鏡 顔|ショートショート
新しく買った鏡には顔がついていた。
別に幽霊や背後霊が映るのではなく、鏡自体の顔だった。だから怖くはなかった。私はその鏡を親しみを込めて「鏡さん」と呼んでいた。
鏡さんは時折表情を変えた。
朝の支度をしている時には、微笑みを浮かべていたのに、帰ってきたら沈んだ顔になったりした。
私は特に気にも留めず、明日雨かな、くらいに思っていた。事実、鏡さんが物憂げな表情をしているのは雨の日が多かった。
同じ部署に、鏡さんにそっくりな社員が異動してきた。
最初の数日は似ていることに気がつかなかったが、1日中その人と仕事をして家に帰ると、鏡さんとその同僚の顔が重なった。
その夜は鏡さんに布をかけて寝た。
翌朝、家で見たのと同じ暗い表情を顔に貼り付けた同僚がいた。
昼休みに声をかけ、相談に乗った。ずっと悩んでいた、と同僚は話した。
確か鏡さんはここ数日物憂げだった。
僕は雨の日が嫌いで、と喫茶店の外で傘を差しながら笑っていた。
鏡さん、と呟いてみた。
(410文字)
こちらの企画に参加しています。
何かが始まりそうな感じで終わってしましました…笑
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