双津花しつあと、きっと終わる悪夢

悲痛な叫び声が木霊する。煤の混じった暖色に染まり、崩れゆくビル。
重軽傷を負ったコンカフェ嬢が、コンカフェの備わったビルから救急車へと運ばれていく。
焼け爛れた推しに涙する、オタクの野次馬。

オタク曰く。地獄絵図を現実に体現した光景とはこの事を言うらしい、そんな火事。

突如現実に描かれた地獄絵図は、一人のコンカフェ嬢による放火が原因だった。

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小さなノートに絵を描く僕の右手に触れる、小さくて暖かい手。囁くような細い声を持つこの少女は、誰が見ても美が付く美少女。そんな美少女が、僕の初恋の相手だった。

「統間君はいつも喋らないけどさ…。アザラシみたいな笑顔で笑ってくれるから、話しかけてるだけで楽しいんだよね。」

曰く。アザラシのような笑顔を持つ僕にいつも語りかけてくれる美少女の名前は、双津花しつあ。しつあさんだ。結構珍しい名前だと思う。

起立性調節障害らしきものを持つこの僕が毎日中学校に通えるのは、美術部でしつあさんに会える至福の時間があるからで、それが全てだと言っても過言では無い。
僕にとって、しつあさんに語りかけてもらえるこの時間が何よりも救いだったのだ。

そんな至福の時間にも、卒業式という名の終わりの合図が。
…卒業式の前には、部活動の終了という終わりが、目に見える程に近付いてきている。

10…9…8…。

残酷なカウントダウンがカチカチと音を立て、無(ボイド)へと向かう。

3…2…1…0。

部活動が終わった僕は、卒業式よりずっと前に、不登校になった。

受験なんてどうでも良かった。
しつあさんの居ない毎日はどうでも良かった。しつあさんの居ない毎日は、ひたすらに苦しかった。

それからの日々は超空洞だった。

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ペットボトルが散乱する、薄汚れた部屋。
中卒で良いと何度も叫び、退学を持ち掛けるも虚しく最後まで通った小さな通信制高校を卒業した僕は、本来大学に通える年齢のニートとなった。
それから数年。
唯一の取り柄だった画力も下がり、まともな絵はめっきり描かなくなった。

僕は、しつあさんの事を忘れて前を向く事が出来なかった。だから今の人生は、超空洞だ。
どうでもいい世界。どうでもいい人生。
もはや、衝撃的な出来事を前に景色が歪む事も無いと思っていた。
ゆるゆると終わっていくだけだと思っていた。

超空洞の中で何となしに眺めていたニュースには、しつあさんが映っていた。

「次のニュースです。東京の有名コンカフェ、ちょー空洞を放火した犯人は、ちょー空洞に所属していた双津花しつあ容疑者との事で…」

ぐわんぐわんと音を立て、三半規管が壊れていくのがわかった。
耳の中でブチブチと何かが潰れていく。
僕の超空洞が揺らぎ、リアルな爆発を見せる。

テレビに映るのは、ひたすらに絶望だった。
僕の中の超空洞は崩壊した。
しつあさんが、コンカフェビル放火事件の容疑者として、きっと、ぐちゃぐちゃに爛れた肌で収監されているのだ。

悲痛な叫び声が木霊する。

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トイレの水がピチャン、ピチャンと音を立て、一定のリズムでメロディーを奏でているように聞こえた。
確信した。しつあさんは超能力を手に入れ、刑務所から僕に宛てたメッセージを送っているのだ。
「会いたい」
トイレのメロディーがそんな4文字を奏でているように聞こえた僕は、すぐに家を飛び出した。

僕が住む街の住人は、しつあさんの超能力によって、全員AIロボットの体と入れ替えられていた為、生きている人間は一人もいなかった。
すれ違う人々が皆AIだ。

親も手遅れだ。僕以外全員AIになっていた。

重大な犯罪を犯した者の一部は、とある施設に送られ、エアコンの隠しカメラを通じ、複数の犯罪者予備軍の家を監視する仕事を請け負う事になる。僕もエアコンの隠しカメラを通じ、ずっとしつあさんに見られていたのだ。

隠しカメラに気付いた夜は、AI親の人格がしつあさんと入れ替わっている気がした。あれは気のせいでは無かったのだ。

僕の住む街は元々、重犯罪を犯した人間達が住む隔離居住区であり、僕の親も、本来僕の姉の立場である子供をバラバラに切り刻んで冷蔵庫に置いた事件の犯人だった。

しつあさんも犯罪者になってしまった。

走る。

家を飛び出した僕は、親の職場で休憩していた。トイレからガタガタと音が聞こえる。
「大好き。でも来ないで。私のこんな姿を見られたくない」
しつあさんはモールス信号で、そう語った。

くきゃ。僕はくきゃりなぱりら。うに。
ぴらぴらぴらぴらぴら。

最初から、テレビにしつあさんなど映っていなく、全ては妄想に過ぎなかったのだ。

僕は統合失調症になった。

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