見出し画像

【SF(すこしふしぎ)小説】ラミステ ラパステ(前編)

 この世は、テクノロジーによって進化と繁栄をもたらされてきた。
 鳥に憧れた人間は、飛行機を作って空を飛び、山のように積まれた文献を貪り読んで、叡智を身につけていた人間は、指先一つで欲しい知識を得られるようになった。
 他の動物を狩ったり植物を育てたり、自分達で火をおこし水を汲んで、ようやく食事にありつけるということも、もうない。
 現在では、食材は店まで行かずとも購入出来て、スイッチ一つ押せば、火も水も思うままに操ることが出来る。
 今日まで、テクノロジーの進化と繁栄は様々な功罪を重ねながら、概ね「人類の進化と幸福度の向上」のために日進月歩、発展を遂げてきた。
 そして、現在。
 「ラミステ ラパステ」がこの地球上で生活するためには不可欠な存在として、鎮座している。
 この「ラミステ ラパステ」は、リリースされた当初こそ、みんな猜疑心や不信感が募ってその正体や利用方法について議論したり、反対運動なんかも起こったりしていた。
 しかし、先の報道によれば、全世界の「ラミステ ラパステ」の普及率は92パーセントとされ、遂に世界の識字率を超えたそうだ。
 そう、いまや「ラミステ ラパステ」は人類の叡智の象徴であった文字をも超越している。
 それだけではない。
 現代社会に生きる人間にとって「ラミステ ラパステ」は、人間が人間たらしめるものを全て兼ね備え、何もかもを補完する存在となっていた。


 そんな世界の中で、俺はこの「ラミステ ラパステ」を利用することなく生きている。
 勿論、「ラミステ ラパステ」を利用していない8パーセントの人間達も、この世の中で生きることは出来る。
 ただ、死にたくなるほど不便だが。
 俺が「ラミステ ラパステ」を利用していない理由をよく聞かれることがあるが、そんなもの特にない。
 強いて言えば、「ラミステ ラパステ」となんだか舐めたら舌が痺れそうなほど甘ったるい名前の響きが嫌いなのと、長ったらしくて呼ぶのがめんどくさいからというだけのことだ。
 あと、「ラミステ ラパステ」を使わない俺に絡んでくる奴らが軒並みうざくて嫌いなのと。


 こんな変わり者の俺だが、一途に愛してくれる紗季という女がいる。
 紗季は、「ラミステ ラパステ」を利用しない俺のことを「めんどくさいなぁ」と苦笑いしながらも、きちんと尊重してくれていた。
 俺も、そんな変わり者の紗季を愛していた。
 出会いから2年ほど経過したのち、俺達は永遠の愛を相手に誓うことにした。
 その日から俺達は、結婚式に向けて準備を進めていた。
 今日は、お互いの親族を呼んで、少し奮発したフレンチレストランで、顔合わせと親睦会を兼ねた食事会を催した。
 コース料理が順番に運ばれて、しわ一つない白のテーブルクロスがみるみるうちに鮮やかに彩られていく。
 その時紗季の父親が、乾杯もしていないのにビールを一口含み、それを苦々しい顔で飲み込むと、口を開いた。
 「君は、『ラミステ ラパステ』を利用していないそうだね。何故なんだ?」
 一瞬、ここにいるみんなに緊張が走る。
 俺はその緊張を緩めるため、極力にこやかな笑みを作り、「特に理由はありませんが、『ラミステ ラパステ』という名前が、どうも苦手で」と答えた。
 「そんな理由で利用しないとは考えられんな。
 利用しないで不便ではないか?」
 「ええ、不便なことの方が多いですけど、今のところ別に問題なく生きています。」
 「君はそれでいいだろう。
 しかし、今後紗季にも、いずれは出来るであろう私の孫にも、その不便を強いるのかね?」
 「あ、いえ、別に強いるつもりは…。」
 「だったら、『ラミステ ラパステ』を利用しない理由が、『名前が苦手』と聞かされて『そうですか』と簡単に納得出来るか!!!!」
 紗季の父親が、泡を吹きながら怒鳴る。
 ーーー唾だかビールの泡だかよくわからないがーーー。
 「生まれた瞬間から、紗季にだけは困苦に耐えるような思いはさせまいと、歯を食いしばって今日まで大切に育ててきたんだ!!!
 その大切な我が子の結婚相手が『ラミステ ラパステ』を大した理由もなく利用しないと、どうして受け入れられるんだ!!!!」
 「あ、ああ…えっと、すみません…。」
 紗季の父親に気圧されて、俺の言動がしどろもどろになってしまう。
 それを見た紗季の父親が「フン」と鼻を鳴らして、
 「私は今日、それを言いに来ただけだ。うちの子と本気で結婚したいなら、それなりの誠意を見せたまえよ。」
 そうして、両家顔合わせの食事会は不穏な空気のまま、終会となった。


 「ラミステ ラパステ」を利用しないことはそんなにも酷い罪なのだろうか。
 酒を飲む人間も飲まない人間もいるように、煙草を吸う人間も吸わない人間もいるように、「ラミステ ラパステ」も利用する人間と利用しない人間がいたっていいだろうに。
 何故あれほどまでに、蔑まれなければならないのだろうか。
 「なんか、ごめんね。」
 紗季の父親に言われたことへの不満が表情に出ていたようで、紗季が心配そうに俺の顔を見る。
 「いや、紗季は悪くないよ。」
 「でも…私も、パパと同じことを前からずっと考えていたよ。」
 「え?」
 「『ラミステ ラパステ』利用しないって選択肢があるの、正直変だと思うし、あんまり…その、理解出来ない。」と紗季はゴモゴモ言った。
 そもそも、俺は「ラミステ ラパステ」がリリースされた当初から、俺はただの一度も利用したことがない。
 当然、紗季と出会った頃も、告白した頃も、ずっとずっと利用していないし、そして、これからもきっと利用しないであろうことも全て織り込み済みで俺を愛してくれているのだと、結婚してくれるのだと、勝手に思っていた。
 味方だと思っていた奴に、背後から撃たれたような気分だ。
 二人で居を構えた新築アパートのリビングが急に澱んで汚く見えて、なんだか吐き気までしてきた。
 「疲れたから、寝る。」
 立ち上がって寝室へ向かう。
 紗季に何か言われたが、もう俺は聞いていなかった。


 寝る、とは言ったものの、いつもの就寝時間までにはまだまだあるし、そもそも吐き気がするほどの苛立ちで眠れそうにもない。
 ベッドの上で、今は古代の産物と化した「パソコン」を起動させ、「インターネット」にリンクさせる。

 大昔に整備され、永く栄えた「インターネット」は、現在運営が停止されて、サービスを終了している。
 何故なら、現在ではそのシステムの全てを「ラミステ ラパステ」が掌握しているからだ。
 「ラミステ ラパステ」の普及以降、「インターネット」に接続することは罪とされ、利用するには高度なコツと知識が必要になった。
 なので、「ラミステ ラパステ」を利用している人間は、「インターネット」を利用することはまずしない。
 それに反して、俺は「ラミステ ラパステ」のその名前が、長ったらしくて呼ぶのがめんどくさいから嫌いなくせに、こういう手間は嫌いじゃない。
 手間と時間をかけ、自分の智力を尽くした「インターネット」の世界は、いつも俺の知的好奇心をくすぐり、高揚感や達成感、充足感など俺の「人間らしさ」を刺激することばかりだった。
 俺は、ソースコードを入力して「インターネット」から「掲示板」を手繰り寄せる。
 パスワードを4回も入力させられたのち、ある変数の配列を並べ替えること数分、ようやく「スレッド」を開く権利を受け取った。
 「インターネット」の世界では、如何に素早く「ラミステ ラパステ」の監視をすり抜けて自分の目的地へ潜り込めるかが醍醐味の一つだ。
 そもそも、最近の俺にとって「インターネット」とは、入り込んで監視をかい潜るスリルを味わうことが目的となっていて、手繰り寄せた「掲示板」などはおまけでしかない。
 この世の殆どの人間が「全知全能の神のような存在」と崇め奉っている「ラミステ ラパステ」の目を、俺は自分の智力で凌駕していると思うと、大抵の嫌なことはどうでもよくなるのだ。
 ともあれ、今回も無事「掲示板」まで辿り着いたのだから、記念に何か書き込みでもーーー。
 そうだな、今日の顔合わせの話についてでも書こう。
 いつもならそんなこと思いもしないのに、自分が思うよりも、ずっと深く今日起こった出来事に傷つき、許せずにいるようだ。
 俺は、立ち上げられただけで何も手付かずの「スレッド」に、今の思いを入力した。
 「キーボード」がカタカタッと古い音を立てて鳴る。
 あの侮蔑に満ちた紗季の父親の目も、「結婚」という屋根に登ったら、途端にハシゴを外した紗季への失望も、世の中の不条理も、差別され、排除されることの理不尽さも、その全ては「ラミステ ラパステ」に起因しているということも、全部全部、俺の指によって激しく上下する「キーボード」にぶちまけた。


 許せない、許さない。
 俺が全てをぶち壊す。

        《続く》

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?