天才に勝つ方法(小柏魁/4年)
みなさん、こんにちは。
法政大学社会学部4年の小柏魁です。
よろしくお願いします。
突然ですが、みなさんは何のために仕事をしたり、スポーツをしたりしていますか?
私は、小学4年生からハンドボールを12年間続けています。その理由は、才能のある選手達に努力で勝ち抜き、いつか全国大会で優勝して自分の可能性を自分に証明したいからです。私の人生は、アニメのキングダムと一緒だと勝手に思ってます。このことについて、自分の人生について振り返りながら語っていきたいと思います。
まず、私とはどんな人物か紹介したいと思います。私は、未開の地で生まれた1人の獣です。なぜなら、知らない人の畑に植えてあったブロッコリーを大好物だからという理由でもぎ取って家に持ち帰ったことがあるからです。また、ウリボーを見かけたら釣竿にジャガイモを付けて釣ろうとしたことがあるからです。川に入って鯉を素手で捕まえたこともあります。
あっでも!人間的な一面もありますよ😎
地域のおばさんたちとお茶会をよくしてました。このことから、私は獣と人間の2つの性質を持つ野獣といえます。
こんな野獣と付き合う友達や彼女は大変ですね。ほんと大変💦💦
それから
さてさて、君のことはもう十分分かったから本題入ってくれって思ってる人もちらほらいると思うので本題に入っていこうと思います。まぁ、結局は自分語りなんですけど笑
〜天才に勝つ方法
それは強い想いと底知れぬ努力〜
①小学生編
私がハンドボールを続けている理由は、才能のある選手達に努力で勝ち抜き、自分の可能性を証明し続ける圧倒的な秀才である肩書きをいつか全国大会で優勝して自分に証明したいからです。
私が、ハンドボールを始めたきっかけは、兄のハンドボールをしている姿に憧れたからです。しかし、初日の体験練習では、3歩シュートが全くできませんでした。周りのチームメイトは一度で成功するのに自分だけができず、劣等感を感じ、その日の夜は家でずっと泣いて家族に文句を言ってました。
「ハンドボールなんてつまんない‼️やってられるかこんなスポーツ‼️」って感じのことを言い続けてましたね。笑
それでも、諦めずハンドボールを続けた理由としては、兄の心に刺さるようなアドバイスがあったからです。それは、兄に「努力せずに練習に1回行っただけで上手くなって楽しいか?それまでの過程が俺は大事だと思うよ?努力して努力した結果、出来なかったことができるようになった瞬間の方が楽しいし最高じゃん!」と言われたことです。この言葉をきっかけに、次の練習までに毎日、3歩シュートの練習を繰り返し繰り返し何度も練習し、努力し続けました。その結果、3歩シュートが簡単に出来るようになりました。
あの時の達成感は半端なかったですね笑
その日から、劣等感を払拭する毎日が始まりました。小学生では、努力し続けた結果、上手い人が集まる関東トレーニングシステムにハンドボールクラブの中から自分だけが選ばれ、参加することができました。また、ハンドボールクラブでは、レギュラーとしてエースに抜擢されました。この時の憧れの選手は、兄でした。そのため、兄に少しでも追いつきたい、一緒にプレーしたいと思いながら練習に励んでいました。
小学校の昼休みは、毎回ハンドボールしてましたね。笑
以上が小学生時代の歩みです。
②中学生編
中学生時代は、小学生時代の兄と一緒にプレーするという想いを引き継ぐと同時に、全国大会で優勝したいという想いがありました。そのため、中学3年間毎日ずっと「全国大会出場」と家や学校、部活動などで呟いてましたね。中学1年生の時には、少年の主張大会で生徒全員の前で私とハンドボールのことについて語ったことがあります。結果、最優秀賞を勝ち取り、町の大会にも出場しました。
あの時は、非常に恥ずかしかったですね笑
また、毎晩グラウンドに行って、3km走ったり、シュートコースを限定した、シュート練習を行ったりしてました。これを3年間休まず毎日努力し続けました。
10kgくらい痩せて友達がびっくり‼️してました。笑
その結果、1年次には、3年生になる兄と一緒にレギュラーとしてプレーすることができました。そして、1年次と3年次に関東トレーニングシステムに群馬県代表として選ばれました。
この時に、星名くんと仲良くなりましたね笑
また、3年次には、私の中学校で初の春の全国大会に出場し、2年次と3年次には、群馬県選抜として全国大会に2回出場することができました。本当に努力が認められた瞬間だったなと今でも思います。
以上が中学生時代の歩みです。
③高校生編
はじめに、これだけは言わせてください。
浦学大好きです!!
なぜこんなことをいっているのかと言いますと私の人生を大きく変えてくれた存在が埼玉県の浦和学院高等学校のハンドボール部だからです。
私は、地元の高校ではなく埼玉県の浦和学院高等学校に新幹線通学をすることを決意しました。その理由は、試合を通して、群馬では勝てない輝けないと感じたからです。きっかけは、選抜の関東大会です。私は、群馬県選抜として埼玉県選抜と試合をすることになりました。試合は、後半戦の残り数秒まで同点でした。そして、私のチームは残り3秒くらいのところでフリースローを取り、誰もが延長戦に突入すると思っていました。そこからは一瞬の出来事でしたね。だって訳わからなくてボーっとしてましたから。あの一瞬あの緊迫した状況で確実に決めてきましたからねA君は、、ハンドボール人生でいろんなプレイヤー見てきましたけど、A君以上のプレイヤー見たことがありません。
その時に思いましたね、こんな上手い人たちがいる環境でプレーし、全国大会で優勝したいと。
そして、毎日浦学まで新幹線通学をして、努力し続けました。K君の家には、ものすごくお世話になりました。K君のお母さんの作る料理はどれも最高ですね。個人的には、チキンカツが大好きです。K君のおばあちゃんもいつも温かく出迎えてくれました。K君のお父さんには、ディフェンスを徹底的に映像を見ながら教えてもらいました。
近いうちにまた泊まりに行きます。笑
その結果、1年次には、関東トレーニングシステムに埼玉代表で選ばれ、2年次には、国体に選ばれたり、試合に出させてもらい全国大会ベスト8入りを果たしたりしました。また、3年次にはコロナウイルスで関東選抜大会以外の試合が全て中止になりましたが、その大会で優勝することができました。
まぁ、関東1位じゃ物足りないですが笑
今でも思います。コロナウイルスが無ければ、全国優勝することができたのではないかと、、😭
以上が高校生時代の歩みです。
そのため、私の大学のハンドボール部での目標は、全国優勝です。どんな役割になっても必ず全国優勝します。できなかったら社会人で達成します。それでも、できなかったら来世で達成します。
とにかく何が言いたかったと言いますと
努力は必ず報われるということです。
今も私がブログを書いている中、ジムに行って筋トレやラントレをして必死に頑張っている人がいると思います。
必ずどこかで報われます。頑張ってください!
最後に、私はお互いを信用し合い、努力で理屈を一緒に覆してくれる人が大好きです。また、勝ち負けも大事だと思いますが、4年生ではハンドボールを心の底から楽しみ、このチームで良かったと胸を張って言えるようなハンドボールの年にしたいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました。これからも法政大学ハンドボール部の応援をよろしくお願いいたします。
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