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イライラする缶詰め|ショートショート

空の缶詰めを見ながら、押し寄せてくる後悔に押しつぶされそうになっていた。訪問販売なんて、最初からこうなることはわかっていたのに。

「イライラした感情をここに閉じ込めることができます。機械は女性にも簡単に取り扱えますので、ご心配なく」
薄い唇は絶えず微笑んでいて、販売員は何度も「奥さん」と言った。

「イライラすることありますよね、奥さん」
「あっという間にイライラが吹き飛ぶんですよ、奥さん」

騙されたと思って使ってみるか、とこの衝動買いによる自分へのイライラを缶詰めに閉じ込めた。言った通り機械の操作は簡単で、気持ちはすーっと軽くなった。

夫が帰ってきた。
「おかえり」
「ただいま。ごはんある?」
「え、食べてきたんじゃないの?」

「いろいろ状況が変わってさ…」
「じゃあ、帰りながら連絡してよ」
また缶詰め案件だ、と思いながらソファから立ち上がった。

「いいよ、缶詰でも適当に食べるよ」
夫は台所で私が作った缶詰めを開けているところだった。


#ショートショートnote杯

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