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映画『THE FIRST SLAM DUNK』

意外や、妻がこの映画を観たいと言い出したので、結局帰省中の娘も含め、家族4人で観ました。
結果、4人とも見終わった後、「面白かった!」と感想が一致しました。これは、なかなか無いことです。

漫画「スラムダンク」が当時、爆発的に人気が出て、同じころNBAのマイケル・ジョーダン人気と相まって、バスケットボールが大変注目されていた頃、偶然にもある佐世保の中学校で、男子バスケットボール部の顧問となりました。

そのいきさつについて、少しだけ触れると、この学校に転勤になった時に受け持ったのは女子バレーボール部でした。
しかし、その部ははっきり言ってとんでもなく弱い部。能力というよりは、精神的、組織的に弱い部でした。
5月にあった県北大会では、一回戦で壱岐という離島から来た学校に、0-15という負け方。それも相手の最初のサーバーが一度もサーブ権を譲ることなく終わりました。
これだけでも屈辱的な敗戦なのですが、実は許せなかったのは、その後の選手たちの態度でした。
誰一人、悔しがるでもなく、へらへらとして、むしろ「キャッキャとふざけてる」感じなのでした。
さすがに、これは許せませんでした。
次の日から、自分なりに猛特訓して、半年後くらいには、強豪校といい試合をして、相手の監督から「すごいですね!」と言って頂くくらいにはなりました。
でも、そこまででした。私もまだ未熟であった部分は否めませんが、選手との間に埋めようの無い溝を埋められず、自分から顧問の座を降りました。

そんな時、男バスの顧問が転勤し、私にその座が廻ってきました。
それがバスケットボールとの出会いでした。

一年目は、勝てませんでした。得点された後、エンドラインからパスを出すことさえできなくされるほどの敗戦もありました。
二年目、自分で指導用のビデオを見て、審判の仕方なども覚え、練習試合では笛を吹けるようになりました。
それでも、大会では一回戦を勝つのがやっとでしたが、一年生にいい選手がそろっており、十分な手ごたえを感じていました。
体格が小さい生徒が多かったので、緩急をつけたミドルのジャンプ・シュートの練習をとことんやりました。
しかし、結局「鼻つまみ者」の私はさっさと、校長からその学校をとばされ、転勤となるのですが、その一か月少し後の中総体で、チームは佐世保市大会を勝ち進み、県大会に進出しました。

映画『THE FIRST SLAM DUNK』をみている時、その頃のことが鮮やかによみがえってきて、感慨深いものがありました。



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