【短編小説】あわないふたり
「今日これから時間ある?」
「もう、それやめてって言ってるじゃん。
急に言われても空いてないよ。」
「ちょっとだけ!まじでちょっと!ねっ?」
「無理なものは無理。」
「あーあ、会いたかったなぁ。」
「そう思うなら早めに連絡くださーい。」
「はーい、わかりましたー。」
「お願いしまーす。」とこっちが返事をする前に電話が切れる。
何なの、もう。
私を何だと思ってんの?
その答えは、承知している。
だけど、深いため息と一緒に頭から追い出した。
あれ、右目のマスカラ塗ったの何回目だっけ。
何も予定のない日曜日、家で映画を観ているだけでもよかったけど、外は春の日差しが暖かくて、出かければ何かいいことがありそうな気がした。
だから、外に出る準備を始めただけなのに。
このタイミングで長瀬から電話が来るなんて、まるで電話を待っていたみたい。
絶対そんなふうに思われたくない。
そんなの悔しすぎる。
大体、いくら私が都合のいい女だからって当日の連絡でセックスしようなんてあんまりじゃない?
長瀬は、大学のときの同級生だ。
入学式でたまたま隣に座り、たまたまオリエンテーションで同じ班になって、たまたま入部したサークルも一緒だった。
好きなものが似ていた私と長瀬が、仲良くなるまでにそう時間はかからなかった。
長瀬を好きになったきっかけは何だったんだろう。
今となってはよく思い出せない。
ただ、地元に残してきた彼女のことを、長瀬は愛おしそうに、でもどこか寂しげな顔をしながらぽつぽつと話してくれた。
私はそんな長瀬の横顔がどうしようもなく好きだった。
だからこそ、何度も諦めようと思った。
彼女を大切に想う長瀬への恋心を忘れたくて、好きでもない男と付き合ったこともある。
でも結局、私から「2番目の彼女」に成り下がり、そろそろ3年の月日が経とうといた。
長瀬からの突然の電話に苛立ちを感じながらマスカラをつけていたら、勢い余って目の周りがパンダのように真っ黒になった。
もう一回顔を洗って、メイクし直そう。
意地でも外に出かけてやる。
何もやることのない日曜日。
家の掃除に飽きた俺は、掃除機を放り投げて気分転換にドライブをしていた。
しかし、30分もすると車を運転するのも面倒になり、瑠花の家の近くにある公園で車を停めた。
公園には遊具ではしゃぐ子ども達、ピクニックを楽しむカップル、桜の写真を撮っている女子高生など、能天気な奴らがわんさかいた。
春の陽気で外に出てきてはしゃいでるなんて、冬眠から覚めた蛙や蛇と大して変わらないじゃねえか。
日差しが眩しくて、イライラする。
ダッシュボードの上に置いてあるサングラスをかけながら、瑠花に電話をかけた。
「今日時間ある?」
「もう、それやめてって言ったじゃん。
急に言われても空いてないよ。」
「ちょっとだけ!まじでちょっと!ねっ?」
「無理なものは無理。」
「あーあ、会いたかったなぁ。」
「そう思うなら早めに連絡くださーい。」
「はーい、わかりましたー。」
それなら次いつ会う?と言おうとしたとき、手を滑らせてスマホを落とし、そのはずみで電話はプッと切れてしまった。
ここでまた瑠花に電話をかけるのも、何だか諦めの悪い男みたいで気色悪い。
チッと舌打ちをすると、スマホはアクセルペダルの向こう側のまま、シートを倒して寝そべった。
瑠花は、大学のときの同級生だ。
入学式でたまたま隣に座り、たまたまオリエンテーションで同じ班になって、たまたま入部したサークルも一緒だった。
好きなものが似ていた俺と瑠花がつるむようになったのも、瑠花の俺に対する好意に気づいたのも、そんなに時間はかからなかったように思う。
3年前、俺は地元に残してきた彼女のリエコに浮気をされて、ひどく自暴自棄になっていた。
浮気を電話で問い詰めたときに、「寂しかった」とリエコに泣かれ、自分の無力さやリエコへの嫌悪感で頭がおかしくなりそうだった。
いや、もうすでにおかしくなっていたかもしれない。
そうでなければ、リエコにどうにか復讐をしてやりたいという理由で、瑠花の告白を受ける最低男になることはなかったと思う。
しかし、その甲斐虚しく、俺はリエコと時間を置かずに別れることになる。
リエコが浮気がバレた後も間男と関係を続けていたからだ。
でも、瑠花にその話はしなかった。
しばらく何も考えたくなかったし、瑠花も何も言わず何も聞かず俺の傍にいてくれた。
正直、浮気をされて女と別れたと認めたくない俺のダサいプライドもあったと思う。
この3年の間に瑠花に彼氏が出来なかったこともなかったが、なんだかんだで俺との関係も続いていた。
俺はそれを、瑠花が俺への好意を諦められなかったからだと知っている。
そんないじらしい瑠花とそろそろ正式に付き合ってもいいと、最近は思うようになってきた。
それなのに、このところ瑠花は俺に会おうとしない。
3年間瑠花の気持ちを知りながら、関係を曖昧にしてきた俺が一番悪いけれど、瑠花だって結局最後は俺と付き合うのを望んでるはずだ。
そうでなければ、身体の関係だけを3年も続けているはずがない。
でも、瑠花に告白してもいいと思っても、会うのを拒まれていればどうしようもない。
3年も待たせているのに、電話やSNSで告白するのも男のすることじゃないだろう。
そう思いながら、ズルズルとセフレのままの時間は進んでいた。
なんだよ。
何で会ってくんないんだよ、瑠花。
会いたいだろ。
家を出て、駅前へ向かう。
道中、ウィンドウショッピングを楽しむ親子や、桜を見ながら散歩する年配の夫婦、アイスクリームを食べながら談笑する男子高校生など、みんなそれぞれの春を楽しんでいて、街は活気づいていた。
メイクのやり直しのせいで、だいぶ余計な時間は使ったけど、こないだ買った桜色のワンピースが着てみたら思っていたよりずっと可愛くて、テンションはかなり上がっている。
駅前の洋服屋のショーウィンドウに映った私は、まるで映画のヒロインのようだ。
キャメルのショートブーツをコツコツと鳴らし、ステップなんか踏んでターンを決めたくなる。
ーーーまあ、流石にしないけど。
駅前の商店街にある、半年前まで本屋だった場所に、先日ケーキ屋がオープンした。
可愛い店構えで、改装中からずっと気になっていたけれど、仕事のあとは1秒でも早く家に帰りたくて、なかなか足が向かなかった。
でも、今日はあの店で一番の人気商品だというマカロンを買って、公園で桜を見ながら食べるのもいいかもしれない。
それなら公園の向かいにあるコーヒースタンドも行こう。
今日のおすすめは何だろう。
やっぱり家に篭っていないで外に出て正解だった。
仕事に邁進し、休みの日は目の前の小さな喜びを慈しむ。
これがきっと今の私の身の丈にあった幸せなんだとつくづく思う。
大学を卒業して3年、仕事を任されることも増えてきた。
ずっとやりたかった仕事だから、やりがいもあるし充実している。
辛いことや嫌なこともあるけれど、仕事のおかげで、長瀬のことを考える時間も余裕もあまりない。
私の幸せに、きっと長瀬は必要ない。
そして、長瀬の幸せにも、私は必要ない。
そろそろ自分の気持ちに決着をつけるときかもしれない。
明日は月曜日だ。
思わずため息が出る。
明日は朝イチで営業会議だ。
ノルマの達成率、売上、利益の話。
頑張って頑張って、死にそうなくらい働いて。
ノルマを達成したところで、誰かに褒められるわけでもない。
次の達成目標になって、自分の首を絞めるだけ。
俺は元々、開発部志望だった。
会社と社会の利益に貢献する大発明をすることが長らくの夢だった。
入社試験でもそう答えたのに、俺にあてがわれたのは営業職だった。
俺は営業なんて向いてないはずなのに。
上の連中は「適材適所」という言葉を知らないのだろうか。
そうは思うが、俺がこうやって毒づいたところで時間が経てば明日はやってくるし、営業会議もなくならない。
ため息が止まらなかった。
しかし、春とは思えないほど太陽は俺の車を照りつけて、車内が茹だるほど暑い。
ワイシャツのボタンを一つ外し、襟元をつまんでパタパタと煽ぐ。
喉が渇いたな。
向かいのコーヒースタンドに、アイスコーヒーでも買いに行くか。
ようやくスマホを拾い、シートを起こす。
しかし、シートを起こして俺の視界に飛び込んできたのは、コーヒースタンドを起点とした暇人どもの大行列だった。
たかがアイスコーヒーひとつ買うのにあんなに並ぶなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある。
暇人どもが、大概にしろよ。
チッと舌打ちをして、結局再びシートを倒した。
何だよ、何なんだよ。
クソッ!
クソッ!!クソッ!!
こんなにイライラするのは、きっと瑠花のせいだ。
瑠花がきちんと俺に向き合ってくれれば。
瑠花がきちんと俺と話をしてくれれば。
今度こそ、俺は「瑠花が好きだ」と伝えるのに。
そうだ、今から瑠花の家に行こう。
そして、ちゃんと言おう。
今の俺にとって一番大切なのは瑠花なんだと。
身体だけの関係はもう終わり。
瑠花もそれを望んでいるはずだから。
人気のコーヒースタンドは、暖かい春の陽気も相まって、大行列が出来ていた。
その行列の一番後ろに並ぶと、すぐお店の人がメニュー表を持ってきてくれた。
いつもならカフェラテを頼むけど、今日はアイスコーヒーにしようかな。
マカロンが入った小箱を少しだけ開けて覗くと、甘い香りがふわっと私の鼻をくすぐる。
新作の桜マカロンってどんな味なんだろう。
いちごマカロンも買っちゃった。
私、なんだかすごく春を満喫してる。
思わず、くくっと笑みが溢れてしまう。
こんなことでワクワクしてる私は、すごく単純な女なんだと思う。
自分でもほんの少し呆れるけど、こんな私も案外悪くない。
そう、きっとそうなの。
そろそろ、私も次に進まなくちゃ。
長瀬の幸せは心から祈ってる。
私、長瀬がいなくても、こうして幸せでいるからね。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?