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ずっと待つよ

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少し長めのお話を集めたマガジンです。
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2022年6月の記事一覧

【小説】レシートの記憶

【小説】レシートの記憶

ホットスナックのからあげ五個、コーヒーMサイズ、そしてメンソールの煙草。その三点の商品が印字されたレシートを、僕は社会人になったいまでも部屋の引き出しの中にしまいこんでいる。

これは、河野さんのこの店での最後の買い物だった。このレシート一枚が、僕と彼女がたしかに同じ時間を過ごした、そのまぎれもない証拠なのだった。

僕が東京にある大学に合格を決めたとき、父は農作業用のトラクターを磨きながら、から

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先生と私のスケッチ

先生と私のスケッチ

墓地公園から夏草を踏みしめながら坂をあがっていくと、小さな展望台がある。階段をのぼりきり、上から故郷の街をぐるりと見渡すと私は一眼レフをゆっくりと構えた。シャッターを一度、二度、切ってみる。泡のように心に浮かび上がってくるのは、懐かしい「先生」の言葉だった。

『そう、言葉を使って、社会を、世界をスケッチしてごらんなさい。あなたには、きっと良いものが書ける。大丈夫よ、この世はそんなに悪くないわ』

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【小説】rebirth(再掲載)

【小説】rebirth(再掲載)

花や木が好きだ。可憐な色合い、澄んだ青い匂い。植物は、いつも私の心を和ませてくれる。仕事のない休日、実家の庭に出て、土をいじっている時間が、私にとってはいちばんの至福のときだ。――その反面、ひとは苦手なのだけど。

季節は六月で、今月の庭は薄紫と白を基調に染め上げられている。ラベンダーと紫陽花の紫、クチナシとカラーの純白。ペチュニアやインパチェンスが、そこにさらにこまかな彩りを添える。

寄せ植え

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