タカッタタカッタ、タカタカタカタカ、など、練習用の楽譜にも様々なリズムがあって、順番に、正しく叩けるようにスティックを打ち鳴らす。中学三年生になってようやく、それなりに楽器が演奏できるようになってきた。そもそも肺活量がなさすぎて、吹く楽器から打楽器に回されたのに、1年のうちは手首が固すぎて打楽器演奏もどれも苦労した。

基礎練習が終わると、コンクール用の楽譜を取り出す。コンクールには課題曲と自由曲があって、私は課題曲のほうではスネア(小太鼓)、自由曲のほうではシロフォン(木琴)とビブラフォン(鉄琴)を演奏する。スネアや鍵盤楽器は難しいので、だいたい三年生がやっている。一年生のうちは、ゆっくりとしたテンポのバスドラム(大太鼓)やシンバルの担当になることが多い。

うちの吹奏楽部は、去年は県大会で銀賞どまりだった。今年はぜったい金賞狙いたいよね、と三年生の女子のうちで言っている。だって、このメンバーで演奏できるのは、夏のコンクールが最後だから。泣いて笑って、思い出に残る大会になったらいいな。そんなことを考えながら、コンクール用の演奏の練習をひとさらいする。

鍵盤楽器は、やっぱりスネアやシンバルのような、一定の音しか出ない楽器と違って、音域があるから楽しいと思う。右手に2本、左手に2本、マレットを交差に指にひっかけて持って、4本持ちで演奏する。とても難しい技だけど、最近はだんだんできるようになってきた。コンクールまでに、完璧にできるようになりたい。

ふと気が付いて顔を上げて音楽室の壁時計を見ると、もう1限目の授業まであと少しの時間になっていた。もう、片づけて行かなくちゃ。私たちの本当の夏まで、走り抜かなくちゃ。

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