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私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由

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私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その142

娘と対州馬ひん太 ⑦ 娘と一緒に、ひん太のところに行くと、ひん太はそわそわします。 車のエンジンが音が聞こえてきた時から、おそらく我々が来たことを察知しています。 現地に着くと、まず私は飼い桶(セメント用の舟)を柵内に置き、乾草と水の用意をします。 その間、娘は柵内に入り、置かれた飼い桶の中に、持ってきたフスマとニンジンを白湯で溶いた「前菜」を入れます。 これは消化の悪い乾燥を食べる前に、消化を促す大事な意味があります。 その間私が乾草の準備を整え、前菜を食べ終わった頃

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その141

娘と対州馬ひん太 ⑦ 「馬は、人間の人柄を見抜く」と言いますが、娘にも同じような素地がありました。 私がはじめにひん太を飼い始めた時、借りていた放牧地の所有者は、大変反社会的な部分がありました。つまり法律など、自分の都合のよいように解釈していて、まったく遵守するという姿勢の無い人でした。 私は対州馬ひん太の為に最低限その男と関わっていましたが、正直つき合いたくないと思っていました。 ひん太の横で飼養している5~6頭の馬たちも行政に届けていない違法飼育であり、狭いトタン屋根

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その140

娘と対州馬ひん太 ⑥ ひん太を飼養し始めてから、心掛けていたのが「世話=曳き馬としての学習訓練」ということでした。 これは、ある方から言われた言葉ですが、飼養と調教は別ではなく、様々な目的や愛情、敬意を持って接する事そのものが両方の意味を兼ねることなのだという考え方です。 まず最初の最初は、「馬が人についてくる」です。 何でもないように聞こえますが、やってみると分かるようにように、馬が信頼していない相手には絶対についていきません。 昔、「馬泥棒」というのがいたのかどうか

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その139

娘と対州馬ひん太 ⑤ 元の牧場にいる時、触れることすらできなかった、ほぼ野生馬状態のひん太でしたが、私が個人で飼い始めてからは、それこそ劇的に変わっていきました。 まず初日から、「触ることができない」ということはなくなりました。 そこには、娘の存在がとても大きかったと思います。 私自身は、馬に突然走られた経験もあるので、それなりに馬の瞬発力=馬の怖さいうものを知っています。移送る際に、ひん太が大の大人、3,4人を曳きまわす力も目の当たりにています。 どうしても、その「前

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その138

娘と対州馬ひん太 ④ 最初の放牧地は、長崎市郊外になる山の中。 自宅から車やバイクで25~30分くらいかかります。 これを雨の日も風の日もクリスマスも正月も365日、朝夕2回通います。 こう書くと、さも大変だったということを言いたいのか?と思われるかもしれませんが、実は違います。 書いてみると、「それは大変だったよなぁ」と思いますが、実際はそんなことはありませんでした。 ここが一番信じてもらえないところなんですが、「馬に会える!」っていう感じなのです。毎日、馬に会える暮ら

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その137

娘と対州馬ひん太 ③ 2016年3月に、ひん太を飼い始めた時、娘は小学校6年の3学期でした。 小さな頃から動物が好きだった娘にとって、それはきっと大きな出来事であったことでしょう。 6年生の図工の時間に「将来なりたい姿の自分を、紙粘土でつくる」という題材では、犬の調教師として犬と歩くドッグ・トレーナーの姿を造っていました。 そこへ馬がやってきて、父親が馬の世話を始めたわけですから、その驚きは大変なものだったでしょう。 もちろん娘は、ひん太を大変気に入りました。 そして彼

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その136

娘と対州馬ひん太 ② 長崎市中心部から西山と呼ばれる方へ登って行くと、木場(こば)という集落があります。 その集落から更に峠道を登ってたところに、ある施設が馬を飼養しており、荷運び馬たちが第二の馬生を過ごしていたこともあり、しばらくそこにいる馬たちに会いに行っていたことがありましたが、娘はここにも何度かついてくることがありました。 そこで木曽馬などに載せてもらい、曳き馬体験をしたことが、娘にとっては、馬に直接触れるきっかけであったと思います。 時には私が、娘を載せた馬を曳

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その135

娘と対州馬ひん太 ① 2015年に、対州馬ひん太を飼養し始めた時、娘は小学6年生でした。 話は、それよりも4年ほど遡ります。 私が長崎新聞でイラストとエッセーのコーナーを担当していたのですが、その取材先である対馬を取材したことから対州馬にすっかり憑りつかれてしまってから、やたら対州馬を巡り歩くことになりました。 当然まだ娘は幼かったので、必然的に私に付き合わされ、各地の対州馬に会いにゆくことになります。 従って、小学校の1年生の頃から、馬に触れたり、乗ってみたりとい

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その134

地主さんのこと 前の放牧地の地主?は、最悪な男でした。 コンプライアンス感覚もひどいものでしたが、それについてはここに記すことすら腹立たしいのでやめます。 新しい放牧地の地主さんは、前の男とは180度違う人物でした。 もっと言うと、私が信頼する人物の3本の指に間違いなく入るような人物です。 私よりひと回り上なのですが、奥さんを病気で亡くし、一人娘も関東に出てしまっています。 目の前の小川を挟んで住宅地はあるものの、家の周囲に他の家屋は無く、ひょっとすると少しさびしいのか

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その133

干し草とフスマを、買いに行く③ 乾草の質が、多少いいかもしれないということで、遠く諫早の飼料屋まで通ったこともありました。 諫早は、県内でも有数の農業地帯であり、牛の飼育頭数も多いからです。 価格も多少安いのですが、欠点は三重のJAみたいに、一束ごとにビニールでくるんでくれるというわけでなく、倉庫の中にトラックを入れて自分で積み込むというスタイルなので、草の切れ端がそこら中にとんで、掃除が大変でした。 何度かかよったのですが、結局元のJAから買うことにしました。 受付の方

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その132

干し草とフスマを、買いに行く② 繰り返しになりますが、JAが輸入しているオーツなどの干し草は、牛専用のものであって、馬に向けたものではありません。 現代でも、日常の中に馬が数多く存在しているような状況であれば、馬用の草なども需要があるのでしょうが、それは望むべくもないことです。 広大な牧草地が無い限りは、牛用のそれでも与えない限り、馬が食べるものが手に入りません。 すると必然的に乾草の与え方に非常に気を遣うという現実がまっています。 なぜなら牛と馬は、「昔から身近にい

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その131

干し草とフスマを、買いに行く① 本当は、刈り取った草だけで育てたいのですが、実質それは不可能なことであり、牛用の餌である乾草か、ヘイ・キューブを与えるという選択になってしまったのですが、野草をかじり取って食べるという歯の構造である馬にとって、ヘイキューブは、あまりにも残酷という言葉を、どこかで読んでいたので、JAで販売しているという乾草を買いにいきました。 チモシーかオーツがいいと言うので、まずその2つを何束かずつ買って与えることにしたのですが、チモシーの圧縮された束を

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その130

小さな「黒板」を取り付ける 牧柵ゲートのすぐ横に、小さな「黒板」を買って来て、取り付けました。 雨に濡れても大丈夫なように、透明のプラケースに入れました。 黒板には、ひん太からのメッセージを書きました。 メッセージと言っても、「今日はいい天気ですね、みんなガンバロウ!」だとか、「ツユはジメジメして、好かんばってん、元気に乗り切ろう とか、そういった類のことです。 誰が通りかかるか、わからないけれど、読んでくれる人が「ほっこり」してくれればいいと思っていました。 また

私が対州馬を絶滅から救いたいと思う理由 その129

シェルターの屋根部を広げる 地中に打ち込んだ単管パイプとトラック・シートの「シェルター」が台風の強風にも耐えうることは、前の山中の放牧地で立証されていました。 しかし、新しい放牧地は、やや標高が下がる分、夏場の陽射しがきびしいので、陰場の面積を大きくするために、屋根の面積を広げることにしました。 メイン・ゲートからスロープにかけて屋根を低く延長する形で広げました。 これによって、横殴りの雨でも、かなり防げることができるようになりました。 実際、バイクで来て、ひん太