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[怪談]北アルプス北部山域にて遭難

これは俺が雪山で体験した話。
話って言っても俺が雪山で遭難して救助されるまでのあいだに起きたちょっと不思議な出来事。
 
時期は3月、山に登らない人にはあまりピンと来ないかもしれないが、
3月ぐらいになると雪も降雪と融雪を繰り返してよく締まった登りやすい雪になる。
ソロで雪山に登った俺は急な天候の悪化で猛吹雪に出くわしてしまった。
場所は北アルプスの奥の奥、長野と富山と岐阜の県境のあたりだ。
標高2,500付近、吹雪が吹くと気温-20℃いかにもなる過酷な場所だ。
 
幸い食料はたくさん持っていたし、雪を溶かして飲み水を確保するのに必要なガスボンベも多めに持ってきていた。
まあ山の天気なんて何があるか分からないし、万が一って時の為に用意していたものだ。
だから急な吹雪でビバークなんてなってもそんなに危機感はなかった。
幸い携帯電話の電波も来ていたので家族への連絡と天気予報の確認だけはすることが出来たのも大きかった。
しかしひとつ大きな誤算があり、これは後から分かったことだが俺が遭遇した吹雪は数十年に一度クラスの異常寒波で、日本海側を中心に大雪と悪天候が1週間以上も続いた。
 
もちろんビバークしている時はそんなこと知る由もないし、
食料と燃料はあるから数日程度はこのまましのげるな、最悪遭対協の救助隊にお世話になるかもしれないが、
まあタイミングを見て下山のアタックをすればその可能性も低いだろう…ぐらいに考えていた。
 
しかし数日待っても天気は回復する様子はない。
携帯で家族と連絡している物のバッテリー節約のため、決まった連絡の時以外は電源はオフっていた。
丸一日テントの中でやる事もなく、そろそろ余裕も消えてマジでヤバいなって焦りが出てきたとき。
 
K「こんにちは、中に誰かいますか?」
とテントの外から声が聞こえた。
「はい、中にいます」
そういいながらテントのチャックを開けてみる。
するとそこには同じような格好の雪山登山者がいた。
K「いやー、ひどい吹雪ですね」
吹雪で立ち話もなんなので、とりあえず中へどうぞと招き入れた。
それにテントを開けていると一瞬で中に雪が積もってしまうからだ。
 
やってきた男、仮に名前をKとする。
Kも俺と同じように吹雪で足止めをくらったみたいで、数日はテントでしのいだがガスが無くなったため飲み水の確保が出来なくなり、意を決して下山を決意したそうだ。
「いやーお互い大変な目にあいましたね」
K「でも暖かいコーヒーまでもらってしまってすみません」
「いえいえ」
おれの食料も心もとないので一つのインスタントコーヒーを二人分に薄めて分け合った。
久々の人との会話、同じ山好きどうし自然と話が盛り上がった。
吹雪の愚痴や今回のお互いの登ってきた経路の情報交換、これまでに登ってきた山の武勇伝など、あまりの楽しさに時間を忘れ、気づいたら半日以上も話し込んでしまっていた。
 
「でもこれからはどうするんですか?天気もしばらくこのままですし」
K「あまり御厄介にもなれないので自分は下りる事にします、僕のせいであなたも危険な状況になっては元も子もない」
天気予報はまだ数日はこの吹雪が続くといっている。
俺一人なら最悪助かる分の食料と燃料はあるが、二人分となるといささか心もとない。
K「いやー久々に人と話せて楽しかったです、滅入っていた気分もいささか楽になりました。難しい決断だが自分にとってはこれがベストではないがベターな決断ですので」
 
短い付き合いだったが、別れる時は男同士でガッシリ抱き合ってお互いの無事を祈った。
そういってKとは別れた。
 
その後4日間も猛吹雪は続き、合計10日も雪山でビバークをすることとなった。
俺は結局地力での下山は出来ずにヘリコプターで救助されるなんとも不甲斐ない結果となった。
助けられた俺はKの事が気になり救助隊にKという人が下山していないか聞いた。
救助隊の人がいうにはKは吹雪に巻き込まれて亡くなっていたらしい。
発見された場所は俺がビバークしていた場所とは全然違う場所。
自分のテントの中で凍死している所を発見されたらしい。
しかもKの足取りを推察するに下山しようとして俺のテントに立ち寄る事は考えにくく。
それこそ幻覚でも見ていたんじゃないかと、もしくは最後に誰かに自分の存在を覚えていて欲しくて幽霊になって表れたんじゃないか、医者や救助してくれた周りのひとはそんなことを言っていた。
 
山登りをしているとそういう不思議な体験談に出くわすことは何度かある。
だから俺は案外すんなりとその事実を受け入れられたし、
Kの遺族にもそのことをちゃんと伝えてあげようと思った。
 
しかし一つだけ誰にも話していない秘密がある。
Kと話したあの数時間、数時間の間にKは何度か可笑しなことをいう事があった。
 
K曰く…
吹雪のホワイトアウトで昼も夜も一面の白一色、
その景色がとても怖いものである反面、時折美しさを覚える瞬間があるのだという。
まっしろなその景色にとても魅入られる、冷酷な自然はとても美しい。
真っ白な吹雪はとても美しい…
 
吹雪はとても美しい、その時のKは景色を美しいと言っているのではなく、まるで魅入られたように、
まるで人に対して言っているような言い方をしていたのに違和感を感じた。
そしてその話をしているときのKの目は俺には見えていない何かが見えているような…
そんな大自然の中にいる何かに魅入られてしまったような表情をしていた。

※これは知人からの体験談を書き起こしたものである。

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