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夏の昼寝

鉄筋コンクリ3階建ての屋上付き一軒家が祖父母の家。
居間は2階、階段を登った先の右手側。
築40年ほど経ったがまめな祖父のおかげで綺麗に保たれている。

毎年祖父母の家に遊びに行くと、到着する頃には長旅に疲れてしまい大体昼寝をする。
私が昼寝の場所に選ぶのは3階の客間だが、まれに居間。
西日が差して少し暑いが、座布団を枕に日陰を選んで少々休む。

井草の匂い、仏壇に挨拶した時にあげた線香の香り、そして祖父母の家の匂い、絶対的に安心できる空気に包まれて私は眠る。
用事を終えた祖母が私のお腹の上にブランケットをかけてくれる。
そのブランケットは保育園の時から使っていた、某少女戦士のブランケットで、イラストなんて年月と洗濯により薄れてしまっているが、ちゃんとタオルの端には私の名前が油性ペンで書かれている。
その3文字、何度も目にしてきたがやはり祖母の字は特徴的でああ、これはおばあちゃんが書いてくれたんだな、と感じる。
その文字に温度があるとすればそれは37℃。
人間が一番安心できる温度だ。

暑さからたまに目覚めると、居間のすぐ横のダイニングルームで散歩から帰ってきた祖父がゴルフ番組を観ながら新聞を広げている。
たまに祖父が振り返り、私の様子を見るのも知っている。
祖母と祖父が声を小さくして「暑かったから疲れて寝ちゃったね」なんて言っているのが聞こえる。
落ち着いた男性の声が静かに、けれどたまに声を大きくして実況している。ゴルフ実況と静かに新聞をめくる音、お茶をすする音、それが居間での昼寝。

2階の居間とは別に1階の茶室でも昼寝をする。
祖父が祖母の為に作った茶室。
茶室は全面畳ということもあって居間より強く井草の香りがする。
廊下の水屋横はいつも日が差さないからひんやりしていて裸足の足裏から伝わる温度が心地いい。

茶室の奥、窓際の障子を開けばゴーヤのつたが視界いっぱいに広がり、夏の日差しから守ってくれる。
最初は視線よけから始まったゴーヤのカーテンも、今ではゴーヤがたわわに実り、実ったゴーヤが食卓に並ぶのが夏の祖父母宅。
しかしいくらグリーンカーテンがあるとはいえ、暑い。
窓を開けて扇風機をつけても肌が汗ばむ。
それでも心地の良い井草の香りを肺いっぱいに感じながら目を閉じる。

しばらくすると祖母が2階から降りてきて茶室横の廊下で何か探し物をする音がする。
鼻歌を歌いながらすり足気味に廊下を移動する。
茶室に顔を覗かせ、「はーちゃん、暑くない?」と聞いてくる。
「ううん、暑くないよ」、と答える。
すると祖母は茶室に入ってきて窓の額縁に腰掛ける。
横着者の私は寝転んだまま、祖母と話す。

たわいもない話。
母の話、叔父や叔母の話、いとこの話、近所の話。
おしゃべり好きな祖母は話していてたまに話が噛み合わないことがあるけどそれが私の祖母だ。
母に聞いても昔からそうだったようで、未だに話が噛み合わないのは健在でかえって変わりのない祖母に安心する。
陽も暮れて夕飯の買い出しの時間になると「はーちゃん、買い物いくかい?」と。
腰が曲がってきた祖母が心配なのと荷物持ちの役目を担う私は必ず祖母の買い出しについていく。
それじゃああと10分したら出かけようね、という。

茶室で昼寝をすると結局祖母と話すばかりであまり眠れないけど茶室で祖母と私、2人だけで話すあの空間が大好きだ。
20年以上変わらない茶室に、20年以上変わらない私の昼寝。
年月は経とうとも決して変わらない私と祖母の関係を心底幸せに思う。
反抗期に入りきつく当たったこともしばしあったけど、それでも私と祖母の関係は変わらない。
永遠に変わらないことを、切に願う。

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